第3話 明日葉美女の前で服を脱ぐ
少年の提案に頷かなかったことによって明日葉はこの国で一二の権力を持つと言われているらしいスターチス教会本部へ送られることになった。そこでもあらゆる部署をたらい回しにされることになったので、やっぱり明日葉は嫌な気分になっていたのだが、最後に連れてこられた部屋で、今度こそ運命的と言える出会いをした。
広く豪華な室内には三人の人物がいたが、明日葉の目には一人しかうつらなかった。
たおやかな栗色の長髪、白い肌に映える不可思議な桃色の瞳、神官服らしき露出の一切ない白い服に身を包んだ娘が、明日葉ににこりと微笑みかけた。
「はじめまして来訪者様、色々と回られてお疲れでしょう。大変でしたね」
彼女こそ、この国の行く末を担う神の器、聖女花梨である。最もこの時の明日葉は勿論何も知らないから、彼女の純粋な愛らしさにただ息を飲み、何ならこの人が俺の救わなきゃいけないあの子なのではなかろうかと思いもした。
だが、彼女はそんな明日葉の心情なぞつゆ知らず、こう続けた。
「では申し訳ないのだけど、服を脱いでいただけますか?」
「……へっ?」
これがよしんば彼女のほか誰もいない部屋ならば、明日葉は喜び勇んで服を脱いだであろうが、この部屋にはまだ二人人がいた。一人は金髪の人の良さそうな青年、すらりと背が高く軽装の鎧を身にまとったその姿は某有名アニメーション会社の王子様を思わせる好青年である。もう一人は同じく金髪の、赤い目が印象的な妙齢の女性。教会での位を表しているのか真紅に金の刺繍がきらびやかなロングジャケットに細身の白いズボンを身にまとった彼女に、明日葉の脳裏には女帝という代名詞が浮かんでいる。青年は至極にこやかに、女帝は鉄壁の無表情で明日葉を見ている。
服を?なんで?この状態で?そう問いかけることは女帝の至極冷たい視線が許さなかったから、明日葉はすごすごとブレザーのボタンに手をかけた。
明日葉は凡人であるし、怠惰である。筋トレして腹筋とか割りたいなと思いながら、続いた試しがない。別段痩せているわけでも、過剰に太っているわけでもないが、決して人様に見せられる肉体は当然していないので、三人に見られている間に服を脱ぐのはなかなかの苦行であった。ブレザーを脱ぐだけでは当然許されず、すごすごとワイシャツを脱ぎ、それでも許されなくて中に来ていたTシャツを脱いだ。青年が明日葉の背後に回って小首を傾げる。美しい娘が何の疑問も持っていない様子で、下も脱いでいただけますか?と微笑んだ。スラックスを脱いだら残るは下着だけである。人様の前で脱ぐことに特別な快感を得られる人種でない明日葉は、最後の砦のパンツすら脱げと言われたらどうしたら良いのだろうかと涙目になりながらベルトに手をかけたその時だった。
「待て少年、手の甲のそれは何だ」
女帝がきれいに塗られた赤い爪で明日葉の右手の甲を指した。猫神が肉球と爪を押し当てたそこには、花に似た幾何学模様のようなものが浮かび上がっていたことを、明日葉はこの時ようやっと思い出すことになる。つまりこれが、かの感じ悪い少年が求めていた証拠であり、彼らが明日葉の服を脱がせた理由であったのだ。青年と娘は慌てて明日葉に服を着るように促し、その後懇切丁寧な謝罪までしてくれたが、その間何事か考えていた女帝がふむと長い脚を組み替えると明日葉を見てこう言った。
「少年、君は我々の神ではなく別の神に望まれてこちらへと来ているようだ。故に我がスターチス教会で面倒を見ることは叶わぬ。君にはもっと適任が居るだろう」
もっと適任がいると付け加えられることで多少緩和されているものの、これはつまり出ていけと言われたも同然である。すると、黙っていた青年が口を開いた。
「枢機卿、それではあまりにも」
「話は最後まで聞け。──少年よ、その印はこの地に今は無き運命神ミュラ様のものだ。幸い、この地に同じ印を持つ者がもう一人いる。あの男のほうがよっぽど詳しく、また君の助けにもなるだろう。……藤袴、花梨、彼を呼んで引き合わせてやれ。どうせここに呼んでも来るまいから、外が良いだろう。──だが、なにかお困りの際は尋ねてくると良い。ミュラ様の使者とあらば、私も喜んで君を迎えよう。プリムラへようこそ明日葉君」
