借金1400万の俺、マグロ漁船に乗る直前に『サーモン狂いの天才令嬢』に拾われました。 〜ミステリーは彼女が解く。俺は物理で死なないように頑張る〜

角煮カイザー小屋

第1章:黄金の鮭消失事件 〜その鮭、時価3億円につき(ただし生臭い)〜

第1話(前編) 借金地獄の俺が拾われたのは、鮭が神様の豪邸でした。

「待てェェェェこらァァァァッ!!」


「待てと言われて待つ馬鹿が、どこの世界にいるんでぇすかァァァッ!!」


俺は走っていた。 もはや人生そのものがダッシュである。


心臓が早鐘を打ち、喉の奥から鉄の味がする。 だが、足は止まらない。 止まった瞬間に、俺の人生という名の『儚い夢』は、裏社会の『怖いお兄さんたち』によって強制的にエンディングを迎えるからだ。


(くそっ、なんでだ! なんで俺がこんな目に!)


俺の名前は、赤城あかぎカケル。 どこにでもいる平凡な大学生……と言いたいところだが、今の俺には「借金1400万」という、とてつもない重しが背中に乗っかっている。


原因? 騙された? ギャンブル? いや、そんなドラマチックな理由じゃない。


単に、実家の父親が「ニワトリを1万羽飼えば、卵で大儲けできる!」と狂った計算をして失敗したからだ。


(親父ぃぃぃぃ! ニワトリは卵を産む前に、餌代で家計を食い潰すんだよぉぉぉ!)


「おい赤城ィ! 逃げても無駄だぞ!」


背後から、ドスの効いた怒号が飛んでくる。


「捕まったら、マグロ漁船の餌係として売り飛ばしてやるからなァ!」


「嫌です! 俺は魚介類より陸上の哺乳類が好きなんです!」


(マグロの餌ってなんだよ! 俺が食われる側かよ!)


だが、俺には自信があった。 15年間続けてきた空手で鍛え上げた、この無駄に有り余る体力だけは!


(スタミナだけが取り柄の俺をナメるなよ! このまま地球一周して撒いてやる!)


交差点をノーブレーキで曲がる。 信号は赤だが、今の俺には色彩を識別する余裕なんてない。


その時だった。


視界の横から、巨大な「銀色の壁」が迫ってきたのは。


キキィィィィィィィッ!!


耳をつんざくブレーキ音。 スローモーションになる視界。


目の前に現れたのは、やたらと車体が長い超高級リムジン。 そして、そのバンパーにはなぜか**「鮭が川を登るエンブレム」**が輝いていた。


(……鮭?)


ドォォォォォォォンッ!!


鈍い音が響き、俺の体は宙を舞った。


「ぐべらっ!?」


美しい放物線を描き、俺はアスファルトの上を三回転半して着地……なんてできるわけもなく、無様に転がった。


激痛。 全身の骨がきしむ音。


だが、意識はある。 さすが俺の体。頑丈さだけならクマムシ並みだ。


(痛ってぇ……。これ、完全に轢かれたよな? 慰謝料……いや、治療費……)


薄れゆく意識の中で、リムジンの後部座席のドアが開くのが見えた。 中から降りてきたのは、場違いなほど煌びやかなドレスを身にまとった少女だった。


金髪のロングヘア。 陶器のように白い肌。 宝石のような瞳。


まるで深窓の令嬢。 きっと彼女は、涙を流して俺の安否を気遣ってくれるはずだ。 「大丈夫ですか!?」と駆け寄ってくれるはずだ。


少女は俺の目の前まで来ると、パァァァッ! と顔を輝かせて、こう言った。


「――すごい! すごいですわセバスチャン! 今の音聞きました!?」


(え?)


少女はキラキラした瞳で俺を指差した。


「時速60キロの『サーモン・リミテッド号』と衝突して、原型を留めていますわ! 普通ならミンチですのに!」


(ミンチ前提!?)


「い、生きて……る……」


俺が呻くと、少女は感動に打ち震えながら両手を組んだ。


「お喋りもできるなんて! まあ、素晴らしい……! まるでゴキブリのような生命力ですわ!」


(あ、こいつ、褒めてるつもりだ。100%善意で俺を害虫扱いしてやがる!)


