第2話 明日葉異界に立ち逮捕される
かくして、明日葉は確かに異界の地を踏んだ。神に選ばれてそうなったのであるならば当然、己は特別な何かになっているのだろうと考えたがそんなことはなかった。
明日葉は元いた世界と同様、取るに足りない何かのままだった。まずそも、異界から来たという妄言なぞ殆どの者が相手にしない。本来ならば、時間帯さえ間違わねばどこへいても大抵奇異の目で見られることのない制服姿だというだけで、右も左もわからない洞窟の中で剣を向けられ慌てて逃走することになったし、その後、剣を向けてきた彼らの格好から察するにここは王道ファンタジー的な世界かと勝手に納得して魔法なんかが使えるのかと試行錯誤してみたが成果は得られなかった。虚空に意気揚々とステータス!と呼ばい、それでもダメならばスキルツリー!と叫んで見たが、わんわんと声が反響するだけで、明日葉はやはり、何もできないただの明日葉であることだけが確かだった。
それでも、いくつかの幸運に恵まれた。まず、たいそう美人な獣人の娘とお近付きになった。山狗族のアイリスと名乗った彼女は見たところ年も近く、豊満な肉体美を惜しげもなく晒した鎧姿の銀鼠色の髪をした乙女で、何より明日葉の話に親身になって耳を傾け、そうして信じた。実際のところ、彼女はどうやら不法入国の家出娘であり、自覚なき法律違反の役満を犯した大罪人ではあったが、何も知らない明日葉は、無闇に剣を向けてくることもなく、自分の話を信じ、かつ不安ならば用心棒は任せろと拳を握って答えてくれた彼女としばし行動を共にすることになった。
明日葉は尋ねた。ここはどんな世界なのかと。アイリスは小さく首を傾げてこう言った。
「わからない。アイリスはそれを探しに来た。故郷ではよくわからなかったからここに来て、だから明日葉、アイリスもそれを知りたいのだ。一緒に探すか?」
クラスの女子や姉と違う、率直な提案に明日葉は頷いて、それから色々な話をした。ここは迷宮であるらしいこと、彼女は森深い谷間からやってきて、様々な疑問を抱え、そして世界を見て回りたいと。彼女は明日葉のいた世界にも興味を持ち、少しばかりそれを話せば、何にでも驚いて他には?他には?と尋ねてきて大変愛嬌があるから、明日葉はすぐにアイリスを気に入った。けれど、彼女は大罪人である。
そうなれば当然、明日葉は彼女が自覚無く犯した数多の罪の共犯としてしょっぴかれるのが自明の理であった。これは全く、微塵も、幸運とは言えなかった。ただでさえ右も左もわからないのだから、尋問を受けたところで何?何の話?である。
結果、明日葉は連れてこられたプリムラ騎士団本部の一室でとんちんかんな返答を繰り返し、多少偉いであろう大人は激昂した。けれども彼の怒りに触れたところで、また出会いがあった。
埒が明かない尋問の末、大人は一人の人物を連れてきた。どうみても年端のいかぬ子供、まだ十になったかそこらの美少年である。
美少年は狭い騎士団本部の部屋で縮こまっている明日葉を上から下まで眺めると、彼にとっては遥か頭上にあるであろう男を見上げてこういった。
「見たところただの子供だが、話ができないという年でもあるまい。貴公、この男から何の事情も問えなかったとは一体どういう了見だね?私はただ、事情を伺い給えと申し上げたのみで、尋問せよとは申し上げていないのだ。彼には今のところ、特段嫌疑はかかっていなかろう?言語が理解できないのはどちらか甚だ疑問だが、まあもう良い。時間の無駄だ。………もう良いと言う言語の、暗喩された意味すら貴公にはご説明せねばならないかね?出ていけと申し上げている。お分かりだね?出て行きたまえ」
見るからに慇懃無礼な少年は、けれども男の上役であるらしくあっという間に男を部屋から追い出してしまった。そうして、今度はこの少年が明日葉の事情を聞いてくれると言う。
明日葉はどうにも、この誰に対しても上から目線ででていく様子のある少年が好きになれなかったが、背に腹はかえられないのでここまで来た事情を一生懸命に話した。少年は粗末な木の椅子に腰掛け、テーブルに片肘をかけて、けれども意外なことに、最後まで明日葉の話に口を挟むこと無く聞いていた。ただ、一度も相槌の類が打たれることは無く、だから明日葉は自信がなくなって話の最後は尻窄みになったのだが、場に沈黙が落ちると、少年は一度小さく頷き、その印象的な青い目で明日葉をまっすぐに見つめてこう言った。
「なるほど話は理解した。それで証拠はお有りか?」
「し、証拠?……え、えっと、この服!服!見たこと無いだろ!」
「いささか弱い。確かに縫製も質もよろしいようだが、それが異界のものであるか対岸のものであるかどうかは調べねば判断がつかない。他には?」
「えっと……すまほ──は、無いし……いや俺本当に──」
