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「私は……」リジーは辛い表情で、幽霊たちを見た。「私はあの霊媒師のやりたいようにやらせようと思う。我々はあの世に行く。それで――いいだろう?」


 幽霊たちの間から、戸惑いと賛成と、入り混じる声が上がった。執事が、リジーの前に進み出た。


「それでよろしいのですか、お嬢様」


「ああ、よいのだ」リジーはなるべく明るく力強く、執事に言った。「どちらにしろこの世とはもう別れることを決めていたのだ。我々は――たしかに歳をとりすぎた」


 最近の若者――リジーはアンジェラの顔を思い浮かべる。アンジェラは――まあ、若くはないな。この屋敷の築年数を考えると。けれども「推し」とか……。なんだかよくわかんないし……。うん、たしかに私は最近の若者についていけてない……。


 幽霊たちがリジーの言葉にざわめいていると、突然扉が開かれた。そこに立っていたのは、寝巻姿のアンジェラだ。


 アンジェラはひどく具合が悪そうだった。顔が真っ青だ。力を振り絞ってここまで来たようで、もはやその力もつき、崩れるようにへたりこんだ。


「アンジェラ!」


 驚いてリジーがアンジェラのそばに行く。助けようと、手をさしのべると、アンジェラがそれに寄り掛かった。


「霊媒師が……悪しき者を、この世ならざる者を追い払おうとしてるの……。私も人間の姿が保てそうにない……」


 アンジェラは人間ではないのだ。建物なのだ。リジーははっとした。霊媒師の力はアンジェラにも及んでいる。


「私……最後にあなたに会いたくて……」


 アンジェラはリジーの腕に顔を埋めた。他の幽霊たちもいつのまにかやってきて、不安そうに二人を見ている。


 アンジェラが目を閉じる。心なしかアンジェラの体が軽くなっているように感じる。リジーはアンジェラの背中に手を回した。そして決心した。




――――




 アンジェラは目を覚ます。


 私は――そうだ、霊媒師が来たのだ。人間の姿が消えてしまいそうになって恐ろしくて、私はリジーのところへ行ったのだ。それから――どうなったっけ? そう気を失ったのだ。リジーの腕の中で……。


 推しの腕の中で息を引き取る……。うん、最高じゃないかしら。最高の最期よね。で、そういうことがあったということは、私は死んだのかしら。でも私って建物なわけだから、そもそも命ってあるのかしら。


 そこまで考えて、アンジェラは目の前にあるものをまじまじと見た。目の前に広がっているのは、屋敷の自分のベッドの天蓋部分だ。そしてその体は、ベッドの中で横たわっている。……人間になってから何度かこの屋敷で迎えた、いつもの朝だわ。


「おはよう」


 声がした。アンジェラは慌てて飛び起きた。ベッドのそばには――リジーがいる。


「ど、どうして!?」


 慌てふためくアンジェラにリジーは静かに言った。


「霊媒師の力は私が無効化しておいた」

「助けてくれたの?」

「そういうことになるが、これは我々のためでもあるのだ。我々もあの世には行きたくないので……」

「ありがとう!」


 アンジェラはリジーに抱きついた。リジーが声を上げる。


「ま、待ってくれ!」

「ごめんなさい!!」


 アンジェラは慌てて離れた。私ったら、私ったら、また推しに対して失礼なことを――。


「いや……いいんだ。驚いただけで怒ってない」


 リジーはアンジェラに向かって笑う。照れくさそうに。そしてリジーのほうからアンジェラに近寄った。


「私は――」リジーはアンジェラを見つめながら言う。「長いこと幽霊として暮らしていて、えーっと、人と触れ合うということはなくて、それで人の感触というものが新鮮で、えっと、でも……」


 リジーは恥ずかしそうに視線をそらした。そしてやや小さな声で言葉を続けた。


「でも……悪くないものだな、人の体温や重みというものは」


 アンジェラは嬉しくなった。けれども何をどう言っていいのかわからない。リジーが再びアンジェラを見、手を伸ばす。アンジェラもそれに応えるように手を伸ばし、二人はいつしか手をつないでいた。


「私、あなたにお礼がしたいな」


 アンジェラが言った。


「お礼?」

「そう。なんでもいいから言って」

「……うーん……」


 リジーが考えている。そして決まり悪そうに口を開いた。


「このドレスにちょっと飽きてるんだ。ずっとおんなじもので、たまには他のものが着たいな、と。これは古臭すぎるだろう?」


「そんなことない!」アンジェラは陽気に声をあげた。「でもあなたはかわいいからいろんなものが似合うと思う! そうね、私の魔力を使えば、あなたの服装を変えることができるかも! ああ、楽しみ! いろんな推しの姿を見れるなんて!!」


 リジーは苦笑いしている。けれども、アンジェラから手を離すことはなかった。


 外は明るい光に満ちていた。霊媒師は満足して帰っていった。たしかに満足する理由はあったのだ。それ以来、この屋敷で幽霊たちがスーザンを脅かすことはなかったのだから。


 けれども幽霊たちは、人間の姿を得た屋敷とともに、その後も幸せに暮らしたのであった。

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リジーちゃんはあきらめないっ! 原ねずみ @nezumihara

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