【第一章:生き残った者の罪】

森は、雨と血の匂いを孕んでいた。

レオン・アルヴェルトは、泥に足を取られながら、ただ前へ、前へと進む。鎧は重く、長双剣は錆びついたように冷たかった。

――お前は生きろ。

その言葉が、脳裏で何度も繰り返される。まるで呪いのように。

(団長は……一人で帝国軍を迎え撃つ……)

(俺だけが……逃げて……)

部下たちの断末魔、燃え落ちる王都、すべてが背後から追いかけてくる。

「くそ……っ」

歯を食いしばっても、震えは止まらない。

生き残った罪が、胸を抉る。

その時――

「――いやぁぁぁっ!! 助けてぇぇ!!」

鋭い女の絶叫が、森を切り裂いた。

レオンの体が凍りつく。

(また……か)

(また、守れずに……死なせるのか?)

手が震え、剣を抜く指が痺れる。

だが、足は勝手に動き出していた。

「今度こそ……守る……!」

街道へ飛び出した瞬間、血の臭いが鼻を突いた。

横転した馬車。首を刎ねられた御者の死体。血溜まりに沈む馬。

そして、三人の盗賊――いや、帝国の斥候か。それらしい赤黒い外套を羽織った男たちが、馬車の扉をこじ開けようとしていた。

「金目のものは全部出せ! 王族の娘なら、身代金もたっぷりだ!」

馬車の中から、怯えた少女の嗚咽が漏れる。

レオンは、雨に紛れて間合いを詰めた。

「――動くな」

低く、殺意を孕んだ声。

盗賊たちが一斉に振り返る。

「誰だ!?」

「チッ……騎士か? 一人だけかよ」

「死にたくなけりゃ――」

言葉は終わらなかった。

レオンの長双剣が、雨を血に変えて閃いた。

最初の一人は喉を裂かれ、声もなく倒れる。

二人目は剣を振り上げたが、遅い。レオンの第二の剣が心臓を貫いた。

「ぐ……あ……!」

最後の男が逃げようと背を向けた瞬間――

「逃がさん」

膝の腱を斬り飛ばされ、男は泥に顔を突っ込んで絶叫した。

レオンは、血塗れの剣先を男の首に押し当て、囁く。

「お前たちは……ヴァルディアの犬か?」

男は恐怖で言葉を失う。

「……答えろ」

「ひ……ひぃ……!」

レオンは冷たく言い放つ。

「次に会えば、皆殺しだ」

残った男は、這いずって闇へ消えた。

雨が、血を洗い流していく。

馬車の扉が、震える手でゆっくりと開いた。

現れたのは、金髪の少女――十六、七歳。旅装束は上質で、怯えながらも気品を失っていない。

「……あなたが……助けて……?」

声は震え、瞳は涙で濡れていた。

レオンは、少女の顔を見て息を飲んだ。

(この顔……どこかで……)

少女は、必死に言葉を紡ぐ。

「お、お願いします……国境まで……どうか護衛を……! 私……追われているんです……!」

レオンの胸に、熱いものが込み上げる。

守れなかった過去。守らなければならない未来。

(団長……)

(俺は……まだ剣を捨てられない)

「……乗れ」

短く、力強く。

「ここから先は、俺が守る」

少女の瞳に、希望の光が灯った。

雨は容赦なく降り続いていた。

だがレオンの背中には、もう――逃げる影はなかった。

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