少女は興奮冷めやらぬ様子で、運転席の老紳士に向かって声を張り上げた。


「セバスチャン! 確保なさい! こんなに頑丈な素材、めったに落ちていませんわよ!」


「御意。お嬢様のコレクションに加えますかな?」


(コレクション!? 俺、剥製にされるの!?)


俺はワナワナと震えながら上半身を起こした。 奇跡的に骨は折れていないようだ。 いや、アドレナリンが出過ぎて痛みを感じないだけかもしれない。


「お、おい……あんた……人を轢いておいて、コレクションって……」


俺が抗議しようとすると、後方から追っ手の声が聞こえてきた。


「いたぞ! 車に轢かれてやがる!」 「チャンスだ! あいつを冷凍庫にぶち込め!」


(やばい、忘れてた!)


借金取りのお兄さんたちが、満面の笑み(殺意マシマシ)で迫ってくる。 今の俺は手負いの獣。逃げ切れるわけがない。


絶体絶命。 終わった。俺の人生、マグロの餌エンド。


俺が絶望に目を閉じたその時、頭上から嬉しそうな声が降ってきた。


「ふむ。貴方、追われていますのね?」


見上げると、少女が慈愛に満ちた(しかしどこかズレた)笑顔を向けていた。 それは捨て猫を拾う子供の顔であり、同時に珍しい昆虫を見つけた子供の顔でもあった。


「助けて差し上げてもよろしくてよ?」


「え?」


「ただし、条件がありますわ」


少女は俺の胸ぐらを掴むと、細腕からは想像もできない怪力で、強引にリムジンの中に引きずり込んだ。


「へ? ちょ、まっ――うわっ、中、なんか生臭い!?」


車内に投げ込まれた瞬間、ほのかに漂う磯の香り。


「発車なさい、セバスチャン!」


「御意」


運転席の老紳士がアクセルを踏み込む。 俺の足がまだドアから出ている状態で、リムジンはロケットのように急発進した。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」


遠ざかる借金取りたちの呆然とした顔。 そして、流れる景色。


車内に引き込まれた俺は、ふかふかの革シートに顔面からダイブした。


「……た、助かった……のか?」


荒い息を整えながら顔を上げる。 そして俺は、信じられない光景を目にした。


最高級の革張りのシート。 そこまではいい。 だが、車内の壁一面に「鮭の魚拓」が飾られ、ドリンクホルダーには「いくらの瓶詰め」が鎮座していたのだ。


(なんだこの車!? 金持ちの趣味が悪すぎるだろ!)


「さて、素晴らしいゴキブリさん。改めて取引といきましょうか」


「ゴ、ゴキブリはやめてくれ……俺には赤城カケルっていう名前が……」


「ええ。貴方、見たところ『体力』と『頑丈さ』だけは国宝級ですわね」


少女はうっとりとした目で俺の体を見回す。


「ちょうど探していたのです。『使い捨てできる盾』……じゃなくて、『優秀な助手』を」


(今、言い直したぞ!?)


「私の名前は、西園寺さいおんじアリス。見ての通りの大富豪にして――」


彼女は立ち上がり、ビシッと指を突きつけた。 その背後にある「巨大な鮭の魚拓」が、無駄に迫力を醸し出している。


「この世の全ての謎を解き明かす、名探偵ですわ!」


その瞬間、車がカーブで大きく揺れた。


「あっ」


彼女は盛大にバランスを崩し、まるでコントのように足をもつれさせ――俺の腹の上にダイナミックに倒れ込んできた。


「ぶべらっ!?」


「きゃあっ!?」


肘が! 名探偵の鋭利な肘が、俺の鳩尾みぞおちにクリティカルヒット!


「……い、痛いですわ……。貴方の腹筋、硬すぎませんこと?」


涙目で俺を見上げる少女。 その距離、数センチ。 普通ならドキッとする場面だが、俺の意識は鳩尾の激痛で飛びそうだった。


(どこが名探偵だ! ただのドジっ子じゃねーか!!)


磯の香りが漂うリムジンの中。 俺の新たな地獄あるいはコメディは、こうして幕を開けたのだった。





最後までお読みいただき、ありがとうございます!


まだ後編もありますのでぜひ読んでください!


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