第5話(後編) 帰ってきた放蕩息子は、鮭とバナナの二刀流。

「重いィィィィッ! なんで俺が30キロの金塊を持って全力疾走してるんだァァァッ!」


「トレーニングだよカケル君! 『負荷』こそが筋肉への最高のスパイスさ!」


「スパイスいらねぇ! 甘口でいいんだよ人生は!」


俺たちは西園寺家の地下へと続く螺旋階段を駆け下りていた。 先頭は、バナナの皮をひらひらさせた兄・サーモン。 続いて、スカートをたくし上げて走るアリス。 そして、未だに着ぐるみの下半身だけ履いた状態のポーラ。 最後尾が、時価3億円の『黄金の鮭』を抱えた俺だ。


「急いで! 爆発まであと5分ですわよ!」


アリスが叫ぶ。 AIの無機質なカウントダウンが、不気味に響き渡る。


『残り、4分59秒。システム完全消去まで……』


「大丈夫だってアリス。この地下通路のセキュリティシステムは、3年前に僕が設計したんだ」


サーモンは走りながら、余裕の笑みでウインクした。


「僕の『網膜』と『指紋』があれば、すべての罠は無効化できる。いわば、ここは僕の庭みたいなも――」


サーモンが通路の曲がり角にある、巨大な鉄扉の前に立った。 そして、自信満々にサイドパネルに手をかざす。


「――開け、ゴマ!」


『ピピッ。認証エラー。侵入者と認定しました』


「あれ?」


『排除モード、起動。レベル5:殲滅せんめつ


「「「「はあぁぁぁぁぁッ!?」」」」


「兄様ァァァァッ! どういうことですの!?」


「あ、ごめん。家出する時に『僕のデータを消去しないと屋敷中の鮭画像をネットにばら撒くぞ』って父さんを脅したの忘れてた。多分、ブラックリストに入ってるわ」


「自業自得だろォォォッ!!」


ズゴゴゴゴゴゴ……!


通路の天井が開き、無数の銃口のようなものが現れた。


「伏せろォォォッ!」


俺が叫ぶと同時に、銃口から何かが発射された。


バシュッ! バシュッ! バシュッ!


