第4話(後編) 壁に埋まったクマを尋問したら、中身が残念な美少女だった件。

「……ふぅ。静かになりましたわね」


西園寺家のダイニングキッチン。 アリスは優雅に椅子に座り、天井を見上げた。


「お父様は『時差ボケ』と『チョコの投げすぎによる肩こり』で、泥のように眠られましたわ。これで朝までは自由時間です」


「あの親父さんでも疲れることあるんだな……」


俺はホッと胸を撫で下ろした。 剛三ごうぞうという名の台風が去り、ようやく冷静に話し合いができる時間が訪れたわけだ。


現在、ダイニングの長テーブルを囲んでいるのは、俺、アリス、そして捕虜となった銀髪美少女・ポーラ。 そしてテーブルの中央には、禍々しい紫色の湯気を放つ土鍋が鎮座していた。


「さあ、始めましょうか。第一回『鮭泥棒は誰だ会議』兼……」


アリスがニヤリと笑う。


板前源三いたまえ げんぞう特製、『真夜中の闇鍋パーティー』を!」


「なんで会議と闇鍋を混ぜたんだよ! リスク管理どうなってんだ!」


俺が抗議すると、目隠しをした料理長・源三が包丁を掲げた。


「安心めされ。拙者の心眼が選んだ『極上の食材』しか入っておらぬ」


「目隠ししてる時点で信用ゼロなんだよ!」


「腹が減っては戦ができぬ!」


銀髪のポーラが叫んだ。 彼女は「待て」をされた犬のように、箸を両手に持って震えている。


「クマは雑食だ! 毒以外なら何でも食う! いただきまァァァす!」


「あ、おい待て!」


ポーラが鍋に箸を突っ込み、何かを引き上げた。 それはドロドロに煮込まれた、黒い塊だった。


「なんだこれは……肉か? キノコか?」


ポーラは躊躇なくそれを口に放り込んだ。


「あつっ! はふっ、はふぅッ!!」


「だから冷まして食えよ!」


ポーラは涙目で悶絶しながら、なんとかそれを飲み込んだ。


「……あまーい!!」


「甘い!?」


「これは……最高級スイスチョコだ! カカオの香りが口いっぱいに広がり、出汁だしの塩気と絶妙に喧嘩している!」


「喧嘩してんじゃねーか! さっき親父が投げたチョコを鍋に入れたな源三!」


「食材を無駄にはできぬゆえ」


源三が渋い声で答える。 SDGsへの意識が高すぎる。


「さあカケル、貴方も食べなさい。食べながら推理するのです。脳には糖分が必要ですわ」


アリスに促され、俺も恐る恐る鍋をつついた。 箸に当たったのは、ブヨブヨした感触の物体。 引き上げると、それは『こんにゃく』だった。


(よかった、まともな食材だ)


俺は安堵してそれを口に入れた。


「ギャァァァァァァッ!?」


「どうしましたカケル!?」


「からっ! 辛すぎる! なんだこれ!」


「ふむ……。それは『ロシアン・デス・こんにゃく』だな。致死量のハバネロを練り込んでおいた」


「暗殺メニューじゃねーか!」


俺が水をがぶ飲みしてのたうち回っていると、アリスが冷静に切り出した。


「さて、口も動かしつつ、頭も動かしますわよ」


アリスは鍋から『高級松阪牛』を器用に引き当てながら(なぜわかる?)、推理を開始した。


「現状、外部犯である『くまさん』チームの疑いは晴れました。となれば、犯人は内部の人間。……そこにいる3人(源三、キララ、土門)、貴方たちのアリバイをもう一度確認します」


アリスの鋭い視線が使用人たちに向けられる。


「まずは源三」


「うむ。拙者は昨夜、厨房でこの『闇鍋』のスープを仕込んでいた。隠し味に『タバスコ』と『いちごジャム』の配合比率を研究していたのだ」


「動機はともかく、アリバイは成立していますわね。厨房のカメラにも映っているでしょうし」


(味覚が狂ってやがる……)


