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「わたくしたちはもう十分に頑張りました」執事は今度は、笑顔をリジーに向けた。「もう十分なのです。そうでしょう?」
「ああ……」
リジーの中にはわだかまりがあった。けれども使用人たちに無理強いはできないと思っていた。300年! 本当に長い月日だ! その間ずっと自分を支えつづけていてくれたのだ! さすがにもう休みを与えてもいいだろう。
「今回が……今回が最後なのだ」
リジーは言った。そして、きっ、と顔をあげた。うっかりすると辛くて涙がにじんでしまう。けれどもそんな弱い姿を見せたくはない。
「最後……そう、最後まで決して手を抜かぬように! 我々はこの屋敷を有名にした、天下にとどろく幽霊なのだ!」
己を奮い立たせるように強く、リジーは言った。使用人たちから歓声の声が上がった。
馬車が屋敷に到着した。新たな住人を迎えるため、使用人たちが部屋を出ていく。部屋にはリジーだけが残された。
リジーは窓辺へふらふらと近寄った。顔を窓ガラスに寄せる。リジーのしょげた表情を、稲光が照らす。
仕方ない……仕方のないことなのだ。リジーは悲しく考えた。執事の言うこともわかる。むしろよく今までつきあってくれた。
リジーは幽霊としての生活が気に入っていた。人間を脅かし、悲鳴をあげられることに喜びを感じていた。でも、執事の言う、最近の方々のことがよくわからない、という気持ちも理解できる。リジー自身も最近の人間は何か質が変わったなあと感じていた。彼らはあまり幽霊に敬意を払わない。
そもそも彼らは幽霊というものをあまり信じていない。迷信だと思っている。今は科学の時代なのだ。日々新しいものが発明され、生活が便利になっていく。
そういった世の中にあっては……幽霊も消えていくしかないのだろう。
私は時代に取り残されているのだ。リジーは悲しく思った。自分の着ている古風な服を見る。使用人たちはその時代に合った服を着ている。けれども使用人たちの姿を変えることに霊力を使うせいなのか、リジー自身は300年前の格好のままなのだ。
この屋敷ともお別れ、か……。リジーは思い、そして浮かんだままにゆっくりと室内を回った。生きていた頃はリジーの寝室だった部屋だ。この屋敷とも大変長く一緒にいる。リジーは壁をそっと手でなでた。
300年だ。300年も一緒にいたのだ。リジーは頬を壁にくっつけた。ひんやりとした固い感触が伝わる。不思議なことだとリジーは思う。私の肉体はもうなくて、空気のようになっているのに。
ここに留まっていたい、もっと幽霊としての生活を続けたいという気持ちが込み上げてきた。けれどもリジーはそれを押し込めた。あきらめよう。私は――あの世へ行くんだ。
本当に、執事の言う通り、歳をとりすぎた。私はもう――引退するのだ。
――――
幽霊たちは大いに働いた。新たな住人、アンジェラとスーザンは様々な怪異に遭遇した。
夜、どこからともなく聞こえる謎の泣き声。唐突に消える明かり。何かが上の階を歩き回る音。触れてもいないのに倒れる花瓶。
リジーは満足していた。仲間たちの働きに。そして観察するところによると、女家庭教師のほうはかなり弱っていた。けれども問題は少女のほうだ。
アンジェラという少女は平然としている。いや、平然、ではない。むしろ喜んでいる。本当にここは幽霊屋敷なのね! と興奮までしている。
これは由々しきことだった。まったく、「最近の若い者」というやつは! これはわからせてやらねばならない。リジーの心は燃えた。不敬な輩に教え込むことだ。我々、幽霊を敬わねばならぬ! と。
何しろこちらは300年もこの世にいるのだし、とリジーは思う。まったく、つい最近この世に誕生したひよっこのくせになんという態度か。いや、ひよっこだからかもしれない。まだこの世の恐ろしさというものを何もわかっていないのだ――。
リジーはほくそ笑んだ。それならば……私がそれを教えるまでだ――。
そこである夜、リジーはひっそりと少女の寝室にしのんでいった。
天涯付きの立派なベッドに少女が眠っている。リジーは火の玉をいくつか浮かび上がらせた。こちらの姿がよく見えるように。けれども明るすぎても困る。あんまり怖くなくなってしまうから。
リジーは少女を見下ろす。よく眠っている。そこで霊力で家具を揺らした。がたがたと音がし、少女が目を覚ます。
まぶたが開けられ、少しの間ぼんやりしていたが、その青い目が、リジーの姿をとらえた。
リジーは嬉しくなった。その姿を見るだけで十分に怖いだろう。黒い古風なドレスを着た少女。けれどもただの少女ではない。その姿は透け、宙に浮かんでいる。どこからどう見ても立派な幽霊――。
の、はずなのだが。
少女は、アンジェラは、じっとリジーを見ていた。その表情に恐怖はない。ただ、熱心に見つめている。リジーは戸惑った。どうしたのだ? なぜ驚いたり怖がったりしないんだ?
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