理解

リオラは、無意識のうちにポケットの中の石を強く握っていた。


その瞬間――

光る石が、脈打つように強く輝いた。


「……っ!?」


胸の奥を、熱とも冷気ともつかぬ感覚が駆け抜ける。


リオラの身体そのものが、化け物と同じように淡く発光し始めた。


「隊長……!?」


セリナの声が震える。


化け物が再び叫び、背中の脊髄が激しく光る。


空気が歪み、衝撃波が一直線にリオラへと叩きつけられる。


――だが。


リオラは一歩も退かなかった。


「……見えた」


双剣を交差させる。


その瞬間、剣の周囲に渦巻く風が生まれた。


衝撃波と双剣が正面衝突する。


轟音。大気が爆ぜ、森の木々が大きくしなる。


次の瞬間――

衝撃波は弾き返された。


「なっ……!?」

カイエが思わず声を上げる


リオラは剣を構えたまま、はっきりと理解していた。

双剣の周囲を包む見えない流れ。

肌を切り裂く圧。呼吸を奪う奔流。


「……風だ」


剣の周囲には、目に見えぬ風の鎧がまとわりついていた。


「……あいつの攻撃も、俺の剣も……正体は同じだ」

リオラは低く呟く。


「――風を、操っている」


ダリウスが息を呑む。

「……力じゃない……現象そのものを……」


化け物は一瞬、動きを止めた。


まるで“理解された”ことを感じ取ったかのように。


リオラは双剣をゆっくりと構え直す。


風が剣に応じて唸りを上げる。


「……ようやく、同じ土俵に立てたらしい」


化け物は一歩、後ずさった。


だが次の瞬間、怒りを叩きつけるように背中の脊髄が激しく明滅する。


――ゴォォ!


連続する衝撃波。


空気そのものが刃となり、木々を薙ぎ倒しながらリオラへ殺到する。


「隊長…!」


ダリウスの声が飛ぶより早く、リオラは踏み込んだ。


「……遅い」


双剣を軽く振る。


すると剣の周囲を包む風が、衝撃波と正面から噛み合った。


――バァンッ!!

――バァンッ!!


衝撃波はすべて弾き返され、森の奥へと霧散していく。


木が折れ、地面が抉れるが、リオラの足元だけは静かだった。


「……見えれば、なんの脅威にもならん」


低く、確信に満ちた声。


リオラの視界には、もはや“不可視の攻撃”は存在しなかった。


風の流れ、圧の集中、放たれる瞬間――

すべてが、はっきりと“読める”。


化け物は叫び声を上げ、さらに力を込める。


だが衝撃波は、放たれた瞬間に剣に絡め取られ、逸らされ、砕かれていく。


「……無駄だ」


リオラは歩く。


一歩、また一歩と、確実に間合いを詰める


双剣を交差させるたび、風が唸りを上げる。


その姿は、もはや“人が風を振るっている”かのようだった。


カイエは呆然と呟く。

「……近づいてる……あの化け物に……」


セリナは息を止め、ただ見つめることしかできない。


ダリウスは震える声で言った。


「……理解したんだ……使い方を……」


化け物は、ついに後退した。


初めて見せる“怯え”の動作。


リオラは双剣を大きく構える。


風が刃に収束し、唸りを上げる。


「……次は、こちらの番だ」


森の空気が、一瞬、凪いだ。


剣に纏わせ、受け流す。

それはもう出来ている。


なら――


「……風の力なら、どうしてこう使わない?」


低く呟いた次の瞬間、リオラは足元に風を叩きつけた。


――ドォォ


地面を蹴った感触すら曖昧になるほどの加速。


景色が歪み、視界が追いつかない。


「なっ――」


ダリウスが言葉を失う。


リオラの身体は、風に押し出されるように一直線に駆け


次の瞬間には化け物の背後にいた。


自分でも初めて経験する速さだった。


制御は粗い。だが――十分だ。


「……今だ!」


双剣を振るう。


刃に纏った風が、今度は確かに“肉を裂く感触”を伝えてきた。


「ギィィッ!!」


致命傷ではない。


だが、これまで一切通らなかった攻撃が、はっきりと通った。


化け物の背に、深い切り傷。


そこから光が乱れ、脊髄の発光が一瞬、不安定に揺らぐ。


リオラは着地し、息を荒くする。


足が震え、肺が悲鳴を上げていた。


(速すぎる……いや――)


顔を上げ、剣を構え直す。


「お前が遅すぎるのかな」


化け物は初めて、明確に体勢を崩した。


怒りと混乱が入り混じった叫び声が森に響く。


カイエが叫ぶ。


「効いてるぞ、隊長!!」


セリナは息を呑み、目を見開く。


「……速い……風で……動いてる……」


ダリウスは確信したように呟いた。

「……防御じゃない……移動……攻撃……全部、同じ力だ……」


リオラは剣先を化け物に向け、静かに言った。


「……次で終わらせる」


風が、再び集まり始めていた。


ゴォォ ゴォォ


風が、吠えていた。


森の空気すべてが引き裂かれるような轟音。


木々が軋み、地面の砂が渦を巻き、化け物の身体を包み込む。


――逃げ場はない


次の瞬間


リオラは化け物の背後に立っていた。


風が、すっと止む。


双剣を構えたまま、ゆっくりと振り返る。


視線の先には、まだ倒れていない化け物の姿があった。


――無傷に見えた。


化け物は一歩、前に出ようとする。


怒りに満ちた叫び声を上げようとして――


その身体が、ぴたりと止まった。


ピッ、と、乾いた音が走る。


胸、肩、腹、腕、脚――

身体中に走った無数の切り線が、遅れて浮かび上がる。


そして。


――ザバァ


時間差で、血が噴き出した。


「ギ……ァ……」


声にならない音を漏らし、化け物は膝をつく。


光っていた脊髄の輝きが、ひび割れるように消えていく。


リオラは剣を下ろさず、静かに告げる。


「風が静かだ」


化け物の身体が、前のめりに崩れ落ちる。


地面に倒れ伏した瞬間、血と共に砂埃が舞った。


森に、静寂が戻った。


カイエはしばらく口を開いたまま、ようやく言葉を絞り出す。


「……斬った……いつの間に……」


セリナは両手で口を押さえ、震えながら呟いた。

「……音を……置き去りにした……」


ダリウスは、ただ一言。

「……理だ」



リオラは深く息を吐き、双剣の風が完全に消えたのを確認してから、ゆっくりと剣を収めた。 


足元に転がる光る石は、役目を終えたかのように静かになった


だが――

この大陸に眠る力が、消えたわけではない。


彼は前を向く。


「……行くぞ。まだ、奥がある」

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