「次に土門!」


庭師の巨漢が、のしかと前に出る。 手にはお椀ではなく、シャベルを持っている。


「……俺は、掘っていた」


「またかよ」


「月が綺麗だったから……裏庭に深さ10メートルの穴を掘っていた。マントルへの道を探していたのだ……」


「アリバイになってねぇ! むしろ『盗んだ鮭を埋めていた』と言われたほうが納得できるわ!」


「だが……俺は見た。深夜1時頃、裏口から侵入する『影』を……」


「なにっ!?」


俺たちは箸を止めた。 重要証言だ。


「誰だ! どんな奴だった!」


「……よく見えなかった。だが、そいつは……『光る棒』を持っていた……」


「光る棒?」


「ライトセーバーか? ジェダイが犯人か?」


俺がツッコむと、横でスマホをいじっていたメイドのキララが手を挙げた。


「あ、それウチかも〜」


「お前かよ!」


「てか〜、ウチ昨日の深夜、配信しながら屋敷うろついてたし。自撮り棒にライトつけてたから、それじゃね?」


キララは鍋から『タピオカ(煮込みすぎ)』をすくい上げながら言った。


「アーカイブ残ってるし、見る〜? 再生数回してね〜」


キララが空中にホログラム映像(最新スマホ機能)を投影した。 そこには、深夜の廊下を歩きながら「マジ屋敷広すぎワロタ〜」と呟くキララの姿が映っている。


「……ここだ」


ポーラが叫んだ。 彼女の口元はチョコとキムチでベトベトだが、目は真剣だ。


「動画の15分30秒あたり……金庫室の前を通った瞬間を見ろ!」


「え、なに? 心霊?」


俺たちは映像を凝視した。 キララが通り過ぎた金庫室の前。 そこに、一瞬だけ「黒いパーカーの人影」が映り込んでいた。


「誰だこれ!?」


犯人は黒いパーカーを着て、フードを深く被っている。 そして、その手には……バナナを持っていた。


「バナナ……! やはり現場の遺留品はこいつのものか!」


「待ってください」


アリスが映像を一時停止させた。


「このパーカーの背中……何か書いてありますわ」


拡大する。 画質は粗いが、背中に白い文字でこうプリントされていた。


『 NO SALMON, NO LIFE 』


「…………」


全員が沈黙した。


「……ダサっ」


ポーラが呟いた。


「いや、そこじゃない!」


アリスが立ち上がった。 その顔は蒼白だ。


「あのパーカー! あれは3年前、お父様が社員旅行で作らせた『西園寺グループ・鮭愛好会』の限定グッズですわ!」


「レア物かよ!」


「持っているのは、お父様と私、セバスチャン、そして……」


アリスはゴクリと唾を飲み込んだ。


「……この屋敷を設計し、3年前に『究極の鮭を探す旅』に出たまま行方不明になった、私の兄……西園寺サーモンだけです」


「は? 兄貴?」


俺は耳を疑った。 初耳だ。 そして名前が直球すぎる。


「アリス、お前……兄貴いたの?」


「ええ。IQ200の天才にして、鮭のためなら法も倫理も無視する変人。西園寺家の『最大の汚点』と呼ばれる男です」


「ろくでもねぇな!」


映像の中の男(推定・兄)は、慣れた手付きでお父様の生体認証(なぜか通った)を突破し、金庫室へ消えていった。


「決まりだな」


俺は額の汗を拭った(ハバネロこんにゃくのせいで汗だくだ)。


「犯人は、お前の兄貴だ。実の息子だからセキュリティも突破できたし、鮭への執着も説明がつく」


「でも、なぜ今さら? 3年も失踪していたのに」


その時だった。


『――ピンポーン』


屋敷のチャイムが鳴り響いた。 深夜3時。 こんな時間に訪問者?


「ま、まさか……」


アリスが震える手でモニターのスイッチを入れる。


画面に映し出されたのは、コンビニの袋を提げ、『NO SALMON, NO LIFE』パーカーを着て、バナナを頬張っている若い男だった。


男はカメラに向かって、爽やかな笑顔(歯に海苔がついている)でピースをした。


『あ、どうも〜。アリス、起きてる〜?』


「「「「兄様ァァァァァッ!?」」」」


『ちょっと鍵開けてくんない? 鮭が重くてさ〜。あ、あと冷蔵庫にプリンある?』


犯人、堂々の帰宅。 俺たちの「闇鍋推理会議」をあざ笑うかのように、最悪の男が帰ってきたのだった。

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