第4話 明日葉ガキにやり込められる 前編

その言葉の意味を明日葉が理解したのは数秒後、目の前に何かが飛び降りてきたからだった。白いフード付きのマントを目深に被ったその人は想像よりもずっと小柄で、外套をひらりと翻して地面に音もなく着地するとすっくと立ち上がり、流れるような動作で花梨へと向き直った。


「ごきげんよう花梨さん何の御用?」

「苧環くんどこにいたの?ずっと探していたの」

「君が!僕を?嬉しいことを言ってくれるね。いつでも呼んでくれて構わないんだよ、君のためならば地の果てにだって駆けつけるとも。それにしても今日もなんて愛らしいんだろうか。上から見ていた時、見知らぬ女神が顕現しているのかと見紛うほどだったよ」

「あら苧環くん相変わらずお上手ね。ところで苧環くん、ほかでもないお願いなんだけれど──」

「来訪者の支援だったらお断りするよ。さて花梨さん時間はあるか?ランチはお済み?大通りの西側にできた新しいカフェにはもう行った?」

「えっ、あ、あの、えっと……」

「僕は味については全く門外漢なのだが聞くところによるとあそこのレモンパイは最高らしいよ。それからサンドイッチも、受付のお姉様方がおっしゃっていたのだから間違いない。さあ行こうか!」

「で、でも苧環くん忙しいんじゃ──」

「何君のためならば何時間だって隙間をつくるし、そのために何時間だって残業できるとも。今は何の気分?甘いもの?塩気の効いたお菓子もいいね。そういえば先日アザレアに訪問したと聞いたよ。お土産話を聞かせてくれる?」

「えと、えっと、ふっ、藤袴くんっ……!」


花梨が一を返す間に百どころか千を返してくるその男は今にも花梨の手をひいてどこかへと歩き去るほどの勢いだった。救いを求める花梨に藤袴が苦笑を浮かべて、相変わらずだな苧環と声をかけている。けれども明日葉はあまりのことに呆然としていた。この小柄な体型、まだ幼さを残した声のトーンと人の倍回る口、この男はまさか──瞬間、苧環が藤袴の言葉にくるりと振り向く。白いフードがずれ落ちると、見覚えがありすぎる美少年がそこにいた。例の顔も見たくないいけ好かないあいつである。

苧環は例の印象的な青い目でちらっと明日葉を見ると、すぐさま目を逸らして──つまりはじめからそこには誰もいないとでも言った様子で藤袴に向き直った。


「やあ藤袴いたのか。ごきげんよう。先に申し上げておくがお断りするよ」

「まあそう言わずに。要黐さんが探していたようだけど良いのかい?」

「ああ、午後の会議か。つい先週同じ議題同じ面子でやったばかりの事案だよ。完全に時間の無駄だからすっぽかそうと思ってね。なに、かえって僕がいないから議論にならず早く済むだろう。猫柳殿が噛みつく相手がいないからな」

「たまにはギルドの申し出を受け入れたっていいじゃないか」

「嫌だよ。費用対効果が無い。経済の回りを担っている商業ギルドが活発に活動する為にも依頼料は現在のものが適正であり、これ以上のものを必要とするならばそれなりの論拠が必要であろう?食っていけないなら辞めればいいのだよ。高額報酬枠は適正量用意しているのだし、実力主義の冒険者なんざに身を投じているのは本人らの判断であってそちらに問題があるとは思わないかね。仕事ならばごまんとあるのだから、選びたいならば学なり腕なりそれなりの技術を得るために努力するのが筋というものだよ。それをしないで新人がどうたら、若手にもっと機会がどうたら、そんなものはギルドで試行錯誤することであって騎士団の仕事では無い」

「まあ苧環くん、冷たい」

「花梨さんにそうおっしゃられると立つ瀬がないが、致し方ない。合理的と判断してくださると助かるけれど。それで?話は以上か?再三申し上げたようにそちらの彼の後見は君達スターチス教におまかせするとも。資金援助の件ならば見積もりをよこしてくれれば検討はしよう。他に無いならば致し方ない、無益で退屈な会議に顔を出すことにするが──提案はあるかね?」

「大通りのカフェにいかないかい?花梨も、それから新しい友人の彼も一緒に。共に親交を深めよう。何せ僕らは百年期を共にする運命共同体なのだからね」


明日葉からしてみれば、苧環が一言話すに比例してこの少年が嫌いになっていく状態であったし、こんな男に支援を受けるのは、苧環がどれほど立派な功績をもっていようと御免被ると思っていたが、藤袴が運命共同体と口にしたことが気になって大人しく口をつぐんでいた。脳と口が直結している己をよく理解している明日葉は、近年年の離れた姉に言い含められた、失言するくらいなら口を閉じていろという金言を時たま実行している。その時はそれが功を奏した様子で、腕を組んで考えていた苧環がひらりと左手を振ってみせた。


