第4話(前編) 壁に埋まったクマを尋問したら、中身が残念な美少女だった件。

「う……うぅ……」


壁から、うめき声が聞こえる。


剛三ごうぞうお父様の放った「音速のチョコレート」によって、コンクリートの壁にめり込んだ隊長クマ。 そいつは、まるで現代アートのように壁と一体化し、ピクピクと痙攣していた。


「……なぁアリス。これ、どうするんだ?」


「決まっていますわ。尋問です」


アリスは腕まくりをすると、クマの足(ブラブラしている部分)を掴んだ。


「さあカケル、手伝いなさい! この『巨大な毛玉』を引き抜きますわよ!」


「お、おう。……せーのっ!」


「んぎぎぎぎぎっ!!」


俺とアリスは力を合わせてクマを引っ張った。 まるで童話の『大きなカブ』だ。 ただし、抜こうとしているのは野菜ではなく、テロリストだが。


「抜けろォォォ! 俺の借金返済のヒントォォォ!」


「出てきなさい! 私の鮭を隠した極悪人!」


ズボォォォォォッ!!


盛大な音と共に、隊長クマが壁から射出された。 勢い余って、俺たちは床に転がる。


「痛ってぇ……。おい、クマ! 観念して正体を現せ!」


俺はすぐさま起き上がり、気絶しているクマの着ぐるみに飛びかかった。 まずは武装解除だ。 そして、このふざけた頭部ヘッドを引っこ抜く!


「そのツラ拝んでやるぜ!」


スポォォォン!


着ぐるみの頭が外れる。 そこから現れたのは、む暑苦しいおっさん……でも、借金取りの兄ちゃんでもなかった。


サラリ……。


着ぐるみの中からこぼれ落ちたのは、月明かりを反射して輝く、美しい銀髪だった。


「……は?」


俺の手が止まる。


長い銀髪。 透き通るような白い肌。 そして、額には赤く腫れた「チョコの跡」があるものの、人形のように整った顔立ちの少女がそこにいた。


年齢はアリスと同じくらいだろうか。 黒いボディスーツに身を包んでいるが、そのプロポーションは着ぐるみの外からでも分かるほど……発育が良い。


「……え、美少女?」


俺が呆気にとられていると、少女がうっすらと目を開けた。


「……んぅ……。ここは……天国……?」


「いや、西園寺家の玄関ホールだ」


少女はハッと覚醒し、青い瞳で俺を睨みつけた。


「キサマァッ! よくも私に屈辱を与えてくれたな!」


彼女は飛び起きようとしたが、着ぐるみの足が絡まって盛大にコケた。


「あべしっ!?」


(ドジだ……。この子、アリスと同類の匂いがする)