本当に異界から来たのだ、そう明日葉が訴えると、少年はまたもっともらしく頷いた。
「ああ、そうだろうとも。そんな与太話、理性ある人間ならば真実でもなければ恥ずかしげもなく語れまい」
この発言で、明日葉はこの少年の事が“あんまり好きじゃない”から“嫌い”にランクダウンした。少年はといえば、黙って聞いていた割に興味がなさそうな様子で、いいかね、と言い募った。
「問題であるのは君が“神に望まれて”この地へ来た。とおっしゃったところだ。これを聞いてしまったが最後、君がその証拠を提示してくださらないと、我々としては君を解放することができなくなってしまった。これで大した証拠もなしに、君を無罪放免にしてみろ。裏はとったのか?どの神に望まれたのか確認しなかったのか?神の名を騙った大罪人をみすみす逃がしたのか、証拠もないのに信じたのかと大問題になるわけだ。面倒な世の中だろう?君は真実を語っているというのに、大衆はそれを許さないのだよ。────そんなことは君もお望みじゃなかろう?君はこの尋問から早く解放されたい。私は早くランチへ行きたい。今日は朝食も食べそこねたんだ。ともかく我々の目的は一致している。そこで──君、気付いたらこの世界にいた。前後のことは何も覚えていないといい給え」
「えっ……でもそれだと嘘──」
「嘘も方便だよ、ともかく面倒なあれこれを押しつけられるのは御免被る。ただでさえあの物を知らぬ山狗娘が暴れて面倒この上ないのに来訪者の面倒なんざ私の仕事じゃないんだ。いいかね?君は何にも覚えていないのだ。そこに物を知らない山狗の娘が通りがかったからついていった。これで良い。これなら左様で大変お困りだろうで君を解放できる。おや、利害が一致したな?ではそういうことで。さあ、事情を聞こうか?」
「いやだから、なんか神様が俺を──」
「君、さては頭が宜しくないな?」
心底驚いた様子でそうのたまう少年に、明日葉の中の評価が、ついに“顔も見たくない”にランクダウンした。ついでに、“生意気”“なんかムカつく”が付随してくる。とにかくこいつとは一生わかり会えないと思ったところで、少年は大仰なため息を付き、デスクに頬杖をついて見せる。
「異界から来た君にはわからなかろうが、この世で神に望まれたというのはある種大変な価値がある事象なのだよ。故に騙りが多く、故にその騙りへの糾弾もまた強い。君も要らぬ不安を抱えたくはあるまい。君にとってもこれは利のある話なのだよ。いいかね?信じていないとは申し上げていないのだ。君の話は一から十まで理解したうえで、不都合な事実は語らずとも宜しいということを申し上げている。先のことが不安であるならば、まあ教会でも尋ね給えよ。あそこは何だか知らないが金も余っているし大変親切らしいから、そちらで事情でも伺ってもらえば宜しいだろう」
「…………なに、それって騎士団は困ってる人助けないってこと?」
「我々の業務は市民と領土の安全と治安維持にあって、身を立てられぬ者を利益無く救う慈善事業は行っていない。君、税金払ってないだろう?」
「さっきここ来たんだから当然だろ!?そもそも俺何の犯罪も犯してないのに尋問受けてんのおかしいじゃん!」
「君もわからない男だな、先ほどの男に散々言われてないか?君が居たのは立ち入りを禁じられた迷宮であり、立ち入りを禁じられた場所にいたのならばそれは当然罪に問われるのだよ」
「だから!俺が望んでそこにいたと思ってんの!?目が覚めたらそこにいたの!!なんで俺がわざわざ嘘つかなきゃなんないわけ!?それお前の都合じゃん!!」
「…………はぁ……よかろう、ではそういうことで」
「は!?何が!?」
「君、神の名を覚えていらっしゃらないのだろう?もう面倒だから他所に調査を願うことにする。こんなことは私の仕事じゃないんだ。えー……では所見見当たらず、心神喪失の疑いありということで……」
「俺のこと頭おかしい人あつかいすんのやめろよ!」
「いちいち騒がないでいただけるか?調査用の慣用句だよ。ただでさえややこしいのにこれ以上面倒事が増えたらたまったものじゃない。いいかね、君をこれから教会へ送るから、また同じ話でもしたまえ。そうしたら教会がいいようにしてくださるだろうからそこで支援でも受けて何にでもなったら宜しい。間違っても反抗的になるなよ。帰ってこられても、次に君を入れるのは拘置所になるのでね」
「だから俺!犯罪とかしてないから!」
結局最初から最後まで名乗らなかったこの生意気な少年とは、遠くない未来に再会することになるし、実際これは明日葉にとってみれば幸運な出会いと言えたのだが、すくなくとも当時の明日葉にとってみれば、言われもない罪を被せられた最悪な出来事にほかならなかった。
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