涙雨の渇き
氷霞 ユキ
雨ノ日
「なんでこんなこともできないんだ!」
「申し訳ございません…。」
上司に怒られた私はいつものように頭を下げた。
「今日、特に機嫌悪かったね課長」
隣の席の聡美は私を気遣うように声をかけてくれた。
原因は、資料作成の際の細かいミスの指摘で
課長の指摘はマーケティング部門に小さな疲労と
ストレス、悲しみを時々蔓延させている。
「うん…ありがとう…
「定時だし上がろうよ
「いい。…今日は帰るよ」
───あんまり落ち込むんじゃないよ───
聡美のいつもの言葉は受け取る度に元気になれたのだが現実は重く、営業成績や評価のグラフ順位表をみて自分と比べてしまう。
「何をしたいんだろう…私。」
静かな声で呟き席を立って帰ろうとした時
喉の渇きを感じた。
その足で私は社内のウォーターサーバーに足を進ませて紙コップを取る。
目の前に立つと必ず目にはいる広告が面白い
「ろ過率99%!ファイト!一滴!」
テレビCMも流れるこのウォーターサーバーは定期的に
「ん…ぐっ…」
喉の渇きの違和感は自分の思っていたよりあったようでコップの水はすぐになくなる。
「お先でーす。」
「おぅ
「いつもじゃないですか」
総務の川口さんは私と目が合うといつもこの返しをしてきた。
ヒールの音を立てながら外を出て夜空を見上げると大きな雨粒が降っている。
「早く帰らなきゃ…」
そう思いながら自宅までの道をゆっくりと歩く、家に帰っても孤独なだけだったが雨には注意が必要だった。
───朝の天気予報をお伝えします。───
テレビからは流れる天気予報は少し変わっている。
アナウンサーの声がテレビから聞こえると
最初の台詞はこうだ。
今日の
地表の水は蒸発までに時間がかかります。
通報をお願いします。
そんな天気予報は必ず雨で
その後は可愛い動物の映像、話題の音楽や事件のニュースが流れる普通になる。
「はぁ…」
帰り道の途中で不意にため息をつくと
雨は少しずつ強くなっていく。
───この雨は誰かの悲しみ。───
だから世界は長い雨が降り続くとある時立寄った図書館で見たこの雨を説明する絵本の最後にはその言葉で締めくくられていた。
いくら気分を変えようと空想のお話しを浮かべても私の頭の中は空想の夢物語から突如として会社の光景が浮かんでくる。
毎日息をするように仕事をして、夜遅くに帰宅し、あり合わせの物を食べて眠り、出社を繰り返す。
時には故郷で早くにこの雨の災害で亡くした家族を思い出しては胸が締め付けられていた。
「何で…!私だけ!…う…っ」
辛い気持ちを我慢していた心がはじけるように
目からは涙が溢れて止まらなくなり、泣く声も大きくなる。
───あ…やばい…止まらない…───
◆◆
「
監視室に響く警報音を聞くと俺たちは専用の窓から飛び降り、各区へと散開する。
「こちら、A地区、対象反応はどこだ!」
「あんたの所が一番強いじゃん、偵察しながらろ過工場を見てくる2次災害の危険は避けたいからね」
無線からは気だるそうな女の声が別の地区へ行く連絡が聞こえた。
ザーっという音と共に男の声に切り替わる。
部隊の隊長だった。
「範囲が広い、2次災害の危険もある。急いで対象を見つけ、
俺達は晴環管理局、
この世界の雨にうんざりする働く公務員だ。
「みなさん!落ちついて行動してください!ひび割れた地面には水が溜まります!涙雨は絶対に口に入れないでください!」
───見ろよ、晴正隊の
雨の勢いに混乱する民衆が俺の名を呼んでいる
「帰宅が困難な方は建物内や屋根のある場所へ避難を!」
───晴れさせてくれ!
この雨を晴れにして、どうにか社会を助け笑顔を作りたいと
今日の
その他にも、地表に溜まった雨を吸水車で吸ってろ過して流すなんてこともあったが
この量の雨はただ事ではなく、数年前に起きた大災害の被災者の可能性を予測する。
(数年前のアルファ地区の大災害みたいに、
地表に溜まった
これを俺達は───
体への付着や飲めば
それが現れた日は稀に雨が止み雪が降る事があり、雪には死涙の成分が含まれている。
◆◆
俺は人混みを駆けながら焦りを感じていた。
「よし、見つけたこの路地の先…!けど遠いな…」
無線機を使い、呼びかける。
「こちら、朝日!対象者反応を確認、数キロメートル先にあるため、テルボウズの飛行許可をお願いします。」
「こちら
「隊長!災害被災者かも知れません!」
「可能性…あるんだよなぁ…分かった。許可する
「了解!」
会話を終えると、腰に巻きついているベルトにある小さな赤いスイッチを押す。
背中から伸びる黒い
普段は腰に巻き付いた帯のように見えるこの道具は、晴正隊の象徴だ。
対象者の感情波を探知し、手続きの後に
「
そして許可が出ればこうして空を飛べる。
雨雲を切り裂くように滑空しながら、反応の中心へ急ぐ。
「よっと…」
地面に降り、路地の奥、古いアパートの3階
窓から漏れる泣き声が、テルボウズの先端を微かに震わせていた。
ドンドンドン!
