第3話 試練の始まり
廊下の奥は、沈黙に支配されていた。
床板は湿気を帯び、歩くたびにぎしりと鈍い音を立てる。古びた壁紙はところどころ破れ、下地の板がむき出しになっている。ランプのようなものが壁にかかっているが、どれも灯っていない。
それでも不思議と、四人の視界は闇に沈むことはなかった。
「……光源もないのに、見えるな」
慎一が不自然さを指摘する。
真琴がそっと辺りを見回しながら答えた。
「この館そのものが、見せたいものだけを照らしてる……そんな感じ」
「つまり、俺たちは完全にコントロールされてるってわけか」
翔太は壁の鏡に映る自分の顔を睨みつけた。
だが、その鏡には彼自身の姿の背後に、見覚えのない“影”のようなものが立っていた。
「っ……!?」
振り返る。何もいない。
「どうした?」
悠斗が立ち止まる。翔太は一瞬ためらったが、
「いや、何でもない。ただの……気のせいだ」
そう言いながらも、翔太の顔は蒼白だった。
やがて、一つの部屋に辿り着いた。
重い木製の扉には、奇妙な紋様が刻まれていた。人の顔のようにも、何かの目のようにも見える。その中心に、小さな銀の鍵穴がひとつ。
「開けてみるぞ」
悠斗が扉に手をかけた瞬間、空気が震えた。
そして、声が響く。
「第一の試練。鍵を手にする者は、代償を払わねばならぬ」
「……代償?」
慎一が眉をひそめる。
その時、壁の一角が軋みながら開き、中に一つのテーブルが現れた。
その上には古びた鍵と、血で染まった紙が置かれている。
紙にはこう記されていた。
『この鍵を手にした者は、記憶を一つ失う。忘れるのは、最も大切な人の名前』
四人は息を呑んだ。
翔太が震える声で言う。
「ふざけてんのかよ……そんなの、ありかよ……」
「これは、試練……選ばせること自体が試験なんだ」
真琴は言葉を噛みしめるように言った。
「……記憶、人格、アイデンティティ。全部、削り取っていくつもりだ」
沈黙の中、悠斗が一歩前に出た。
「俺が取る」
慎一が慌てて止める。
「待て、よく考えてから行動するべきだ。一番に危険に飛び込んだらあぶない。俺が――「違う」」
悠斗は首を振った。
「俺が最初に取る。どうせまだ先もあるんだ」
彼は鍵を手に取った。
次の瞬間、風が吹いた。
部屋の空気が一変し、声が囁いた。
「記憶は、代償として受理された」
悠斗の手がわずかに震えた。
だが彼の顔は、冷静に見えた。
「大丈夫か!?」
翔太が駆け寄る。
「……ああ、平気だ。ただ……」
悠斗は言いかけて、ふと眉を寄せた。
「……なんだ……誰か、大切な人が……いたような……?」
それきり彼は黙った。
扉が開く。中は礼拝堂のような構造だった。
中央には壊れた石像があり、像の首が不自然にねじれて落ちている。
その頭部には、またしても“あの目”のような模様が浮かんでいた。
「この模様、さっきの扉の紋様と同じだ」
慎一が注意深く観察する。
真琴はその像を見つめながら呟く。
「この像……もしかして、“神”か、“何かを封じたもの”じゃないのかな」
翔太がつぶやく。
「神って……この異界の? それとも、声の主……?」
その時、像の口元が突然、ゆっくりと笑った。
「……ッ!」
真琴が悲鳴を上げ、翔太が後ずさる。
像が笑った? そんな馬鹿な……。だが、四人全員が確かに“見た”。
その瞬間、視界がぐにゃりと歪む。
壁が揺れ、床が沈む。
まるで世界そのものが融けて崩れ落ちるような感覚。
慎一がよろめきながら叫ぶ。
「視覚異常! これ……現実じゃない!幻覚だ!やばい……!」
一人一人の鼓動が早まる。
翔太が床に倒れ込む。顔を覆って震えていた。
「やだ……怖い……なんなんだよここ……!俺らどうなっちまうんだよ……!」
悠斗は壁に手をつき、必死に呼吸を整える。
「落ち着け……これは、試練……“やつ”が……見てる……試してるんだ」
天の声が再び、明瞭に響く。
「よくぞ選んだ。だが、始まりに過ぎぬ。次の扉では、“命”が問われる」
静寂が戻った。
四人は、ただ互いの顔を見つめ合う。
絶望と不安を分け合いながらも、歩みを止めなかった。
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世界の裏側で らいむのあめ @GreenTourmaline
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