リジーちゃんはあきらめないっ!

原ねずみ

1

 稲光が暗い空に閃く。そしてとどろく雷の音。スーザンは恐ろしくなり身を竦めた。


 雨が降っている。その中を馬車は走る。嵐の夜だ。雷鳴はとどろき、風はうなり、雨粒は屋根を激しく打つ。そんな中私は――幽霊屋敷に行こうとしている!


 スーザンは中年女性で、家庭教師を職としていた。つい最近、ある一家に雇われたのだ。そこには夫婦と一人の娘がいた。スーザンはその娘の家庭教師として働くこととなった。


 娘の名前はアンジェラ。14歳だ。そのアンジェラは今、スーザンと同じ馬車の中で、その向かいの席で、静かに身じろぎもせず座っていた。白い頬に、青い目、金色の巻き毛が小さな顔を縁取っている。綺麗な娘だった。


 アンジェラの家は裕福だ。ぴったりとしたブルーグレーのワンピース、白いコート、良い仕立ての最新式のファッションだ。アンジェラは口をきつく閉ざして、必死に窓の外を見ていた。


 お嬢様も怖いのかしら……とスーザンは思う。いや、違う。スーザンはアンジェラの顔をまじまじと見て思った。その頬は紅潮し、目は輝いている。この嵐を楽しんでいるようだ。


「お嬢様……恐ろしいですね」


 念のため、スーザンはアンジェラに尋ねてみた。「何が?」とアンジェラがスーザンのほうを向く。


「この嵐ですよ。それに私たちが行くところは幽霊屋敷……」


 幽霊なんてほんとにいるのだろうかとは思うが。しかし有名な幽霊屋敷なのだ! アンジェラの両親は物好きにもこの屋敷を購入し、そこに引っ越すことにした。両親たちよりも一足先に、アンジェラとスーザンがその屋敷で暮らすことになる。


 新居へと――幽霊屋敷へと、二人は向かっているのだ。お誂え向きのこの天気! スーザンはいまいましく思う。


 けれどもアンジェラはそうではないようだ。アンジェラは熱い吐息を吐き、言った。


「私――ゴシック小説のヒロインになることが夢だったの」


 どうも変わり者のお嬢様だな、とスーザンは思った。




――――




 こちらはその幽霊屋敷。幽霊屋敷なのでもちろん――幽霊がいる。


 幽霊たちは屋敷の一室に集まっていた。とはいえその姿は普通の人間だ。屋敷の使用人の姿をしている。猫もいる。けれども彼らの前に、明らかに人間でないものがいた。


 半透明の体、地上から何センチかぷかぷかと浮かんでいる。古風な黒いドレスに身を包んだ少女だ。黒髪に黒目。その大きな目をぱっちり開いて、目の前に集う人間たちに檄を飛ばしている。


「さあ、我々の獲物がやってくるぞ!」


 少女は言う。その言葉に被さる稲光、そして雷鳴。薄暗い部屋、窓の外は夜の嵐。少女は爛爛と目を光らせた。


「我等の役目を忘れるでない! 今回の犠牲者も丁重に扱うのだ。恐怖というものをわからせてやろう。まだ何も知らぬその無垢な瞳に――」

「あの、リジー様」


 使用人の一人が、白髪頭でスーツを着た執事風の男が、おずおずと少女に声をかけた。男は一歩前に出て、話を続けた。


「これが最後……でございますよね?」

「あ、うん……」


 男の言葉に少女はたちまちしおれて頷く。


「今回の入居者が別のところへ引っ越したらわたくしたちはあの世へ行く、と」

「そうだな……」


 さっきまでの意気揚々とした態度はどこへやら、少女はしょんぼりと言った。心なしかいくぶん体も床へと下がっている。


 彼らは幽霊であった。もうこの屋敷に300年ほども住んでいる。この屋敷にもともと住んでいた一族は好奇心旺盛で、魔術に手を染め、そのため近隣の住人から気味悪がられていた。リジーはその一族の最後の一人だった。


 両親は死に、娘のリジーも流行り病で14歳で死んだ。それから幽霊になり、300年間ここで人間たちを脅かしてきたのだ。


 使用人たちも、もともとはこの屋敷で働いてた者たちだった。リジーが霊力によって彼らを普通の人間たちと変わらぬようにし、この屋敷に越してくる人々の世話をさせているのだ。


 リジーと仲間たち、彼らは幽霊としての務めを立派には果たし、この屋敷にやってくる者たちを大いに怖がらせ、ここを有名な幽霊屋敷にした。けれども、リジーはさておき、仲間たちは疲れていた。もう300年も幽霊をやっているのだ。そろそろあの世に引退してもいいのではないか、と。


 そこで、リジーと仲間たちとの間で取り決めができた。次にやってくる住人がここからいなくなれば、あの世へ行く、と。


 リジーは目を伏せ、力無く言った。


「もちろん……わかってるさ。けれども……私は……」


「リジー様」男が優しく言った。彼は300年、リジーをそばで支えていた執事なのだ。「リジー様のお気持ちもお察しします。けれども――わたくしたちは長く存在しすぎたのです」


「うん……」


「わたくしは……もう最近の方々のことがよくわかりません」執事はため息をついた。「歳をとりすぎました。若者のことがよくわからない」


「そうだな……」

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