借金1400万の俺、マグロ漁船に乗る直前に『サーモン狂いの天才令嬢』に拾われました。 〜ミステリーは彼女が解く。俺は物理で死なないように頑張る〜
第5話(前編) 帰ってきた放蕩息子は、鮭とバナナの二刀流。
第5話(前編) 帰ってきた放蕩息子は、鮭とバナナの二刀流。
『ピンポーン』
深夜の屋敷に、二度目のチャイムが鳴り響いた。 それは、あまりにも日常的で、それでいて異常な音だった。
(……泥棒が、正面玄関からチャイムを鳴らして来るか? 普通)
俺はモニターに映る「犯人(兄)」を見つめながら、常識の崩壊を感じていた。 深夜3時。 コンビニ袋を提げ、片手にはバナナ、もう片手には「黄金の鮭」を抱えた男が、笑顔でピースをしているのだ。
「……開けますわよ」
アリスが重々しく立ち上がった。 その表情は、凶悪犯と対峙する刑事のように険しい。
「カケル、ポーラ。警戒なさい。兄様は……『歩く災害』ですわ」
「災害? ただの軽そうな兄ちゃんに見えるけど……」
「見た目に騙されてはいけません。あいつは、呼吸をするようにトラブルを起こし、瞬きをする間に他人を巻き込む天才です」
(どんな能力だよ!)
俺たちは臨戦態勢(俺は空手の構え、ポーラは箸を構え、アリスは扇子を構え)で、玄関へと向かった。
◇
ガチャリ。
重厚な玄関扉を開ける。 冷たい夜風と共に、甘ったるいバナナの香りが漂ってきた。
「やあ、アリス! 3年ぶりだね〜! 元気してた?」
そこにいたのは、映像通りの男だった。 ボサボサの黒髪。 無精髭。 そして『NO SALMON, NO LIFE』というダサいパーカー。
「……おかえりなさいませ、兄様」
アリスが氷点下の声で応じる。
「あら、随分とやつれましたわね。世界中を放浪して、少しは常識を学んできましたの?」
「まさか! 僕が学んだのは『世界の鮭料理ベスト100』と『野宿で蚊に刺されないコツ』だけさ!」
サーモンは爽やかに笑い飛ばすと、ズカズカと屋敷に入ってきた。 そして、俺の目の前でピタリと足を止めた。
「おや? 見ない顔だね」
「あ、どうも。今日からここで働いている赤城カケルです」
俺が頭を下げると、サーモンはまじまじと俺の顔を覗き込んできた。 その瞳。 一見すると眠そうな半眼だが、奥底にゾッとするような光が宿っている気がした。
「ふうん……。君、いい筋肉してるね」
「は?」
サーモンがいきなり俺の上腕二頭筋を掴んだ。
「この硬さ……。ジムで鍛えた見せかけの筋肉じゃない。毎日、重いものを運び、反復練習を繰り返した『実戦』の筋肉だ。……空手、15年くらい?」
「ッ!?」
俺は息を呑んだ。 触っただけで?
「それに……匂うなあ」
サーモンは鼻をヒクつかせ、俺の懐あたり(財布がある場所)に顔を近づけた。
「君からは……『焦げ付いた金』の匂いがする」
「……え」
「追い詰められた人間の独特のフェロモンだ。背中に重いものを背負っているね? それも、物理的な重さじゃなく……数字の重さかな。1000万……いや、もう少し上か?」
(……なんだコイツ!?)
俺の背筋に冷や汗が流れた。 ただの軽い兄ちゃんだと思っていた。 だが、こいつは一瞬で俺の「空手歴」と「借金の額」を見抜いたのだ。
「あはは! 図星かな? まあいいや、荷物持ちには最適だ」
サーモンはニカッと笑うと、抱えていた「黄金の鮭」を俺に押し付けてきた。
「はい、お土産」
「おっと!?」
ズシィッ!!
重い。 とてつもなく重い。 中身が空洞の置物だと思っていたが、これは純金塊そのものだ。30キロはあるんじゃないか?
「ちょ、これ……本物ですか!?」
「もちろん。時価3億円の『黄金の鮭・キングサーモンVer』だよ。重かった〜。これ持ってコンビニ寄るの大変だったんだから」
「盗んだ金塊持ってコンビニ行くなよ!!」
俺が叫ぶと、後ろにいたポーラが飛び出してきた。
「き、貴様ァ! それが『黄金の鮭』か! 返せ! それは我々『くまさん』の獲物だ!」
ポーラが俺の手から鮭を奪おうとする。
「おや? 今度は可愛いクマさんだね」
サーモンはポーラの銀髪を珍しそうに見つめた。
「君もいい匂いがするね。……『ハチミツ』と『火薬』の匂いだ。テロリストかなんか?」
「なっ……!?」
ポーラが硬直する。
「まあ、上がってよ。お土産に『完熟王バナナ』買ってきたからさ。みんなで食べよう」
サーモンは俺たち全員の正体(借金男、テロリスト)を一瞬で見抜きながら、それを「どうでもいいこと」のようにスルーして、リビングへと歩き出した。
(……やべぇ。この人、アリスよりタチが悪いかもしれん)
◇
リビングに戻った俺たちは、とりあえずサーモンをソファーに座らせ、尋問を開始することにした。 テーブルの上には、奪還(?)された黄金の鮭が鎮座している。
「さて、兄様」
アリスが腕組みをしてサーモンを睨みつけた。
「説明していただきましょうか。なぜ3年ぶりに帰宅して、挨拶もなしに金庫を破り、鮭を盗み出したのですか?」
「人聞きが悪いなあ。盗んだんじゃないよ、借りたんだ」
サーモンはバナナの皮をむきながら答えた。
「ちょっと『中身』を確認したくてね」
「中身?」
俺とアリスは顔を見合わせた。 やはり、マイクロチップのことか?