「
呼びかけたが返事はなく、ドアの鍵があいていた。
俺はドアを開けると玄関に座り込んでいた対象者を見る。
肩を震わせる彼女に、ゆっくり近づく。
「大丈夫ですか? 晴環管理局の朝日です。警報で来ました。もう大丈夫ですよ落ちついて」
「私…なにか悪い事したんですか…?」
「まさか、泣きすぎただけです。
「はい……。」
彼女の返答を確認すると俺は少しの聞き取りを始めた。
雨宮 翔子都内勤務の会社員。
生まれは地方のアルファ地区出身で思った通り
あの大災害の被災者だった。
「そうですか……ご両親を…」
「えぇ……向こうで補助を受けながらこっちに上京してきて…」
「あの場所にいたんですよ私も」
「え……?」
「地獄でした…
「………」
「でも、あなたは助けられた。」
「………!」
雨宮ははっとした顔でこちらを見つめていた。
「ありがとうございます……。」
「明日はいいことありますよ、落ち着いたら手続きしましょう他に変わった行動はされましたか?」
「いつもの水を飲みました…」
「あー…じゃあ当たっちゃいましたね。」
「なにがですか?」
「いや、私もサーバー…家にあるんですけなどね?あの広告」
───ろ過率99%!ファイト!一滴!───
「本当だと思うんです。」
そう言って俺はこう続けるのだ。
残りの1%は誰かの感情なんです。
絵本の世界は誰も信じない。
けれど現実に起こっているこの現象を結びつける可能性としてウォーターサーバーの水は充分に疑われる理由として広まっていた。
「さ、手続きをしましょう雨を終わらせないと。
お好きな手の甲を出してもらえますか?」
「これでいいですか…?」
まだ少し怯える雨宮は俺に向かって右手の甲を差し出した。
それを確認すると腰に下げている小さいカバンから金の入れ物に入ったハンコを取り出す。
「…はい!ありがとうございます。これでよしっと…」
「
「管理局への承認印みたいなもんですしばらくしたら跡は消えます。外に出られますか?」
◆◆
手を借りて外に出ると朝日さんは私を外に連れ出した。
雨はまだ降り続いていた。
「雨を終わらせます。明日はきっといいことありますよ」
そう言って背中に背負っていた
「いきますよ?」
背負っていた
思い切りそれを何度も振り下ろしてはあげてを繰り返した。
───あーした天気になーぁれ!───
何度も大声で朝日さんはそう叫んでいた。
すると空からは少しずつつ雨が止み、はじめに見ていた
◆◆
雨が完全に止み空には星々が輝いている。
雨宮はぽつりと呟く。
「……雨、止んだ。」
顔に残っていた涙の跡は乾き、表情は穏やかだ。
口角が自然に上がって、柔らかな笑顔になっている。
「よかった……ありがとうございます。」
俺は雨宮の笑顔を見て、一瞬言葉を失う。
(……きれいな笑顔だ。完璧すぎるくらい。)
俺は少し離れて立ち、事務的に、でも優しく言う。
「これでしばらくは晴れが続きます。」
「悲しみは……いつ戻るかわかりませんけど、今は消えてますから。」
雨宮は首を傾げて、また笑う。
「悲しみ? そんなの、なかった気がします。」
俺は視線を逸らし、小さく息を吐くのだいつものように…。
「何か……ご自身に異常を感じたら、病院へ行ってください。」
「異常? 大丈夫ですよ。なんだか、すごく気持ちのいい気分です。」
それ以上何も言えず、背を向ける。
遠くで後から来た下で待つ吸水車に乗った隊員の声が聞こえる。
「
「じゃあ…私はこれで」
「はい!ありがとうございました!」
俺はその場を去ろうとした時、感じる。
私は、去っていく彼と空を見ながら思う。
───喉が渇いてしかたない───と
涙雨の渇き 氷霞 ユキ @hyoukaYuki_6127
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