雪と炎と甘酒と -そして彼女は二つの願い事をした-

@MegumiS

雪と炎と甘酒と -そして彼女は二つの願い事をした-

「りょうちゃん、12月30日もシフト入ってるけど、大晦日は帰省する?」

 12月に入ったある日、バイトしているパン屋の店長・藤井和弘さん……通称チーフが、シフト表を見ながら私に聞いた。


 大学生活一年目、私がそのパン屋でバイトをはじめて、半年と少しが経過していた。


「いえ、一日の朝から帰ろうと思ってます。親から、元旦のお昼に実家にいたらいいって言われていて」


 彼は、人好きのする笑みを浮かべて、ふうんと頷く。そして楽しいことを思いついたみたいに言った。

「大晦日の真夜中に、直人と笑美子エミコさんと初詣行こうって言ってるけど、行く?」


 私は一も二もなく頷いていた。

 何を隠そう、私はチーフのことが好きなのだ。



    ◇



 私と同じくバイトの直人くんと、その彼女の笑美子さん。

 そして私とチーフの4人は12月31日の夜、11時40分に待ち合わせて、一緒に近所の神社へと向かった。



 でも、境内に続く階段を登っているうちに、笑美子さんが

「階段長すぎる、つらい〜」と言い出し、

「仕方ないなあ、ちょっと休憩して行く?」

 って直人くんの声を最後に、二人と別行動になってしまった。


『途中で別々になったら、各自お参りした後、甘酒を配布してるテントで落ち合おう』

 出発前のチーフの言葉を思い出し、さほど気にせず階段を上りきって、参拝の列に並ぶ。


「はぐれちゃいましたね」

 私の声に、チーフは柔らかく笑った。

「混雑してるからねえ。直人がいるから大丈夫でしょ」

「ですね」


 言いながら、私はなんとなく周囲を見回した。

 家族連れやカップル、学生らしい男子たちや女子たち。町中から人が集まったのではと思うほど、境内はかなり混み混みだった。


 寒くて顔が冷たく、でも来たる新年を祝おうと、参拝待ちの人たちの顔はどこか明るい。胸の奥に暖かな気持ちを感じながら、私もゆっくり歩みを進めた。


 2〜30分待っただろうか。

 私たちの番が巡ってきて、お賽銭を投げ入れる。


「二礼二拍手、一礼って書いてある」

 チーフが言って、2人で同時にそうしていた。


 時々しか来ない神社だけれど、手をあわせる度に、心の奥の水面が静かになるような、厳かな気持ちになるから不思議だ。


 目を閉じ手を合わせて、私は祈った。



 どうか、来週も、来月も、そして来年の今頃も、健康で楽しく、このひとの隣にいられますように。



 かなり真剣にそう願って目を開けたら、ひょいとチーフが私を覗き込むように見た。

「お願い、終わった?」

 はい、と笑顔になる。

「じゃ、抜けよっか」


 次の人に丁寧に会釈して列を抜けるチーフを見て、やっぱりこの人いいなあと思っていると、彼は振り向いて言った。


「なんて祈った?」

 私はぐっと言葉につまる。

「内緒です!」

「へえー」

 あ、言って欲しかったかな。


 正直に打ち明けて、迷惑だったらどうしようって、ひゅうと気持ちがしぼんだ私は本当に臆病だと思う。


「……健康で楽しくいられますようにってお願いしました」

 肝心なところはぼかして、私は言っている。



 チーフは人混みを縫うように、でもゆっくり歩く。

「チーフは何を……」

「えー、俺も今は内緒」

 今は、って言った。



 ゆっくり歩みを進めた先に、無料と書かれた甘酒飲み場があり、彼は振り返る。

「先に飲んでよっか、甘酒。めちゃ寒いし」

「いいですね。好きです、そういうの」

 頷く私に、彼は一瞬真顔で私を見た。


「……俺も好きだよ、そういうの」

 一拍置いてそう言った優しい声に、私は少し沈黙して彼を見つめる。そして巫女さんの格好をした女の子から暖かい紙コップを受け取り、彼に手渡した。


 お互い、ふう、と少し冷まして甘酒を一口いただいた。身体がじわりと温まり、それだけで幸せな気持ちになってくる。

「おいしいですね」

 思わずにこにこしてしまう私を、チーフは穏やかに見て。そして言った。


「叶ったら、教えるね。さっきの願い事」

 それを聞いて私は笑う。

「楽しみにしてますね」

 チーフも微笑んで、ふと真っ暗な空を見上げた。


「雪が降ってきた」

 かがり火みたいに何ヶ所かに焚かれた松明に照らされて、ぼたん雪がはらはらと落ちてきていた。

「綺麗ですね……」

「うん。よかったね、夜中に来て」

 はい、と私は頷いている。


 ぱちぱちとはぜる松明の炎、笑い声や子供の泣き声、ざくざくと砂利を踏む人々の足音。


 そのすべてが、なんだかとても神聖なことみたいに感じられ、口の中に広がる甘い味わいも一緒になって、心の奥にさっきの願いを超えた祈りみたいな気持ちが、呼び覚まされた感じがした。



 自分のことばかり願っていたけれど。

 それよりも強く、私は祈った。


 神さま、どうか。

 このひとがずっと健康で幸せでありますように。



 願い終えたとき、

「りょうちゃん、いた!」

 笑美子さんの明るい声が遠くから響いた。追いかけるようにして、直人くんの声。

「笑美子さん、寒いから俺たちも甘酒飲もう!」

 ぱたぱたと雪の中を走ってくる二人を見て、私たちは笑う。


 チーフが言った。

「幸せだねえ」

 私は、はい、と頷いた。

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