3

 こちらから何かを言うべきか? 魂が震え上がりそうなことを……。リジーが口を開くと、それより先にアンジェラが言葉を発した。


「……やっと……会えた」


 それは恐怖でも混乱でもなかった。嬉しさと感動に満ちた言葉だった。アンジェラは起き上がり、さらに熱心にリジーを見つめた。


 そして涙を流したのだ。それはどうも感動の涙であって――やはり恐怖ではなかった。




――――




 アンジェラは流れる涙を拭う。リジーは混乱していた。なぜ泣いてるんだ? やっと会えたとはどういうことか?


「ずっと会いたかったの……」


 アンジェラは涙でうるんだ目でリジーを見上げた。リジーはますます混乱し、わずかに身を引いた。


「あなたをずっと見ていたの……。でもあなたは私に気づくことはなかった。それでいいって思ってたの。でもやっぱり辛くて……!」


 何を言っているのだろう。リジーにはさっぱりわからない。とりあえず、こちらも何か言うべきかと思った。でも何を言えばいいのだろう。


「私は……幽霊」


 よくわからないので、変な自己紹介になってしまった。アンジェラがたちまち笑った。


「知ってるわ! そんなこととっくに知ってる! だって私はずっとあなたを見てきたのだもの! 300年間も!」


 そう言ってアンジェラはぎゅっとリジーの手を掴んだ。リジーは驚いた。自分は幽霊で、気体のような体をしている。人間が自分に触れることはできないはずだ。


「……! どういうことだ!?」


 この少女は何者なのか? リジーは反射的にアンジェラの手を振り払った。アンジェラがたちまちおどおどとした態度になった。


「ご、ごめんなさい! いきなり手を触ったりして……。失礼よね、私、すごく浮かれてて……」


 幽霊に会って浮かれるとはどういうことなのか。いや、その前に、このアンジェラという少女は何者なのか。


「お前は……何者なんだ?」


 リジーは尋ねた。半ば、恐れを抱きながら。癪だ。怖がらせる側が、逆に怖がっているとは。


「私は――この屋敷が、人間の形になったもの」

「この……屋敷?」


 アンジェラの言葉にリジーは混乱する。アンジェラは背中を伸ばしてベッドの上に座り、真剣な眼差しでリジーを見つめた。


「そう。私はこの屋敷。この屋敷そのものなの。でも人間になりたくて――あなたに会いたくてこの姿になったの」

「私に会う?」

「あなたは――私の推しなの!」


 推し。なんだか新しい言葉が出てきた。大体意味は知ってるけれども。リジーはまたわずかにアンジェラから遠ざかった。


 アンジェラは自分の胸の前で両手を合わせ、陶酔したようにしゃべりだした。


「私は、つまり、この屋敷は400年近くにわたり存在してきました。いつしかそこに幽霊が住むことになったの。その幽霊はもともとここに住んでいたかわいい女の子。幽霊になってもかわいかったわ……。私はその女の子の活躍を眺めていた……。その女の子こそ、あなた、リジーよ!」

「あ、うん……」


 アンジェラのテンションが高い。けれどもリジーはついていけない。


「あなたは……いつしか私の推しとなっていた。ほら言うじゃない? 壁になって推しを見守りたい、って。私は比喩でもなんでもなく壁だった……。でも壁は辛い! こんなに近くにいるのに、あなたは私の存在にちっとも気づいてくれない。で、私は人間になりました。300年の間、魔力をためてね」


 そう言ってアンジェラはリジーにウインクした。どうやらお茶目な人のようだ、とリジーは思った。


 悪い人間ではない……のだと思う。いや、人間じゃないのか。屋敷なんだから。建物だ。しかし……まあしかし悪い建物ではないだろう。


 リジーはどうしていいかわからず、とりあえず、不器用に微笑んだ。




――――




 それから数日後のことだった。事件が起こった。幽霊たちの騒動に参ったスーザンが霊媒師を呼んだのだ。


 今までにも霊媒師やそういった類の人間がやってきたことはある。けれども彼らはいんちきか、または力の弱い者たちだった。しかし今度は本物なのだ。その影響はたちまち幽霊たちに及んだ。


 夜、幽霊たちがリジーの寝室に集まった。一体どうすべきか……これからのことを相談するために。そこにはもちろんリジーもいた。


 リジーもやや気分が優れなかった。ひどく苦しいわけではない。霊媒師はたしかに本物だが、こちらが全力を出せば、相手に勝つことはできるだろう。けれども……リジーはそうする気があまり起きなかった。


 もしあの霊媒師を放っておけば」リジーは幽霊たちに言った。「我々はあの世へ行くことになるだろう……」


 リジーをのぞく幽霊たちはあの世に行きたがっている。だから、霊媒師のやることに反対しようとする者はいないはずだ。


 リジーをのぞいては。


 私は……リジーは思う。私はそう、あきらめるつもりだった。この世にとどまることを。アンジェラたちがここから引っ越せば、我々はみなあの世に行くのだ。それが少し早まったところで、何か問題があるだろうか。

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