バルドとエレノア
船は進んでいる。
だが、誰も“航海している”気分ではなかった。
甲板に並ぶ騎士たちは、武器を構えたまま動かない。
雑談も笑い声もない。
波の音だけが、異様にはっきりと耳に届く。
リオラは船縁に立ち、海を睨んでいた。
――見られている。
視線の正体はすぐにわかる。
後方甲板、学術院組。
白を基調とした外套。
護符と書類箱。
そして中央に立つ、エレノア・フィンレイ。
彼女は“観察”していた。
騎士の動き、配置、癖。
戦力を測る者の目だった。
目が合うと、エレノアは軽く微笑む。
「緊張しています?」
からかうような口調。
だが、その目は一切笑っていない。
リオラは視線を外す。
「……海の上じゃ、いつもこんなもんだ」
「そう。では――大陸では、もっと楽しめそうですね」
言葉だけが軽い。
視線は冷たいままだった。
そのときだった。
――ゴォン。
船体が、下から突き上げられた。
「――来たぞ!」
誰かが叫ぶより早く、海面が割れた。
巨大な影。
鱗に覆われた胴体。
船よりも太い尾が、水を叩く。
「巨大魚か…報告通りだ」
甲板にどよめきが走る。
だが、混乱は起きなかった。
「慌てるな」
低く、腹に響く声。
バルド・クレイヴが前に出る。
「砲手。仰角五度」
「前列、銃は構えるな。合図まで待て」
その一言で、騎士たちの動きが揃う
巨大な影が、海面を割った。
山のような背。
岩のような鱗。
エレノアの息を呑む音がした。
巨大魚が口を開き、突進してくる。
「砲手――撃て」
轟音。
大砲が火を吹き、海面が爆ぜる。
だが、魚は止まらない。
「次弾、角度下げろ」
「尾だ。動きを殺せ」
砲撃。
銃撃。
すべてが、バルドの声を軸に連動する。
まるで、巨大魚が包囲されているかのようだった。
ダリウスは歯を食いしばる。
「……すごい」
リオラは、静かに見ていた。
(これが――団長の力か)
巨大魚はやがて方向を変え、海中へ沈んでいく。
深く、暗い海へ。
「追うな」
バルドの一言で、全てが止まる。
沈黙。
そして、誰かが息を吐いた。
バルドは振り返り、甲板全体を見渡す。
誰も声を上げない。
勝利を誇る者もいない。
ただ、当たり前のように撃退したという空気だけが残った。
その様子を、学術院長エレノア・フィンレイは無言で見つめていた。
彼女の指先が、わずかに震えている。
(……今のは)
理論で説明できる。
火薬、弾道、衝撃。
人の力で制御できる範囲の現象だ。
――それなのに。
胸の奥が、ざわついている。
「……」
エレノアは自分でも気づかぬうちに、唇を噛んでいた。
恐怖だ。
もし、あの巨大魚が“もう一歩”踏み込んでいたら。
もし、騎士団が一瞬でも迷っていたら。
(……この戦力が、もし“逆”を向いたら?)
背筋に冷たいものが走る。
だが同時に。
視線は、バルドへ。
そして、その背後に控えるリオラたちへ。
(――リンネルも化け物を飼っているってことね)
判断の速さ。
命令の簡潔さ。
兵の迷いのなさ。
知りたい。
どうやって、この統率が成立しているのか。
どこまで、この戦力は伸びるのか。
もし、未知の大陸の“理”と組み合わさったら――
騎士団は“兵器”になる。
「……これ以上、彼らに力を与えすぎてはいけないわね」
それは命令ではなく、決意だった。
エレノアの瞳が、わずかに輝く。
恐怖で、震えているのに。
好奇心で、目を離せない。
「……面白いわ」
誰にも聞こえない声で、そう呟く。
その表情は、学者としての純粋な探究心と、
国家の中枢にいる者が知ってしまった“危険”への怯えが、はっきりと同居していた。
リオラは、ふとその視線を感じ、エレノアを見る。
一瞬、目が合う。
エレノアは、すぐに柔らかな微笑みに戻した。
だが、リオラは見逃さなかった。
――あの人は、今、怖がっている。
そして同時に、
――この状況を、心の底から“面白い”と思っている。
ーーーーーーーー
巨大魚の影が消え、船は再び静かな航路へ戻っていた。
甲板では騎士たちが各々の持ち場に散り、先ほどまでの緊張が嘘のように引いていく。
船室の奥。
騎士団に見つからないよう学術院の監査が厳しく行われていた。
そこには重い鉄箱が一つ、床に置かれていた。
――リンネルが保有する、唯一の光る器官
学術院は化け物への対抗手段、騎士団の力の制御を目的に、騎士団には存在を隠して持ってきていた
表向きには、リンネルで学術院による実験に使われていることになっているが実際は、宰相の助言により大陸に持ち運ぶことができたのだ
宰相は何か不都合があれば、実戦による研究という逃げ道を残しているようだった
エレノアは箱の前に立ち、深く息を整える。
「……危険だわ」
誰に聞かせるでもない声。
「騎士に持たせるべきじゃない。研究には段階が必要。手順も、記録も……」
言葉は、いつも通り理性的だった。
けれど。
「でも――」
一拍、間が空く。
エレノアは、無意識に唇を噛んでいた。
「……私なら」
理論、倫理、立場、すべて一瞬だけ脇に追いやられる。
「私なら、どう感じるのかしら」
世界の常識を超えた“力”
「怖い、はずなのに……」
小さく、息を吸う。
「使ってみたい、なんて」
自嘲するように、
それでも否定せずに。
「……本当に、困ったものね」
そう呟いた瞬間、
外套の奥で、何かが――
わずかに、脈打った。
エレノアは気づかない。
気づかないまま、
静かに灯りを消す。
船は進み続ける
そしてエレノアもまた、未知の力に触れようとしていた
未知なる大陸 @chriskaname
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