借金1400万の俺、マグロ漁船に乗る直前に『サーモン狂いの天才令嬢』に拾われました。 〜ミステリーは彼女が解く。俺は物理で死なないように頑張る〜
第1話(後編) 借金地獄の俺が拾われたのは、鮭が神様の豪邸でした。
第1話(後編) 借金地獄の俺が拾われたのは、鮭が神様の豪邸でした。
「……いつまで乗っかっているつもりですか?」
「あら、ごめんなさい。貴方のお腹硬くて安物のクッションよりも弾力があって寝心地が良かったですわ」
西園寺アリスは、悪びれる様子もなく俺の上から退いた。 俺は激痛の走る鳩尾をさすりながら、必死に呼吸を整える。
「普段どういうの使ってんだよ……。で、さっきの話だ」
俺は居住まいを正した。 相手は頭のネジが数本(あるいは全部)外れているとはいえ、大富豪のお嬢様だ。 ここでの交渉次第で、俺の人生が決まる。
「『優秀な助手』を探していると言ったな?」
「ええ。正確には『私の奇抜な推理にツッコミを入れつつ、犯人を追いかける際には盾となり、場合によっては崖から飛び降りて証拠を拾ってくる消耗品としての助手』です」
「ブラック企業かよ!! 条件が悪化してるぞ!」
アリスは優雅に紅茶を一口啜ると、真顔で言った。
「私の推理力は完璧なのですが、どうも世間の常識と少しズレているらしいのです」
(少し……?)
「以前の助手たちは、私の指示に従って『ライオンの檻』に潜入したり、『サメのいる水槽』で証拠探しをした結果、皆様辞めてしまわれました。根性が足りませんわね」
(いや、命が足りないんだよ!)
俺は冷や汗を拭った。 この女に関わったら死ぬ。直感がそう告げている。 だが、外には借金取りという名の死神が待っている。 前門の虎、後門の狼。いや、前門のドジっ子お嬢様、後門のヤクザか。
「……ちなみに、報酬は?」
恐る恐る聞くと、アリスは懐から小切手帳を取り出した。
「貴方の借金、1400万でしたわね?」
サラサラとペンを走らせる。 そして、その紙切れを俺の目の前にヒラヒラとさせた。
「これで全額、肩代わりして差し上げます」
「!!」
1400万。 俺がマグロ漁船で何年働けば返せるかわからない大金が、今、目の前に。
「ただし」
アリスはニヤリと笑った。
「貴方の身柄は、私が買い取りました。今日から貴方は私の『所有物』。つまり、執事兼、ボディーガード兼、探偵助手です。拒否権はありません」
「しょ、所有物……?」
「嫌なら、今すぐここで降ろしてもよろしくてよ? ほら、後ろに怖いお兄さんたちの車が見えますし」
窓の外を見る。 あろうことか、借金取りたちの軽バンが、必死の形相でこのリムジンを追走してきていた。 運転手のお兄さんと目が合う。口パクで『コ・ロ・ス』と言っているのが見えた。
(選択肢、ねえじゃねえか!)
俺は震える手で小切手を受け取った。
「……やります。やらせてください」
「契約成立ですわね! よろしくてよ、赤城カケル!」
アリスは満面の笑みで俺の手を握り、ブンブンと振り回した。
「それではセバスチャン、屋敷へ急いで! 『黄金の鮭』のご機嫌伺いの時間ですわ!」
「黄金の……鮭?」
嫌な予感がした。 このお嬢様、鮭への執着が異常だ。 まさか、俺の最初の仕事というのは……。
◇
一時間後。 俺たちを乗せたリムジンは、山奥にある西園寺家の屋敷に到着した。
そこは、屋敷というより「要塞」だった。 広大な敷地。 手入れの行き届いた庭園。 そして、その中央に鎮座する洋館の屋根には――
「シャチホコ……じゃなくて、鮭!?」
そう。 屋根の両端で天を仰いでいるのは、金ピカに輝く「鮭」の像だった。 しかも、妙にリアルだ。鱗の一枚一枚まで作り込まれているのが遠目でもわかる。
「ようこそ、我が家『サーモン・パレス』へ」
アリスが誇らしげに胸を張る。
「……なあ、一つ聞いていいか?」
「何かしら?」
「なんでそんなに鮭推しなんだ?」
「愚問ですわね。鮭は生まれた川へ必ず戻ってくる。その『回帰本能』こそ、家運隆盛の象徴! 西園寺家は代々、鮭神様を信仰しているのです!」
(ただの鮭好きが高じて宗教になってる!)