「まあ妥協点かな。結構、行こうじゃないか。何せランチがまだでね。さあお嬢様お手をどうぞ」


花梨へと恭しく手を差し伸べて見せる苧環に、彼女は少しばかり困ったような笑みを浮かべて手を取った。ある種わかりやすく、奇妙な関係性に明日葉は首を傾げて藤袴に小声で尋ねる。


「あいつ、花梨さんのこと好きなの?」

「そうなんじゃないかな」

「……あいつ幾つ?実は三十だとか?」


明日葉がそう尋ねたのは、藤袴と花梨から彼の功績を聞いたからだった。どう考えても見た通りの年齢ではなし得ないであろうそれとふてぶてしい態度から、実は年長者であり恐ろしく童顔であると考えたほうが現実的だろうと言う考えからだったが、藤袴は苦笑を浮かべると首を横に振った。


「まさか。今年で十四になるんじゃなかったかな」

「………えっ、十四?十四で騎士団でいっちゃんえらいってこと?」

「そうだね。確か十二になる年に就任したから史上最年少じゃないかな。ああでも君の予想は最もだよ。苧環は花梨の前くらいしか年相応に見えないところがあるから」


藤袴は特に疑問がある様子もなく苧環をそう評したが、明日葉は前方を歩く苧環をまじまじと見てしまった。発育の良い花梨との身長差はどちらかと言えば大人と子どもであるし、あの口の効き方はおじさんの方がしっくり来る。何なら何歳と聞いてもピンと来ない苧環の存在にどうにも受け入れがたいが先に来た。


「俺、あいつあんま好きじゃない」

「あー……はは、いや、分かるよ。どうにも苧環は人当たりがあまり良くなくてね。でも、苧環から後見してもらえるのはきっとこの国ではなかなか無い機会だよ。説得してみる価値は必ずある」

「えぇ……なんで?偉いから?」

「それもあるけれど、苧環は何より、苧環だからね。君と同じくミュラ様にそうあれと望まれてここに居る数少ない同士だよ。それを知れば苧環だって君に興味を持つに違いない」


明日葉があまりピンときていない様子を察したのか、藤袴はカフェまでの道中に己とそれから明日葉がどのような立場であるかを語り始める。それはこの国の成り立ちから現在の彼らの目下の課題へ至る壮大な物語だった。

曰く、このブルーベルという国は数百年前に滅びかけた人類の最後の生き残りによって建てられた国であるという。


「大昔、人間には回路がなかった。異界から来た君にはピンと来ないかもしれないね。異界にはマギが無いと聞いたことがある。回路とは花梨がさっき使ったアレを使う為の器官なんだ。他のどの種族もマギを使う回路を有していたけれど、人類にはそれが無く、故に長らく虐げられていたらしい。すくなくとも僕らの歴史ではそうなってる。そこに、君をこの世界へ連れてきた運命神ミュラが現れて、人間に回路を与えた。エルフや精霊のように強大な回路ではないけれど、探究心に溢れた人間たちは回路を得たことで試行錯誤を繰り返し、独自のマギ体系と文化を繁栄させた。その頃には世界中に人間が集落を形成し、国を持っていたなんて話も聞いたことがある。僕はブルーベルから出たことがないから本当かはわからないけどね」

「へぇ……ってことは、エルフとか妖精?精霊?とか、山狗族とか、色々な人種が世界にはいるってこと?」

「ああ。君の世界には居なかったのかな。こっちには色々いるよ。最もブルーベルで会えるのは獣人に属する人たちか、珍しくてエルフか、ハーフリングくらいかな。山の方の要塞にはドワーフもいないことも無いけれど、そういう彼らはきっともの好きなんだろう。何せ僕らは一度神に見捨てられた種族だから」


続いた藤袴の話はこうだ。繁栄を極めた人類は、ついに回路を与えた運命神への感謝を忘れ、信仰を失った。すると運命神は急速に衰え、人類を魔界から守ることができなくなった。魔界からの侵攻により、世界に魔物と呼ばれる生き物が跋扈しはじめ、弱い回路しか持たない人間は徐々に淘汰され、そうしてこの島国であるブルーベルに追いやられることになったのだという。そうして、最後に立ち上がったのが当時人類の娘であった現在の神、スターチスだった。


「スターチスは元々西の大陸出身のしがない娘だったと聞いているけれど、彼女は当時に珍しいミュラ様の敬虔な信者であったそうだよ。西の生き残りの人類を率いて海を渡り、このブルーベルへ導いたらしい。その時に同行していた騎士が苧環と言ってね、彼はブルーベルから世界に散り散りとなって迷う同族を救う旅の最中、スターチスと出会った。ああ、お察しの通り、あの苧環はその血族、騎士苧環の末裔なんだよ」

「へえ、由緒正しきお坊っちゃんなわけ?」

「言い方にトゲがあるね?まあ、実際そうだよ。騎士苧環はスターチスが神に成った後も重要な役割を担ったし、何より人類に齎した功績がどの貴族よりも多い。苧環という血筋はなるべくして大家となったと思うけれど──まあそれはそれとしてね、スターチスは神になる時に、運命神ミュラと取引をしたと言われている」

