世界に勇者はもう要らない
社会の猫
第1話
勇者が魔王を倒した。
かくして、世界は救われた。
「うおお!!勇者様!!」
「キャー!こっち向いてー!」
王都。
馬車に乗った僕たち勇者一行のパレードに人々が群がっている。
「あはは。すごい人だかりだなぁ……」
僕は手を振りながら苦笑いをした。
「当然でしょ。あたしたちは世界を救ったの。もっと賛美されてもいいぐらいだわ」
魔法使いは口ではそう言いつつも、顔が少しにやけている。
「皆が我の筋肉を崇めている……素晴らしい世界だ……」
剣士が目から涙をこぼす。
「ひ、ひぃ……人が、いっぱい……」
聖女が床に丸まる。
「…………終わったんだね」
民衆を見て、僕が思わず言葉をこぼした。
全員が笑顔で、平和な世界だ。
「そうだわね」
「そうだな」
「そ、そうですね」
僕の顔が自然と笑顔になっていく。
この笑顔守れて、よかった。
「みんなはこれからどうするの?」
僕がみんなに問いかける。
「私は故郷に帰ってゆっくり過ごすわ」
「我は王国騎士団から誘いを受けていてな!剣を振るう毎日を送るぞ!」
魔法使いと剣士が答える。
「聖女は?」
「私?私ですか……私は特には……教会の言う通りにします」
「はぁ!?あんた世界を救ってまだそんなこと言ってんの!?バッカみたい!!」
「ひ、ひぃ……」
魔法使いの叱咤に聖女がおびえる。
「まぁいいじゃないか。結局、みんながみんな自分の道を選ぶことになりそうだね」
僕はみんなの顔を見る。
「みんな、今までありがとう!」
そして僕たちは、各々の人生を歩み始めた。
一年後。
僕は王都周辺で魔族を狩る仕事をしていた。
魔族は魔王が生み出した存在だ。
魔族の数はどんどん減っていき、一年も経てばついに周辺の魔族はほとんど全員狩られていた。
「お疲れ様です、勇者様」
王都周辺の見回りが終わり、裏門から帰宅した僕に聖女が駆け寄ってくる。
「わざわざ待っててくれなくていいのに……」
僕が少し困り顔で言う。
聖女は”自分の仕事が終わったから”といつも裏門で見回りに行っている僕を待ってくれているのだ。
「私が待ちたいから良いんですよー」
聖女が笑顔で僕に水を渡す。
「ありがとう」
僕は水を受け取り、飲み干した。
そして躊躇いつつも口を開く。
「……平和なこの王都に、僕はもう必要ない」
本当だ。この周辺に魔族はいない。
僕は、この王都に居る理由がない。
「だから、僕は旅に出ようと思う」
「僕と一緒に、この世界を見てみないか?」
僕が聖女の目を見て言った。
「……ごめんなさい。私には、聖女としての仕事があるので」
聖女が目を伏せる。
そうか、まぁ……そう、だよね。
……じゃあ、仕方がないか。
「ごめん。今までありがとう。それじゃあ……」
「はい。お元気で」
聖女が僕に手を振る。
……振られちゃったな。
そして僕は、一人王都を出た。
十年後。
僕はずっと魔族を倒しながら旅をしていた。
でも、この旅はただ魔族を倒すだけの旅じゃない。平和になった世界を自分の目で見たくなったのだ。
いろんな村や町をめぐり、平和で笑顔の絶えない人々を見守る。
それだけで、僕の何かが満たされていくのが分かった。
旅をするとき、正体がばれたら色々と面倒なので、僕は日常的にローブを深くかぶることにしている。
けど、これはもう必要なさそうだ。
数年前まではローブをかぶっていても正体がばれて人がたくさん集まってきたというのに、今となっては誰にもバレない。
そんな日々を送っていたある日、僕が泊まっていた小さな村で”魔族と思しき者が出現した”との話があった。
僕は情報提供者がいるという村長さんの家のドアを叩く。
「ようこそお越しくださいました。勇者様」
村長さんがドアを開いた。
「こんにちは」
僕が笑顔で挨拶をする。
そして、村長さんの家に上がった。
家の真ん中の机には一人の女性がいて、僕を見るなり駆け寄ってくる。