「兄様、まさか……お父様が隠している『あれ』を知っていますの?」
「あれ? ああ、もちろん」
サーモンはバナナをもぐもぐと頬張り、あっけらかんと言った。
「この鮭の『目玉』に使われているダイヤモンド。あれが実は人工ダイヤで、中にマイクロチップが埋め込まれているって話だろ?」
「ッ!!」
やはり知っていた。 剛三お父様が必死に隠そうとしていた秘密を。
「……で、それをどうするつもりですの? 産業スパイにでも売る気?」
「まさか! 僕はそんな野暮なことしないよ」
サーモンはニヤリと笑った。
「僕はね、確認したかったんだよ。『父さんがまだ、あの研究を続けているのか』どうかをね」
「研究……?」
「そう。西園寺家が裏で進めている極秘プロジェクト……『全人類鮭化計画』をね」
「はぁぁぁぁぁッ!?」
俺の絶叫がリビングに響いた。
「なんだそのB級映画みたいな計画名は!?」
「カケル、静かになさい。……兄様、それは冗談では済まされませんわよ」
アリスの顔色がかつてないほど真剣だ。
「全人類鮭化……。つまり、遺伝子操作で人間を『川を登る本能』を持つ生物に作り変え、労働効率を上げるという、あの狂気じみた……」
「え、マジであるのその計画!?」
俺は戦慄した。 この一族、頭のネジが外れているとかいうレベルじゃない。基盤ごと溶けてる。
「父さんは本気だよ。そのためのデータが、この鮭の目玉に入っている」
サーモンはスッと表情を消し、冷たい目で黄金の鮭を見下ろした。
「僕はそれを止めるために帰ってきた。……と言いたいところだけど」
彼は突然、表情を崩してへらっと笑った。
「実は、金庫を開けた時には、もう『目玉』はすり替えられていたんだよね〜」
「……は?」
全員が固まった。
「すり替えられていた……?」
「そう。僕が盗んだ時には、すでにチップ入りのダイヤは抜き取られ、ただのガラス玉になっていたんだ」
サーモンは鮭の目玉を指先でコンコンと叩いた。
「ほら、軽い音だろ? これ、100均のビーズだよ」
「な、なんですってー!!」
アリスが鮭に駆け寄り、ルーペで目玉を確認する。
「ほ、本当ですわ! 精巧に作られていますが、これはただのガラス! ダイヤ特有の輝きがありません!」
「つまり……どういうことだ?」
俺は混乱する頭を整理しようとした。
お父様(剛三)は、鮭にチップを入れた。
しかし、その前に「誰か」が本物の目玉(チップ入り)を抜き取り、偽物にすり替えていた。
兄は「空振り」した鮭を持って、すごすごと帰ってきた。
「なんてこと……。じゃあ、真犯人は兄様でもなかったのですか!」
「そうなんだよ〜。だから返却しに来たんだ。重いし」
サーモンは肩をすくめた。
「セキュリティを突破できたのは、父さんが僕の網膜データを『愛しい息子の記録』として保存してたからなんだけど……まさか先客がいるとはね」
「先客……」
ポーラが低く唸った。
「我々『くまさん』でもなく、この変人兄でもない。……第四の勢力がいるというのか?」
その時だった。
『――緊急警報。緊急警報』
リビングのAIスピーカーが、無機質な声を上げた。
『屋敷の地下エリアにて、高エネルギー反応を検知。爆発まで、あと10分』
「は?」
「地下エリア……?」
アリスが顔色を変えた。
「地下には……西園寺家のメインサーバーと、お父様の『コレクションルーム』がありますわ!」
「コレクションってまさか……」
「ええ。世界中から集めた、珍しい鮭の缶詰が1万個……!」
「缶詰かよ! いや待て、爆発ってどういうことだ!」
サーモンがバナナの皮をゴミ箱に投げ捨て、初めて真剣な目をした。
「……なるほど。真犯人は、証拠隠滅を図るつもりか。チップを盗んだことがバレないように、屋敷ごとデータを吹き飛ばす気だね」
「他人事みたいに言うな! 俺たちも吹き飛ぶんだぞ!」
「カケル! 地下へ行きますわよ!」
アリスが叫ぶ。
「チップを取り返し、真犯人の正体を暴く! そして何より……お父様の缶詰を守るのです!」
「優先順位おかしいだろ!」
こうして、俺たちは「黄金の鮭(偽物の目玉入り)」を抱えたまま、爆発寸前の地下迷宮へと走ることになった。 変人の兄、ポンコツ探偵、テロリスト、そして借金男。 最悪のドリームチームが、ついに真犯人と対峙する――のか?
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