第6話(前編) 盲目のシェフは、時速200キロで逃走する。

「待てェェェェッ! 源三ォォォォッ!!」


「フハハハハ! 追いつけるものなら追いついてみよ! この『スーパー・スシ・ターボ号』にな!」


夜明け前の首都高速道路。 俺たちの乗るリムジンは、前方を走る奇妙な車を猛追していた。


それは、巨大なマグロのオブジェを屋根に乗せた、改造キッチンカーだった。 しかも、マフラーからは火を噴いている。


「なんなんだよあの車! 屋台のくせに速すぎるだろ!」


俺は窓から身を乗り出し、風圧と戦いながら叫んだ。 時速180キロ。 屋台がフェラーリ並みのスピードで爆走している光景は、もはや悪夢だ。


「当たり前ですわカケル! あれは西園寺重工が開発した、戦場でも寿司が握れる『全地形対応型・装甲キッチンカー』ですもの!」


「なんでそんなもん作ったんだよ! 需要どこにあるんだ!」


隣でアリスが優雅に(しかし必死に手すりを掴みながら)解説する。


「セバスチャン! 逃がしてはなりませんわ! あのキッチンカーには、お父様の秘密マイクロチップが載っています!」


「御意。ブースト点火」


運転席のセバスチャンが、シフトレバーの横にある『イクラ型のボタン』を押した。


ズドォォォォォン!!


リムジンがロケットのように加速する。 強烈なGがかかり、俺は座席にめり込んだ。


「ぐべらっ!?」


「きゃあっ!?」


またしてもアリスが俺の上に飛んでくる。 もはや様式美だ。だが今はそれを楽しんでいる余裕はない。


「くそっ、源三の野郎……! まんまと一杯食わせやがって!」


俺は歯ぎしりした。 ついさっきまでの「闇鍋パーティー」。 あれは全て、俺たちを厨房に釘付けにするための罠だったのだ。


「カケル君、気づいたかい?」


向かいの席で、兄のサーモンがバナナ(追走前にコンビニで追加購入)を食べながら言った。


「あの鍋の具材……タピオカがドロドロに溶けていただろ?」


「え? ああ」


「あれは『煮込みすぎ』の証拠だ。つまり、源三は僕らが席に着く1時間も前から鍋を火にかけ……自分はこっそり地下へ向かっていたんだよ」


「じゃあ、厨房にいた源三は?」


「あれはただの『ホログラム映像』と『録音音声』さ」


サーモンがニヤリと笑う。


「『うむ』『調理だ』『マグロだ』……。彼のセリフ、よく思い返してみなよ。定型文しか喋ってなかっただろ?」


「……ああっ!?」


俺は記憶を巻き戻した。 確かに。 俺たちが何をツッコんでも、源三の返答はのれんに腕押しだった。 あれは会話が噛み合っていなかったんじゃない。 最初から『会話機能のないbot』と喋っていたんだ!


「やられた! 俺たちは一時間も、ホログラム相手にハバネロこんにゃくを食わされていたのか!」


「悔しいですわ……! 私の舌も、まだ未熟ということですわね!」


「舌の問題じゃねえよ!」


その時、前方のキッチンカーからハッチが開いた。


「しつこい客だ……。これでも食らえ!」


源三(本物)が顔を出し、何かを投げつけた。 それは無数の黒い円盤だった。


「地雷か!?」


「いいえ! あれは『特製・鉄火巻き(鉄アレイ入り)』ですわ!」


「硬すぎるわ!!」


ガギンッ! ガギンッ!


鉄火巻きがフロントガラスに直撃する。 防弾ガラスにヒビが入るほどの威力だ。 食べ物を粗末にするな、というレベルを超えて、もはや兵器である。


「反撃しますわよ! ポーラ、やんなさい!」


「うむ! 任せろ!」


アリスの号令で、サンルーフからポーラが飛び出した。 彼女は風圧をものともせず、屋根の上に仁王立ちする。


「食らえ! 『くまさん流・鮭手裏剣』!」


ポーラが懐から取り出したのは、乾燥させた鮭の皮を星型にカットした、謎の手裏剣だった。


シュパパパパッ!