「弾丸!? いや、これは……!」


俺の頬をかすめ、壁に突き刺さったのは――冷凍された『シャケの切り身』だった。


「シャケだ! 冷凍シャケがマッハで飛んできた!」


「『フローズン・サーモン・ガトリング』だね。僕の自信作さ」


「自信持たなくていいよ! 食材で遊ぶな!」


俺は『黄金の鮭』を盾にして、雨のように降り注ぐ切り身を防いだ。 カンッ! カンカンッ! 小気味良い金属音が響く。3億円の盾、性能良すぎだろ。


「くっ、このままじゃハチのあるいはサーモンムニエルになるぞ!」


ポーラが叫ぶ。


「任せろ! 私がおとりになる!」


「おお、さすがテロリスト!」


ポーラは着ぐるみの下半身を脱ぎ捨て、黒いボディスーツ姿で飛び出した。 その動きはしなやかで、獣のように素早い。


「ふんっ! はぁっ!」


彼女は飛来する切り身を空中でキャッチし、それを投げ返して銃口を破壊していく。


「すごい……! あの子、切り身掴みの達人か?」


「カケル、感心してる場合じゃありません! 今のうちに奥へ!」


俺たちはポーラの奮闘を背に、開いた扉の奥へと滑り込んだ。


   ◇


たどり着いたのは、体育館ほどもある広大な空間だった。 壁一面に埋め尽くされた棚。 そこには、世界中から集められた「鮭の缶詰」が、数万個レベルで並んでいた。


「うわぁ……。相変わらず狂気じみてるね、父さんのコレクションは」


サーモンが感心したように見渡す。 部屋の中央には、巨大なサーバーコンピューターが鎮座しており、そのモニターには赤い数字が表示されていた。


『01:30』


「あと1分半! 急いで解除を!」


アリスがキーボードに向かう。 だが、画面には『PASSWORD REQUIRED』の文字。


「パスワード!? お父様の趣味なら……『SALMON』?」


『ブブーッ(不正解)』


「じゃあ『IKURA』?」


『ブブーッ』


「くそっ、弾かれる! 兄様、心当たりは!?」


サーモンはバナナの皮をゴミ箱(センサー式)に捨てながら、首をかしげた。


「うーん。父さんのことだから、僕たちが絶対に思いつかない言葉にしてるはずだよ。例えば『MAMACHANI_KAERITAI(ママチャリで帰りたい)』とか」


「そんな庶民的な願望あるわけないだろ!」


『残り、1分』


焦る。 脇の下を冷や汗が流れる。 このままじゃ、3億円の金塊と数万個の缶詰と共に、俺の人生もエンドロールだ。


「おい、これを見ろ!」


ポーラが叫んだ。 いつの間にか追いついてきた彼女が、サーバーの裏側を指差している。


そこには、配線コードが何者かによって切断され、さらに一枚のメモが貼り付けられていた。


『 PASS: 私の一番愛するもの 』


「なぞなぞかよ!」


「一番愛するもの……。決まっていますわ、アリスです!」


アリスが自信満々に『ALICE』と入力する。


『ブブーッ(不正解)』


「……即答で否定されましたわ。遺産相続を放棄します」


アリスが膝から崩れ落ちた。


「じゃあ『MONEY(金)』か?」


俺が入力する。


『ブブーッ』


「『POWER(権力)』?」


『ブブーッ』


「『FRIED_CHICKEN(唐揚げ)』?」


『ブブーッ』


「万策尽きたァァァッ!」


『残り、30秒』


その時、サーモンがふと呟いた。


「ねえ。父さんが一番愛してるのって、本当に『モノ』なのかな?」


「え?」


「父さんはいつだって、過去を懐かしんでいた。母さんが生きていた頃の、貧しくても幸せだった食卓を」


サーモンはキーボードの前に立ち、静かに指を走らせた。 入力された文字は――


『 ONIGIRI(おにぎり) 』


エンターキーが押される。


……シーン。


一瞬の静寂。 そして。


『ピロリン♪ 解除成功。爆破シークエンス、停止』


「「「「止まったァァァァッ!!」」」」


俺たちはへなへなと床に座り込んだ。


「おにぎり……? なんで?」


「母さんが毎朝握ってくれた、鮭のおにぎりさ。父さん、酔っ払うといつも『あれに勝るご馳走はない』って泣いてたからね」


サーモンが少し寂しげに笑う。


「なんだよ……。いい話じゃねーか」


俺は目頭が熱くなった。 剛三お父様、あんた意外とロマンチストだったんだな。


「……感動しているところ悪いのですが」


アリスがサーバーの裏側から何かを拾い上げた。


「これ、見てくださいます?」


それは、コードを切断するに遣われたと思われる、小型のニッパーだった。 そして、その持ち手には、見覚えのあるシールが貼られていた。


『 備品:西園寺家庭師用 』


「……庭師用?」


俺たちの脳裏に、あの男の顔が浮かんだ。 穴掘りマニアの庭師、土門どもん


「まさか……土門が?」


「いいえ。土門はずっと穴を掘っていたはずです。それに、彼は機械音痴で、サーバーの配線なんて切れませんわ」


「じゃあ、誰がこれを?」


サーモンがニッパーを受け取り、匂いを嗅いだ。


「……ふむ。微かに『お酢』の匂いがするね」


「お酢?」


「それと……『ワサビ』の香りも」


お酢とワサビ。 そして刃物。


「……まさか」


俺たちは顔を見合わせた。 この屋敷で、その匂いを常にまとっている人物は一人しかいない。


「料理長……板前源三!?」


「でも、源三は今、上で鍋を作っていたはずですわ!」


「映像のトリックか、あるいは……」


その時、俺のポケットに入れていたスマホが震えた。 通知画面には、留守番をしていたはずの源三からのメッセージが表示されていた。


『若旦那。申し訳ねぇ。  マグロの解体が終わったんで、ちょっと旅に出やす。  探さないでくだせぇ』


添付された写真には、目隠しを外し、不敵な笑みを浮かべる源三の姿が。 そして彼の手には――


本物のダイヤモンドのような輝きを放つ、『マイクロチップ入りの目玉』が握られていた。


「「「「源三ォォォォォォッ!!」」」」


俺たちの絶叫が、缶詰だらけの地下室にこだました。


盲目の料理人。 魚恐怖症の男。 それはすべて、俺たちを欺くための演技だったのか?


「追うぞ! あいつはまだ遠くには行ってないはずだ!」


俺は『黄金の鮭(30キロ)』を担ぎ直し、出口へと走った。 爆発は止まった。 だが、事件はまだ終わっていなかった。 むしろ、ここからが本当の「鬼ごっこ」の始まりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る