女帝は言葉こそ淡々としているが微笑みを浮かべると何とも優しげだった。明日葉には枢機卿という言葉は聞き覚えがあってもそれが如何ほどの地位であるかは全くわからなかったし、よくよく考えれば微笑むと優しげに見える女帝に“あの男”と呼ばれる男の印象はあまり宜しくないようにも思ったが、すくなくともこのまま放り出されてもどうするべきかわからない彼にとって、彼女が表面上だけでも歓迎の意を示し、行先を示してくれたことに大きく安堵することになった。
その上、同行してくれる金髪の青年藤袴も、例の美女花梨も殊の外優しかった。この世界に来てこれほど好意的に接してくれたのはアイリスを除けば彼らのほかいなかったし、その上彼らは19歳と17歳で年も近い。明日葉は彼らとすぐに打ち解けて、彼ら曰く、この国一の強者である苧環という男を紹介してもらうことになった。何でもこの男、公爵であるというのに今はこのプリムラという要塞の騎士団を統べる騎士団長を務めているらしい。そうでありながら自らも様々な事業を展開し、この国の経済を担い、その上国王すら苧環に意見を問うほどの未来を見通す慧眼の持ち主であると聞けば、明日葉は厳格そうな壮年の男を想像し、どうにかその男に取り入って、あのいけ好かないアイツの態度に一言言ってもらおうと言う気になった。
だがどうにも、この苧環、捕まらない。
騎士団にいるかと尋ねれば、受付の美女が苧環は出ておりますと返してくる。ならば御屋敷にいるかと思えば、そこの執事長が言うに坊ちゃんの行方など私共には知りようがございませんと返ってきた。その上あとから現れた苧環の直属の部下であるという男がボスの行方を知りませんかと来て、花梨と藤袴も少々困惑した様子で首を傾げることになった。
部下の男は慌てた様子で、ほかを探してみるのでもし見つけたら本部へ帰るようによく言ってくださいと言いおくとどこかへと立ち去ってしまう。街の真ん中の広場に出た三人はそこでもその苧環とやらを探したが、そもそも明日葉はその男を知らないし、二人も苧環を見つけることができなかったようだった。
すると、藤袴が諦めたようにため息を付いた。
「また嫌になってどこかで昼寝でもしてるんだろう。花梨、呼び出してくれないか?君が呼ぶならきっと来るよ」
藤袴の言葉に花梨がにこりとして頷く。なんだ呼べるのか、なら最初からそうすればいいのに、いや公爵様をおいそれと呼び出すことなど彼らにとって恐れ多いのか、そもそも花梨が呼んだらきっと来るとはどういうことか、と疑問が次々と湧く中、花梨は明日葉の想像しないような形で苧環と連絡を取り、そうしてすぐ来てくれるらしいわ、と微笑んだ。
それは、恐らく魔法だった。取り出された紙の束に文字を書きつけるまでは分かる。それを丁寧に畳むのもわかる。けれどそれを両手で握り込んで祈ると淡い光を放って手の中から紙が消え去るのは、最早魔法でしかありえない現象であるし、その後彼女が手に取った紙の束にひとりでに文字が浮かび上がったのも、心霊現象か魔法でしかありえない話だった。明日葉は勝手にこの世界に魔法がないことに絶望していたので、この発見には思わず息を飲み、場違いにも心を踊らせたわけだが、ここでまた、予想外の現象が起きる。
広場にいる老若男女が空を見上げている。頭上に影が差し、身の毛もよだつような咆哮が聞こえて、明日葉は思わず上空を見上げた。
そこには、竜がいた。青緑の鱗を持つ巨大なドラゴンが恐るべきスピードではるか頭上を通過していく。驚愕と恐怖と興奮が一挙に押し寄せて、明日葉はただぽかんと口を開けるしか無かった。隣で藤袴があきれたような苦笑を浮かべている。
「なるほど、どこにもいないわけだ」
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