第3話 謎は解けた、はずだった
そこから先は、完全な混乱だった。
全員でベッドに駆け寄り、腹部に突き立った刃と、広がる血を確認する。
作り物には見えない。
誰の目にも、それは明らかだった。
俺は杉田の首元に手を伸ばした。
――冷たい。
だが。
「……脈、あるぞ」
一瞬の静寂のあと、空気が弾けた。
「生きてる!」
「救急車!」
「誰か、救急車呼べ!」
声が重なり、誰の声かわからなくなる。
「窓閉めろ!」
「動かすな、ナイフは抜くな!」
俺はそう叫きながら、掛け布団を引き寄せた。
外は雪だ。
救急車の到着には、時間がかかる。
それでも――
まだ、間に合う。
* * * * * *
「それで――」
暖炉前のフリースペース。
ソファと椅子を寄せ、杉田を除いた八人が集まっていた。
「あなた方は、月野くんを“ミステリーナイト風のドッキリ”に嵌めようとしていたわけですね」
俺の言葉に、牧村が苦笑する。
「ええ。ミステリ研の恒例行事でね。
新人に、極上のミステリー体験をしてもらおうと思って……まさか、こんなことになるとは」
「わたしも協力してたんです」
オーナーが肩をすくめる。
「ミステリ研のOBでね。毎年、こういう合宿の時は手を貸してる」
「あの~」
控えめに手を挙げたのは、カップルの男――タカシだった。
「どこからどこまでが、お芝居だったんです?」
「ああ、それは……」
オーナーが説明する。
他の宿泊客には事前に、
『ミステリ研によるミステリーナイトが行われます。演出ですのでご安心ください』
という手紙を、部屋に置いていたこと。
「……読んでました」
タカシの隣で、ミキが小さく頷く。
「だから、さっきの騒ぎも……そういうイベントかと」
俺は、内心でひとり頷いた。
(なるほどな)
俺だけ、その手紙に気づいてなかったわけだ。
つまり――ミステリーナイトに勝手に飛び込んだ、部外者のおじさん。
だから、あの反応だったのか。
「もう……怖いんですけど。帰りたいです」
ミキが不安そうに言う。
「それは、待ってください」
俺は、はっきりと言った。
「これは、ドッキリじゃない。殺人未遂事件です。
この中に、杉田さんを刺した人物がいる」
空気が、張り詰める。
「えっ……外部犯の可能性は?」
タカシが問う。
「雪の夜ですからね」
牧村が、どこか楽しそうに口を挟む。
「窓から侵入し、雪に足跡を残さず去った。そういう可能性も、ゼロではない」
だが。
(……それは、違う)
俺は、暖炉の火を見つめながら、静かに思った。
この事件は、そんなに都合よくできていない。
* * * * * *
「……現場を、もう一度見せてもらってもいいですか」
俺がそう言うと、数秒の間があった。
「俺も行きます」
最初に名乗りを上げたのは牧村だった。
続いて、真凛とオーナー。
荒川と月野、そしてカップルは、どこか疲れ切った様子でソファに残った。
杉田の部屋は、静まり返っていた。
窓を開けていたせいで、風に煽られた形跡はあるが、争った様子は見当たらない。
血痕の位置と、腹部に刺さったナイフの角度から見て、
杉田はベッドに腰かけていたところを刺され、
そのまま横たわる形になったのだろう、という見解で一致した。
また、室内や窓の外に残る雪の状態から、
犯行時刻は昨夜十時から、遅くとも深夜0時頃まで――
そのあたりが妥当らしい。
もっとも。
ここまでの推理は、すべてミステリーマニアによる独自見解だ。
じきに警察が到着すれば、真実ははっきりするだろう。
それにしても。
被害者が横たわっているこの状況で、
牧村や真凛、そしてオーナーまでもが、
どこか楽しそうに推理を重ねているのを見て、少し引いた。
とはいえ、こうして現場を見に来ている時点で、俺も人のことは言えない。
ミステリー好きの血が、騒ぐ――
そんな言葉で片づけるしかないのだろう。
俺は窓を開け、外を見下ろした。
犯人は、ここから逃げた。
窓の下に積もった雪をクッションにして、飛び降りた――
そう考えれば、密室でもなんでもない。
……はずだった。
