反撃

森の奥で、乾いた銃声と金属音が交錯していた。


 リオラは双剣を振るいながら一歩引き、炎を纏う“それ”の動きを睨んでいた。

 風を帯びた刃で弾くたび、火の粉が散り、焼けた土の匂いが立ち上る。


 ――まずいな。


 見える。

 攻撃の“起こり”は確かに感じ取れる。

 だが、さきほどのような確信はない。光る石は、もう沈黙している。


「リオラッ!」


 カイエの声が飛ぶ。


巨大なライフルが火を噴き、弾丸が炎の化け物の肩口をかすめた。効いている様子は薄い。


それでも、注意を引くには十分だった。


 その瞬間だった。


「――リオラ! カイエ!」


 少し離れた場所から、若い男の声が響いた。


 二人が思わず振り返る。


 ダリウスが、駆けてくる。


 片手には血に濡れた布。中に包まれているものが、かすかに光を放っていた。


「持ってきた! 例の“光る器官”だ!」


走りながら叫ぶその声は、いつもの軽口混じりではない。


 知的な眼差しが、確信に満ちていた。


「……本当に切り出したのか」


 リオラが短く言う。


「セリナのおかげだよ。」


 そう言って、ダリウスは布を放る。


 リオラが受け取った瞬間、掌の奥が微かに熱を持った。


 ――反応している。


 カイエにも、もう一つが投げ渡される。


「一人一つずつだ。」


 ダリウスは息を整えながら続けた。


「脊髄の一部だ。あの風の化け物と同じ場所が、まだ生きてるみたいに光ってた。触れた瞬間……分かった。これ、道具じゃない。“器官”だ」


 リオラは無言でそれを握りしめる。


 次の瞬間。


 双剣の周囲で、空気が震えた。


 ごう、と低い音が鳴る。

 風が、集まっている。


 リオラの目が細くなる。


「……来たな」


 同時に、炎の化け物が吼え、火の塊を吐き出した。


「下がれ!」


 リオラは一歩踏み込み、双剣を交差させる。


 ――切れる。


 確信とともに振るわれた刃が、炎を裂いた。

 風が刃となり、火を押し返す。


「おい……」


 カイエが、にやりと口角を上げる。


炎の化け物が大きく身を捻り、再び火を噴き上げた。


「来るぞ!」


 カイエの声より早く、リオラは前に出ていた。


「下がれ、リオラ!」


巨大なライフルを肩に食い込ませ、迷いなく引き金を絞る。


狙いは――頭。


 四肢も胴も異様に発達している。


 だが、生き物である以上、核はそこにあるはずだ。


轟音と共に放たれた弾丸は、化け物の頭部へ一直線に飛ぶ。


だが、直撃の瞬間、見えない何かに弾かれ、火花を散らした。


 ――来い。


 布越しに触れる、光る器官。

 だが。


 沈黙。


 光らない。

 ダリウスの時のような脈動もない。


「……まぁいい」


 小さく呟き、すぐに意識を切り替える。


 頼らない。


 いや、頼る必要がない。


 引き金を引く。


 轟音と共に弾丸が飛び、化け物の頭部へ突き進む。


 また弾かれるが、障壁がわずかに歪む。


「弱点であろう頭を守るってことは――そこが要だ」


 炎が弾ける。


 カイエは地面を転がり、木陰に滑り込む。

 それでも照準は頭から外さない。


 胸元の器官は、依然として沈黙したまま。


 だが、カイエの呼吸は乱れていなかった。


「光らなくても、撃つ場所は変わらねぇ」


 次弾装填。


 狙いは一点。


 頭。


 ――そして、裂け目が生まれる。


 その瞬間を逃さず、カイエは叫ぶ。


「今だ、リオラ!」


 風が唸りを上げ、

 戦況が一気に傾いた。


炎の化け物が崩れ落ち、黒く焦げた地面に沈黙が訪れた。


 最後の一太刀を振り抜いたリオラは、ゆっくりと双剣を下ろす。



 立ち上る熱と煙の向こうで、敵はもう動かない。


 カイエは銃口を下げ、しばらくその光景を見つめていた。


 ――終わった。


 胸の奥で、ようやく緊張がほどける。


 だが、次の瞬間。


 彼の意識は、別のところへ向いていた。


 胸元。


 布越しに感じる、あの器官。


 光らない。


 リオラが拾った石は、戦いの最中に確かに応えた。


 ダリウスの手に渡った器官も、触れた瞬間に発光し、

 銃弾に風を宿らせた。


 なのに。


 「……なんでだ?」


 思わず、声が漏れる。


 力が足りないとは思わない。


 覚悟も、判断も、戦い方も――間違ってはいなかったはずだ。


 カイエは無意識に、リオラの背中を見る。


 あの男は、剣を振るい、前に出て、

 迷わず命を賭けた。


 次に、ダリウスを見る。


 恐怖に震えながらも、理屈を信じ、自分にも使えると踏み込んだ。


 ――じゃあ、俺は?


 引き金は引いた。

 弱点も見抜いた。

 仲間を信じて、道を作った。


 それでも、応えはない。


 カイエは拳を握りしめ、そっと胸元を押さえた。


「……選ばれなかった、ってわけでもなさそうだな」


 自嘲気味に呟き、銃を担ぎ直す。


 風が収まり、森は再び静けさを取り戻した。


 ダリウスは、手の中の器官を見つめていた。


 先ほどまで淡く輝いていたそれは、今や――


 沈黙している。


「……光、消えたね」


 確かめるように呟く。


 リオラもまた、ポケットから拾った石を取り出した。


 あれほど強く応えた光は、すでに失われている。


「一度きり、か」


 静かな声だった。


 視線が、カイエへ向く。


 カイエは胸元から、布に包んだ器官を取り出す。

 それは――


 まだ光を宿していた。


 弱く、だが確かに。


「俺のは……使ってねぇから、か」


 カイエの声に、驚きはない。

 むしろ、納得しているようですらあった。


 ダリウスが眉を上げる。


「…使用が条件か?」


「可能性は高い」


 リオラは短く答え、三つを見比べる。


 光を失った石。

 沈黙した器官。

 そして、まだ輝く一つ。


 その価値を、即座に理解していた。


「……これは、ただの未知なる力じゃない」


 低く、しかし断言するように言う。


「使い方によっては戦争になるだろう」


 仲間たちが息を呑む。


 リオラは続けた。


「これをリンネルに持ち帰る。独断で深入りする段階じゃない」


 森の奥を一度だけ見据え、言葉を切る。


「報告するため一旦帰国する。国を挙げて調査するべきだ」


 カイエが、わずかに口角を上げる。


「総出、か。大事になりそうだな」


「なるな確実に」


 風が収まり、森は再び静けさを取り戻した。


「この力が制御できれば、

 国の在り方そのものが変わる」


 ダリウスは、沈黙した器官を握りしめながら、

 目を輝かせる。


「……歴史が動く、ってやつだね」


 セリナは不安そうに森を振り返った。


「でも……この大陸、まだ何かいそうです」


リオラは頷く。


「だからこそだ」


 一歩、前へ。


「無理に踏み込まない。次は、準備を整えて来る」


 光る器官をしまい、双剣を収める。


「生きて帰るぞ。報告は、俺がやる」


 その言葉に、誰も異を唱えなかった。


 彼らは知らない。


 この判断が、

 やがて世界を巻き込む戦いの

 最初の分岐点になることを

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