「くっ、殺せ! 私は喋らんぞ!」


少女は床に這いつくばったまま、精一杯の強がりを見せた。


「我が名は『秘密結社くまさん』極東支部・強襲部隊長、コードネーム『ポーラ』! 誇り高きシロクマの化身なり!」


「ポーラ……?」


アリスが冷ややかな視線で割り込んできた。


「あら、意外と安直な名前ですわね。それに、少し発育が良いだけで調子に乗っていませんこと?」


「なっ!? なんだその貧相な金髪女は!」


「ひ、貧相ですってェ!?」


バチバチバチッ! アリスとポーラの間に火花が散る。 俺は頭を抱えた。


「タイム! 喧嘩してる場合か! おいポーラ、質問に答えろ」


俺はポーラの前にしゃがみ込んだ。


「お前らが『黄金の鮭』を盗んだのか?」


ポーラはフンと顔を背けた。


「ふふん。答える義理はない。私をどうする気だ? 拷問か? 爪の間に鮭の小骨を刺す気か?」


「地味に嫌な拷問を想像するな!」


「口を割らせたければ、それなりの誠意を見せることだな!」


グゥゥゥゥゥ〜……。


その時、ポーラの腹から盛大な音が鳴り響いた。 まるで空腹の熊の咆哮だ。


「…………」


「…………」


沈黙。 ポーラの顔が、耳まで真っ赤に染まっていく。


「……ち、違うぞ! これは私の腹の虫が威嚇したのだ!」


「正直に言えよ。腹減ってんのか?」


俺はポケットを探った。 剛三お父様がばら撒いた「弾丸」の残骸……スイス製高級チョコレートがあった。 銀紙に包まれたそれを、俺はポーラの目の前にちらつかせた。


「ほら、チョコだぞ」


「!!」


ポーラの目が釘付けになる。 彼女の視線は、チョコの動きに合わせて上下左右に動く。 完全に猫じゃらしに反応する猫だ。


「くっ……! バカにするな! 私は誇り高き戦士……そんな子供騙しのお菓子で……」


「これ、一粒500円の高級品だぞ」


「いただきまァァァす!!」


ガブッ! ポーラは俺の手ごとチョコに食らいついた。


「痛ぇぇぇッ! 指! 指ごといった!」


「んむ……んむむ……! おいひい……!」


ポーラは幸せそうな顔でチョコを咀嚼し、ゴクリと飲み込んだ。 そして、キラキラした瞳で俺を見た。


「おかわりは?」


「ねーよ! 情報は吐くんだろうな?」


「うむ。チョコ一粒分の義理は果たそう」


ポーラは姿勢を正し(まだ着ぐるみのままだが)、衝撃の事実を口にした。


「結論から言おう。我々は鮭を盗んでいない」


「は?」


俺とアリスの声が重なった。


「盗んでない? じゃあなんで襲ってきたんだよ!」


「我々の目的は、鮭の中に隠された『マイクロチップ』の回収だ。昨夜、屋敷に潜入したのは事実だが……金庫を開けた時には、すでに鮭は消えていたのだ!」


「な……なんですって?」


アリスが眉をひそめる。


「嘘をおっしゃい! 現場には貴様らの足跡(のっぺりした跡)と、剛毛が落ちていましたわよ!」


「ああ、それは部下の『ヒグマ三等兵』の足跡と抜け毛だろう。あいつは抜け毛が酷いからな」


(剛毛の正体、ただの抜け毛かよ!)


ポーラは悔しそうに拳を握った。


「我々も驚いたのだ。金庫を開けたら、鮭の代わりに『切り身』と『バナナ』があったのだからな! バナナで滑って転んだ部下もいたぞ!」


「じゃあ……犯人はお前らじゃないってことか?」


「そうだ。我々はてっきり、西園寺家が鮭を隠したのだと思い、武力行使に出たのだ」


話がややこしくなってきた。 整理しよう。


アリス&俺:鮭がない。クマが盗んだと思っていた。


秘密結社くまさん:鮭がない。西園寺家が隠したと思っていた。


「つまり……第三勢力がいるってことか?」


俺が呟くと、アリスが深刻な顔で頷いた。


「ええ……。しかも、クマたちよりも先に侵入し、警備システムを欺き、鮭を持ち去った何者かが」


「そいつが真犯人か!」


状況は振り出しに戻った。 いや、悪化したと言ってもいい。 手がかりだと思っていた「クマ」が、ただの「間抜けなライバル」だったことが判明しただけだ。


「おい、銀髪女」


アリスがポーラを見下ろした。


「貴様らの潔白はとりあえず信じてあげますわ。……で、これからどうするつもり?」


ポーラはハッとした顔をした。 そして、周囲を見渡す。


部下たちは全員逃走済み。 自分だけが敵陣のど真ん中で、着ぐるみに半身を拘束されている。


「あ……」


「部下に見捨てられたようですわね? 人望がありませんのね」


「う、うるさい! これは戦略的撤退だ! 私だけが殿しんがりを務めたのだ!」


ポーラは涙目で震えている。


「くっ……殺せ! 煮るなり焼くなりにするがいい! ただし、鮭鍋にするのだけはやめてくれ!」


「誰がするか!」


俺はため息をついた。 このポンコツ美少女をどうするか。 警察に突き出せば、剛三お父様の言っていた「マイクロチップの秘密」までバレてしまう可能性がある。


「……なぁアリス。こいつ、どうする?」


「そうですわね……」


アリスは扇子で口元を隠し、悪い笑顔を浮かべた。


「人質として利用価値がありそうですわ。それに、『クマの手も借りたい』状況ですし」


「え?」


「おい、ポーラと言いましたわね?」


「な、なんだ!」


「貴方、鮭を取り戻したいのでしょう? チップのために」


「もちろんだ! 任務失敗となれば、ボスに『ハチミツの刑』に処されてしまう!」


「ならば、一時休戦ですわ。私たちが真犯人を見つけるのを手伝いなさい」


アリスの提案に、俺は驚いた。


「マジかよアリス! 敵と手を組むのか?」


「毒を以て毒を制す、ですわ。それに、この女なら私の雑用係としてこき使えそうですし」


「き、貴様ぁ! 私を雑用係だと!?」


「嫌なら警察に突き出しますわよ? それともお父様に言いつけて、全身チョコまみれにしますわよ?」


「ヒィッ! あの『チョコの悪魔』だけは勘弁してくれ!」


ポーラは震え上がり、そしてガクリと項垂れた。


「わ、わかった……。協力しよう。だが勘違いするなよ! あくまで利害の一致だ! チップを手に入れたら、貴様らなど用済みだからな!」


「はいはい、ツンデレはお腹いっぱいですわ」


こうして、俺たちの奇妙な探偵チームに、新たなメンバー(ポンコツ敵幹部)が加わった。


「さあ、そうと決まれば会議ですわ! 場所は……源三の厨房よ!」


「え、厨房?」


「腹が減っては戦はできませんもの。まずは源三のフルコースを食べてから、作戦会議です!」


「また飯かよ! タイムリミット忘れてないだろうな!?」


俺たちはポーラを引きずりながら、屋敷の奥へと向かった。 しかし俺は気づいていなかった。 この即席チームの中に、まだ見ぬ『裏切り者』が潜んでいる可能性を……なんてシリアスなことはなく、単にこれから起きる『闇鍋パーティー』の恐怖に震えることになるとは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る