『受け継がれた剣は、雨に濡れて』― 滅びゆく王国の騎士譚 ―

本城 翼

【プロローグ:王国最期の夜】

雨は叩きつけるように降り、城壁を血のように濡らしていた。

黒鷲騎士団団長グラン=ヴァルディスは、黒鉄の大剣を地面に突き立て、微動だにしない。遠くで上がる炎の光が、雨粒を赤く染め、闇の中で不気味に瞬いていた。

背後で鎧の軋む音が急接近する。

「団長!!」

副団長レオン・アルヴェルトが血まみれの姿で駆け寄った。息は荒く、声は雨に掻き消されそうだった。

「東門が……完全に落ちました! 第二、第三小隊は全滅! 生存者は……わずか七名……!」

グランはゆっくりと首だけを動かした。

「北は?」

レオンの唇が震える。

「……すでに火の手が王城に迫っています。民兵は……もう……」

言葉を飲み込む。言う必要はない。すべてが終わっている。

レオンは歯を食いしばり、叫んだ。

「団長! 今すぐ王城へ! 王を、民を――まだ守れる!」

グランの声は、氷のように冷たく返ってきた。

「遅い」

一瞬の沈黙。

「退路は、すべて断たれた」

レオンの心臓が激しく鳴る。

「……まさか」

グランは初めてレオンを振り返った。雨に濡れた瞳は、底知れぬ闇を宿していた。

「この戦は、剣では勝てん」

「……どういう」

「レグナスは……中から腐った」

その一言で、レオンの背筋に電流が走った。

「裏切り……だと?」

「証拠はある。だが、今は言う時ではない」

グランは大剣を肩に担ぎ、ゆっくりと歩き出す。

「レオン」

「……はい」

「お前は、生きろ」

雷が鳴り、稲妻がグランの横顔を白く照らした。

「これは……命令だ」

レオンは剣の柄を握りしめ、声を絞り出す。

「団長……俺は……あなたと共に……!」

「愚か者」

グランの声に、わずかな怒りが混じる。

「騎士は死ぬために剣を取るんじゃない。生きて、誓いを次に繋ぐために取る」

レオンは膝をつきそうになる。

「だが……俺だけが……!」

「全騎士に告ぐ!」

グランの咆哮が、雷鳴を凌駕した。

「副団長レオン・アルヴェルトに従え! 直ちに離脱せよ!!」

「団長ぉぉぉっ!!」

レオンの叫びも虚しく、グランは嵐の闇へと歩み去る。

振り下ろされた黒鉄の大剣が、閃光のように闇を裂いた。

レオンの網膜に焼き付いたのは、ただ一人の騎士が、地獄へと向かう背中だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る