屋敷の中に入ると、さらにカオスだった。 廊下には鮭の油絵。 壺の柄も鮭。 使用人たちのネクタイの柄も、よく見ると小さなイクラ模様だ。
「さあ、カケル。こちらへ」
案内されたのは、屋敷の最奥にある厳重な扉の前だった。 銀行の大金庫のような重厚な鋼鉄の扉。 その前には、屈強な警備員が二人立っている。
「この中に、我が家の至宝『黄金の鮭』が安置されています。時価3億円とも言われる、純金製の鮭ですわ」
「さ、3億……!?」
俺はゴクリと唾を飲んだ。 1400万でヒーヒー言ってる俺とは住む世界が違う。
「実は昨日、『怪盗パンダ』と名乗るふざけた輩から予告状が届いたのです。『今夜、鮭を頂きに参上する』と」
「パンダ……? 動物園かよ」
「ですので、今日は私が直々に警備の指揮を執りに来たのです。さあ、開けなさい!」
アリスの命令で、警備員たちが厳重なロックを解除する。 重低音とともに、鋼鉄の扉がゆっくりと開いた。
中は十畳ほどの小部屋になっていた。 窓はない。 換気口すらない完全なる密室。 部屋の中央には、ガラスケースが置かれている。
本来なら、そこに眩いばかりの『黄金の鮭』が鎮座しているはずだった。
「…………あれ?」
アリスの声が裏返る。
俺も目を疑った。
ガラスケースの中は、空っぽだった。 いや、正確には空っぽではない。
そこには、スーパーの鮮魚コーナーでよく見る「半額シールが貼られた、鮭の切り身(生)」が、ちょこんと置かれていたのだ。
「……おい、アリス」
俺は恐る恐る声をかけた。
「西園寺家の家宝って、この『賞味期限切れ間近の切り身』のことか?」
「ち、違いますわ!!」
アリスが絶叫した。
「ない! ありませんわ! 黄金の鮭が! 私の鮭ちゃんが消えていますのよ!?」
「はあ!? だってここ、密室だろ!? 警備員もいたし!」
「そうです! 鍵は私とセバスチャンしか持っていませんし、警備システムは最新鋭の『ベア・トラップ(対熊用センサー)』が作動していましたのよ!」
(対熊用ってなんだよ!)
アリスはパニック状態で部屋に駆け込み、ガラスケースに張り付いた。
「嘘……嘘ですわ……。お父様に怒られます……いえ、それより私の心の支えが……」
その時、俺の足元に何かが転がっているのに気づいた。 拾い上げる。 それは、黄色いバナナの皮だった。
「……なんで密室にバナナの皮が?」
「カケル! ボサッとしていないで探しなさい!」
アリスが鬼の形相で振り返る。 その目には、狂気じみた光が宿っていた。
「いいですか、カケル。貴方は私の助手ですわね?」
「あ、ああ……契約したしな」
「ならば、この事件、貴方の責任でもあります」
「は?」
俺は耳を疑った。
「なんでだよ! 俺が来た時にはもう無かっただろ!」
「いいえ、連帯責任です。もし『黄金の鮭』が見つからなければ……」
アリスは俺の胸ぐらを掴み、とんでもない宣告を口にした。
「貴方の借金1400万に、紛失した鮭の賠償金3億円を上乗せして請求させていただきますからね!!」
「さ、さ、3億ぅぅぅぅぅぅッ!?」
1400万が霞むほどの借金倍増キャンペーン。 俺の人生、マグロ漁船どころか、プランクトンとして一生を終えるレベルの危機到来。
「期限は明日の朝まで! 犯人を見つけ出し、鮭を取り戻すのです! さもなくば――」
アリスはニッコリと、天使のような(そして悪魔のような)笑顔で言った。
「貴方を本当に剥製にして、鮭の代わりに飾りますわ♡」
俺の絶叫が、鮭だらけの屋敷にこだました。
(なんでこうなるんだよぉぉぉぉッ!!)
これが、俺とポンコツお嬢様の、長い長い探偵生活の始まりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
2話も続きですので読んでください!
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