「こんにちは勇者様。私が魔族を見つけたレファーと申します。えっと、申し訳ないのですが、その……握手をしてもらっても……」
「えぇ。良いですよ」
僕が左手を差し出した。
「ありがとうございます」
レファーが僕の手を握る。
「それで、魔族なんですけど…………」
そして、すぐに魔族の目撃情報の話へ移った。
近くの森に薬草を採取しに行っていた際、草木をかき分ける音が聞こえたので見に行ったところ、黒く、頭から角を生やした生物が居たそうだ。
なるほど、十中八九魔族だろうな。
「私、必死に逃げて逃げ切れたんですけど、もしこの村の場所がばれちゃったらと思うと……」
レファーが心配そうな顔で言う。
「僕に任せてください。すぐに魔族を退治しますので」
僕が安心させようと朗らかに笑った。
「お願いします……」
そして僕は村長さんの家を出た。
二日後、魔族の討伐が終わった。
あまり強い魔族ではなかったが、”平和になった”とのことで村では祝勝会が行われた。
ああいう魔族は十年前の森ならどこにでもいたレベルである。
世界は随分平和になったようだった。
「いやぁ、すごいですなぁ勇者様は」
村長さんが僕のグラスに酒を注ぐ。
「いえいえ、そんなことないですよ」
本当に、そんなことはない。
体が疲れやすくなってきて、探索に二日もかかってしまった。
僕は随分弱くなってしまったようである。
酒を一口だけ飲む。
炭酸が喉を焼いた。
……少し、年を取ったな。
昔は、みんなでよく酒を飲んだものだ。
…………あの頃は騒がしかったなぁ。
魔法使いと剣士が毎日のように喧嘩していて、僕と聖女でそれを止めてて……
…………。
今は、少し寂しいかな。
三十年後。
剣士が死んだらしい。
魔族との戦いの最中、命を落としたそうだ。
生涯現役ってやつかな。彼の性格を考えると一番幸せな死に方だったのだろう。
僕は久々に王都の正門をくぐる。
ここに来るのは何年ぶりだろうか。
もう、誰も僕に歓声を上げようとしない。
誰も僕には気付かない。
「おっ、勇者。久しぶりだな」
「勇者様、お久しぶりです」
魔法使いと聖女が剣士が眠っているであろう聖堂の前で待っていた。
「二人とも、久しぶり」
僕が挨拶を返す。
「ほんとにそうね……ていうか、予想通りすぎ。やっぱりあのバカが最初に死ぬんだ」
魔法使いがため息をつく。
そして、魔法使いが聖堂のドアを開けた。
中にいる人たちは全員僕たちと同じよう年齢か年上の人しかいない。
そりゃそうか。三十年以内に生まれた若者が僕たちを知っているわけがない。
僕は剣士の前まで行き、その手を握った。
何十年もただひたすら剣を握っていた手。
「おやすみなさい」
きっと彼は、最後まで彼らしく生きたのだろう。
僕は腰に携えた聖剣を握る。
僕には剣士が少し、羨ましく思えた。
四十年後。
狭い部屋で、僕は一人で寝ころんでいた。
体を動かす力はもうない。
お腹が空いた。
けど、食料を買いに行く元気はない。
聖女や魔法使いは今、何をしているのだろう。
……あぁ。
僕は死ぬんだろうな。
…………。
悔しい。
あれだけ頑張ったのに、あれだけみんなから好かれていたのに。
死ぬときは一人だなんて。
悔しい。
こんなことになるんなら、もっと皆との時間を大切にすればよかった。
もう僕は誰にも必要とされていない。
聖剣はとっくの昔に輝きを失っていた。
一人ぼっちだ。
僕は、僕は……
……もう、死んでもいいか。
チュンチュン
おはよー。
調子はどう?
あれしないとかー。めんどくせ
明日はあれがあって、明後日は……
あははは!
…………。
世界は、今日も平和である。
そこに、勇者の居場所はもうなかった。
世界に勇者はもう要らない 社会の猫 @yauhshs
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