「……ないな」
足跡が、ない。
窓の真下。
思ったより雪は薄く、地面が覗いている。
ここから地面までは、ざっと十メートル。
ほぼ積もってない雪の量で飛び降りて、無傷で済むだろうか。
それに――
容疑者の中に、足を引きずっている人物はいなかった。
「足跡、ないですねえ」
隣から、真凛が覗き込む。
……近い。
(普段は、こんな感じで喋るんだな)
昨日無口だったが嘘みたいだ。
慣れない芝居をやるせいで、緊張していただけか。
思わず、苦笑しそうになる。
「ここは、雪捨て場なんですよ」
オーナーが説明する。
「排水溝とボイラー室の裏でね。熱があるから、雪はすぐ溶ける」
なるほど。
確かに、窓の真下二メートルほどは雪が少ない。
だが、その先――少し離れた場所には、他より多く雪が積もっている。
「じゃあ……足跡があっても、消えた可能性はあると」
牧村が言う。
「でも」
真凛が首を傾げた。
「そもそも、この高さを、この雪の量で飛び降りるのは……怪我しそうよね」
――その通りだ。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「だいたい、わかりました」
三人が、こちらを見る。
「昨夜の犯人の行動と……ここが、あたかも“密室”になってしまった理由も」
「……え?」
牧村が目を見開く。
「もう、ですか?」
俺は頷いた。
「ええ。あとは――
誰が、それをやったか、です」
* * * * * *
再び暖炉前のフリースペースに、杉田を除いた八人が集まっていた。
「現場を見てきて、だいたいわかりました」
俺が切り出すと、荒川、月野、カップルが顔を上げる。
「昨夜の犯人の行動と、トリックは……」
「ちょっと待ってください!」
牧村が、鋭い声を飛ばした。
「……大事なこと、忘れてませんか?」
何か見落としがあるのか――
そう思考を巡らせる。
「謎、全部解けたんですよね」
牧村が、眼鏡をチャッと押さえながら言う。
「まあ、そうだな」
「じゃあ、あるでしょう!!」
一拍。
「名探偵なら――お決まりのやつが」
ゴゴゴゴ……と音が聞こえてきそうな圧。
(……)
こいつが何を期待しているかは、わかってしまった。
正直、引いた。
だが、無視すると面倒なタイプだ。
「――謎は、すべて解けた!」
俺のその一言に、牧村は満足そうに頷く。
他の連中は、ぽかんとしているが。
「説明します」
犯人は昨夜、杉田の部屋を訪れた。
呼ばれたのか、自分から行ったのかはわからない。
だが、争った形跡がない以上、杉田は自ら犯人を招き入れている。
ベッドに腰掛け、話をしていたところを刺され、杉田はそのまま倒れる。
そして犯人は、窓から逃走した。
「待って」
真凛が口を挟んだ。
「二階の窓から、雪が薄い地面に飛び降りるなんて……」
普通なら、その通りだ。
だが――昨夜は違った。
「昨夜、十時ごろ。屋根の雪が落ちましたよね」
「あっ」
「……なるほど」
ミステリ研の面々が、遅れて気づく。
「その雪が、窓の下に積もっていた。
一時的な足場――クッションになったんです」
犯人はそれを使い、無傷で逃げた。
そして朝までに、ボイラーの熱と排水で雪は溶けた。
逃走経路だけが、消えた。
それが、この“密室”の正体です。
「以上から、犯人は絞られます」
杉田と顔見知りであること。
そして、昨夜十時から深夜0時までの間、アリバイがないこと。
「……となると」
荒川が呟く。
「俺たちミステリ研か、オーナーか」
だが、全員のアリバイを確認しても――
荒川、真凛、牧村はミステリーナイトの打ち合わせ。
オーナーは片づけの後に合流。
月野は明け方まで、彼女と電話をしていた。
全員、アリバイが成立している。
――容疑者は、いない。
そんなはずはないのに。
次の更新予定
2026年1月12日 11:51
雪の山荘、虚構の密室 舞見ぽこ @mymipoko07864
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