第3話(前編) 探偵七つ道具その2。『全自動土下座マシーン』の実力。

「撃てェェェェッ! 鮭を渡さないなら、人間の方を鮭フレークにしてやるクマ!」


「発想が猟奇的すぎるだろォォォッ!!」


ズドドドドドッ!!


屋敷の玄関ホールで、俺の絶叫とロケット花火の爆裂音が交差する。


状況を整理しよう。 現在、俺たち西園寺家の面々は、謎のテロ組織「秘密結社くまさん」の猛攻を受けていた。


敵の戦力は、約30匹。 全員がサングラスをかけたクマの着ぐるみ姿で、手には「鮭型バズーカ(中身は花火)」や「冷凍サンマ(鈍器)」を持っている。


対するこちらは、俺、ポンコツお嬢様、そして3人の変人使用人のみ。


「アリス! 警察は!?」


俺はひっくり返ったマホガニーのテーブルを盾にしながら叫んだ。


「呼びましたわ! でも『クマの着ぐるみ集団に冷凍サンマで殴られています』と伝えたら、『イタズラはやめなさい』とガチャ切りされました!」


「日本の警察の冷静さが仇になった!!」


「くそっ、次弾装填クマ! やれ!」


敵の隊長クマが指示を出す。 数匹のクマが、冷凍カツオを構えて突撃してくる。


万事休す。 俺の空手スキルで戦うにしても、多勢に無勢だ。


だがその時、アリスが優雅に扇子を広げた。


「ふふふ。彼らをただの使用人だと思わないことですわ。行きますわよ、西園寺家防衛戦、開始です!」


アリスの号令と共に、最初に動いたのはあの男だった。


「……ふん」


料理長、板前源三いたまえ げんぞう。 目隠しをしたままの彼が、ゆらりと前に出る。


「おい危ないぞ源三!」


「問題ない……。拙者の心眼が捉えた。前方より迫る殺気……いや、これは『脂の乗った戻りガツオ』の気配!」


「敵を食材認定した!?」


源三は懐から柳刃包丁を抜くと、神速の居合いを見せた。


「秘技・三枚おろし!」


キィィィィンッ!!


空気を切り裂く音。 突撃してきたクマたちが振り上げた冷凍カツオが、一瞬にして綺麗なお刺身へと解体された。


「なっ、何クマァ!?」


武器を失い、手元に残った「カツオの骨」を見て呆然とするクマたち。


「次だ……。む、そこの太ったクマ……いや、あれは『大間のマグロ』だな?」


源三がターゲットをクマ本体に切り替える。


「ひ、ひぃぃぃっ! 目がマジだクマ! 逃げろォォ!」


「待てェ! 極上のトロにしてくれるわァ!」


包丁を二刀流に構えた源三が、クマたちを追い回し始めた。 どっちが襲撃者かわからない地獄絵図だ。


「すげぇ……。あの人、本当に目が見えてないのか?」


俺が感心していると、今度は背後から気だるげな声がした。


「あ、みんな〜。今のシーン撮れた? スクショタイムね〜」


メイドの星野キララだ。 戦場だというのに、彼女は自撮り棒を高く掲げ、スマホに向かってピースをしている。


「キララ! 逃げないと危ないぞ!」


「大丈夫っしょ。てか、リスナーがスパチャくれたから、お礼に『トラップ発動』しま〜す」


キララが壁にある鮭の絵画をポチッと押した。


ガコンッ!


「「「「グアアアアアッ!?」」」」


突如、ホールの中央突破を図っていたクマたちの足元が抜け、10匹ほどが真っ逆さまに落下した。


「な、なんだクマ!? 落とし穴!?」


穴の底から、野太い声が響く。


「……ようこそ。俺の『穴』へ……」


「ヒィッ! なんか下にヤバいおっさんがいるクマ!」


庭師の土門だ。 彼はいつの間にか床下に潜み、スコップ一本で地下迷宮を築いていたのだ。


「土の味を……教えてやる……」


「助けてェェェ! 地上に戻してェェェ!」


穴の中からクマたちの悲鳴がこだまする。 恐ろしい。庭師が一番恐ろしい。


「見ましたかカケル! これが我が家の『おもてなし』ですわ!」


アリスが勝ち誇った顔をする。 確かに戦況は拮抗している。いや、むしろこっちが優勢か?


だが、敵もさるもの。 隊長クマが無線に向かって叫んだ。


『ええい、ラチがあかん! 第二部隊、突入せよ! 裏口と窓を同時に破るクマ!』


パリーン! ガシャーン!


「「「「鮭をよこせェェェェ!!」」」」


窓ガラスが割れ、さらに20匹のクマが雪崩れ込んできた。


「増援だ! 数が多すぎる!」


俺は悲鳴を上げた。 源三はカツオを追いかけるのに夢中で前線崩壊。 土門の穴も定員オーバー。 キララは「閲覧数ヤバいw」と実況に夢中だ。


敵の包囲網が狭まる。 俺とアリスは、ホールの隅の柱まで追い詰められた。


「くそっ……ここまでか……!」


俺は拳を握りしめた。 1400万の借金を返す前に、クマの餌(物理)になるのか。 いや、ここでアリスを置いて逃げるわけにはいかない。契約以前に、男として!