「取引?」

「自らが人類の先導者となり百年に一度、魔族と対峙し世界を守るか、回路を神へと返却し、魔界との扉を閉じる礎となるか、その判断を彼女がしたから今のブルーベルがあるんだ」

「……ってことは、えーっと……回路がないと人はその、マギ?魔法?使えないことを考えると、スターチスはその百年に一度魔族と対峙することを選んだってこと?」

「そうなるね」

「………この話なんか俺に関係あった?」

「実をいうと再来年、我々は六度目の百年に一度を経験することになるんだ」

「──ああ、そうなの……?え、じゃあ魔物が魔界から攻めてくるってこと?」

「うん、もう始まっているよ」

「マジで!?怖っ!…………いや俺それに関係あるってこと!?」

「まあ聞いて。この百年に一度の為に、ミュラとスターチスは盟約を交わし、いくつかの儀式を用意している。ひとのためにね。一人は勇者。これは百年に一度魔界から現れると言われる魔王を先んじて封じる役割を担っている。実をいうと今回はまだ帰ってきていないんだけどね。──それから、女神スターチスの器。神となり肉体を失う彼女を完全現界させるための清らかなる聖女とその祈りの歌。ああ、わかった?そう、花梨だ。それから、実際に魔界の門を開き現れる魔神を退け、聖女を守るために存在する片割れ──それが君であり、僕であり、苧環だよ」

「………んっ?」

「片割れというのは本来苧環の血筋から現れるんだ。スターチスはミュラとの盟約によって神となり、スターチスと出会い付き従った苧環は人界で人を束ねる役割と、彼女の神事をより近くで支えることを選び、そのすべてを彼女に捧げたと聞く。ミュラ様が何故今になって君を片割れとしてこの世界につれてきたかは定かじゃないけれど、察するに君が救うのは花梨の事じゃないかな?」

「え、ちょ、まって……?俺普通の人なんだけど……?いや、なんていうか、面白そうじゃんって思ったし、なんか花梨さんの特別ななにかになれんの有り体にラッキーって感じだけど、俺そもそも戦うとか無理だし、アイツ強いんだろ?なんか藤袴もめっちゃ強そうだし二人で充分感ない……?」

「うーん、事情がちょっと複雑でね。……少なくとも片割れに選ばれるのは一人だよ。女神の器が指名して、特別な儀式を受けることで片割れになるんだ」

「よ、余計わかんないけど!?なんで三人もいんの?いつもそんな感じなの?」

「少なくとも先の百年はそんなことはなかったようだよ。今期は何だかおかしくてね、言ったように勇者様も帰ってこなかったし、女神の器よりも先に産まれるはずの苧環の末裔が3年以上遅れて生まれてきているし、僕の印が出たのも後からでね。教会はそれを神に望まれ、僕も望んだからだと言ったし、たしかに僕は女神の器である花梨を守る役目になれればどれほど良いかとは思ったけれど、スターチス様がなんとおっしゃったか僕は知らないんだ。そもそも僕は苧環の血筋ではないし、君もそうだろう?」

「いや異世界から来た俺がその血筋だったらもう意味わかんねーよ!……や、待って?尚更俺、苧環にとって邪魔じゃん!どうみてもアイツ、片割れになりたいから花梨さんに纏わりついてんじゃん!」


まだまだ明確ではないものの事情の一端を知った明日葉にとって、不可解に見えた苧環のすべての行動に合点がいった。そことなく藤袴に冷たいように見えるのも、明日葉の存在を丸ごと見ないふりをするのも、花梨には非常に好意的であるのも、全てが打算的であるというそれで片がつく。それはつまり、明日葉にとって世の中で一番キライな人種ということになるが、藤袴は少々納得がいかない様子で首を傾げた。


「うーん、それはどうかなぁ……」

「どうかなって何だよ。どうみてもそうじゃん!普通あんなわざとらしく好きアピールするか!?」

「うーん……まあそうだね、多分本当に花梨の事が好きなんだと思うよ」

「えぇ?そうかぁ?」

「君がそう言ったような気がするけど」

「いやめっちゃ露骨だからなんか、ガキが近所のお姉さんに憧れてるみたいなやつなのかなって」

「っはは、確かにね。少なくとも花梨はそんな感じだよ」

「だろうなぁ、なんか反応がそんな感じだわ。でもあいつ、どうみてもそんな無邪気と反対側にいるじゃん」

「それは──そうかもしれないけれど、苧環にも年相応に可愛いところがあるんじゃないかな?」

「顔以外可愛いとこねぇよどうみても」


花梨と何やら楽しげに話していた苧環に明日葉がそう吐き捨てると、まるで何もかもお見通しだとでもいうように苧環がふっと冷めたような表情になって明日葉を一瞥した。再びすいと逸らされる視線に、明日葉はつい、ほら!と声を上げる。


「アイツ最初っから俺のこと嫌いだもん!俺も嫌いだけど!」

「あはは、聞かれていたかな。ああ見えて優しい男だよ。じきに君もわかるはずさ」



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異世界転移した俺の保護者は、国を背負う十四歳の神童でした こま @kanakoya

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