「ぬぅっ!?」


源三が包丁でそれを弾き落とす。


「甘いな小娘! そんな子供騙しで、この『心眼』は破れぬ!」


「くっ、さすが料理長! 鮭の扱いに慣れている!」


ポーラが悔しげに唸る。


「兄様! 何か発明品はないのですか!?」


アリスがサーモンに振る。 サーモンは「あるよ〜」と軽い調子で、足元のバッグを漁った。


「えーっと……『自動バナナ皮むき機』……『空飛ぶトースター』……あ、これだ」


彼が取り出したのは、バズーカ砲のような巨大な筒だった。


「名付けて『スーパー・ワサビ・キャノン』! 圧縮した粉わさびを噴射し、相手の視界と鼻腔を破壊する非人道兵器さ!」


「なんでそんなもん持ってるんだよ!」


「実験用だよ。カケル君、撃ってみて」


「俺かよ!」


俺はワサビ・キャノンを受け取った。 ずしりと重い。そして微かにツンとする危険な香りが漂っている。


「いいか、外すなよ俺! これで源三を泣かせてやる!」


俺はサンルーフから身を乗り出し、照準をキッチンカーに合わせた。 距離、30メートル。 相手は蛇行しているが、直線の今なら当たる!


「食らえェェェッ! 涙の味を知りやがれェェッ!」


ドシュゥゥゥゥンッ!!


緑色の粉塵が爆発的に噴射された。 ワサビの雲がキッチンカーを包み込む。


「グオォォォッ!? 目が、目がァァァッ!」


源三の悲鳴が聞こえた。 やったか!?


煙が晴れる。 そこには、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらも、必死にハンドルを握る源三の姿があった。


「おのれェェェッ! 拙者は魚恐怖症ゆえ、常にゴーグルを装備しているのだ! 目にワサビは効かぬ!」


「効いてんじゃねーか! 泣いてるぞ!」


「これは感動の涙だ! 貴様らの成長にな!」


「嘘つけ!」


源三は充血した目でこちらを睨み、不敵に笑った。


「だが、遊びは終わりだ。……見せてやろう。このキッチンカーの『真の姿』を!」


源三が運転席の赤いレバーを引いた。


ガシャン! ウィーン……!


キッチンカーの側面が展開し、中から巨大なアームが出現した。 その先端には、回転する巨大なピザカッター……いや、『回転ノコギリ』が装着されている。


「調理モード・解体ッ!!」


「うわああああっ! 殺る気満々だ!」


「まずいですわセバスチャン! あのノコギリでタイヤを切られたら終わりです!」


「回避します」


セバスチャンがハンドルを切る。 リムジンが大きく傾く。 そのスレスレを、回転ノコギリが通り過ぎていく。 火花が散り、ドアミラーが切断されて吹き飛んだ。


「ひいいいッ! 俺の借金より怖い!」


「カケル! 泣き言を言ってる場合じゃありません!」


アリスが俺の胸ぐらを掴んだ。


「あのアームを何とかしないと、近づけませんわ! 貴方の空手で破壊なさい!」


「無茶言うな! 生身だぞ!?」


「大丈夫です。貴方は『ゴキブリ並み』の頑丈さですもの。信じていますわ♡」


「そのハートマークに騙されねぇぞ!」


だが、やるしかない。 このままじゃジリ貧だ。 俺は覚悟を決めた。


「ポーラ! 援護しろ!」


「うむ! 任せろ!」


俺はサンルーフの縁に足をかけ、身を乗り出した。 時速200キロの風が全身を叩く。 死ぬ。普通なら死ぬ。 だが、俺には1400万の借金という、死神すらドン引きする重荷がある。こんなところで死んでたまるか!


「源三ァァァッ! そのノコギリ、へし折ってやる!!」


俺は走るリムジンの屋根へと飛び乗った。 目指すは敵のアーム。 正気の沙汰じゃない空中戦が始まろうとしていた。

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