俺が前に出ようとした、その時。


「待ちなさい、カケル」


アリスが俺の肩を掴んだ。


「アリス?」


「貴方ごときが肉の壁になったところで、3秒しか持ちません」


「相変わらず辛辣だな!」


「ここは……『あれ』を使うしかありませんわね」


アリスは覚悟を決めたような顔で、セバスチャンに目配せをした。


「セバスチャン! 探偵七つ道具その2、カモン!」


「御意」


セバスチャンが懐から取り出したのは、掌サイズのコントローラーだった。 彼がボタンを押すと、俺たちの背後の壁が回転し、格納庫のようなスペースが現れた。


プシューッ……。


白い蒸気と共に現れたのは、銀色に輝く人型ロボットだった。


「おおっ! なんだあれ! 戦闘用アンドロイドか!?」


俺は目を輝かせた。 ついに大富豪らしい兵器の登場か。 あのメタルボディなら、クマの軍勢なんてイチコロだ!


「紹介しましょう。あれこそが西園寺重工が総力を挙げて開発した最終兵器……」


アリスが叫ぶ。


「『全自動土下座マシーン・DOGEZA-2000』ですわ!」


「……は?」


俺が聞き返す間もなく、ロボットが起動した。 ウィーン……ガシャン。


ロボットは高速で敵の前に滑り込むと、正座の姿勢をとった。 そして。


ガシャンッ!!


目にも止まらぬ速さで、額を床に叩きつけた。


『モウシワケ、アリマセンデシタァァァッ!!』


大音量の合成音声がホールに響き渡る。 あまりの勢いに、床の大理石にヒビが入った。


「「「「…………」」」」


クマたちの動きが止まる。 俺も止まる。


「……え、なにこれ?」


「見ての通り、世界一美しいフォームで土下座をするマシーンです。その角度、スピード、そして哀愁……すべてが芸術の域に達しています」


「だから何だと言ってるんだァァァッ!!」


俺はツッコんだ。 喉がちぎれるほどツッコんだ。


「なんで戦闘中に謝罪ロボット出すんだよ! 戦う機能は!?」


「ありません」


「自爆機能は!?」


「修理費が高いのでつけていません」


「じゃあ何ができるんだよ!」


「敵を『困惑』させることができます」


アリスの言葉通り、クマたちは顔を見合わせて困惑していた。


「な、なんだコイツ……? すげぇ勢いで謝ってるクマ……」 「お、おう……そこまで謝られると、なんか攻撃しにくいクマね……」


「今ですわカケル! 敵の戦意が鈍っています!」


「鈍ってるんじゃなくてドン引きしてるだけだろ!」


だが、隙ができたのは事実だ。 俺はロボットの横をすり抜け、隊長クマに飛びかかろうとした。


その時だった。


『モウシワケ、アリマセン! ワタシハ、ダメナ、ロボット、デス!』


DOGEZA-2000が、なぜか俺の足元に滑り込んできて、俺に向かって土下座をした。


「うおっ!?」


俺はロボットにつまずき、盛大に転倒した。


「きゃあっ!?」


その煽りでアリスもバランスを崩し、俺の上に倒れ込む。 さらに、ロボットが「連帯責任」と言わんばかりに、俺たちの背中の上でさらに土下座をした。


ズシィッ!


「重っ……! 何してんだこのポンコツ!」


「あだだ……。カケル、クッションとしての性能が落ちていませんこと?」


俺たちは折り重なるように倒れ、身動きが取れなくなった。


「チャンスだクマ! 今のうちに捕まえるクマ!」


隊長クマが号令をかける。 困惑から立ち直ったクマたちが、一斉に俺たちに飛びかかってきた。


「あ、終わった」


俺が死を覚悟した瞬間。


『――そこまでだ』


凛とした、しかし氷のように冷たい声が響いた。


その声を聞いた瞬間、暴れていた源三も、穴の中の土門も、そしてクマたちさえもが動きを止めた。


玄関の扉が開く。 逆光の中に立っていたのは、一人の老紳士だった。


白髪のオールバック。 仕立ての良いスーツ。 そして片手には、スイス土産のチョコレートの袋。


「お、お父様……!?」


俺の下敷きになったまま、アリスが青ざめた顔で呟いた。


「ま、まさか……帰国は明日のお昼じゃ……」


西園寺財閥総帥、西園寺剛三ごうぞう。 予定より半日早い帰還。 そして彼が見たものは、半壊した屋敷と、着ぐるみの集団と、男(俺)と密着して倒れている愛娘の姿だった。


「……アリス?」


剛三の目が、修羅のように見開かれた。


「パパがいない間に、こんな薄汚い男とよろしくやっているとは……どういうことかね?」


(そっちかよ!?)


鮭の消失よりも、クマの襲撃よりも、もっと恐ろしい「父親の誤解」という爆弾が投下された瞬間だった。





最後までお読みいただき、ありがとうございます!


後編もありますのでよろしくお願いいたします!


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