第10話:新しい表現者

第10話:新しい表現者

東京タワーでの激戦から、数週間が経った。 街は、元の賑わいを取り戻していた。 けれど、人々の心には、あの夜空に描かれた「光の絵」が、深く刻まれている。


「――っし! 完成!」


ミコトの声が、大学の研究室に響いた。 ハルトは、真新しいタブレット端末を手に、興奮した表情で画面を見つめていた。 そこには、文字ではない、不思議な「アイコン」が並んでいる。


「これ、本当に使えるのか? 『光の言語(ルミナス・ランゲージ)』……」


「ええ! あなたの『感覚』と、私の『理論』を融合させた、世界初の**『非言語系魔法支援アプリ』**よ!」


ミコトは、目を輝かせながら説明する。 彼女は、あの夜の戦いの後、魔法庁を辞め、ハルトと一緒に新しいアプリの開発に没頭していた。


「このアプリは、文字を一切使わない。 代わりに、あなたの脳波と目の動きを読み取り、感じた**『色』や『形』や『動き』を、魔法の術式に自動変換する**の」


「つまり、俺が『熱い』って思えば、勝手に炎が出るってことか?」


「その通りよ! そして、誰かがその魔法を見れば、その人の端末に**『ハルトの感じた熱さ』**が、温度や振動としてフィードバックされるわ」


ハルトは試しに、アプリを起動した。 目を閉じ、「温かいお茶」を思い浮かべる。 すると、指先からふわりと、琥珀色の光が溢れ出した。


その光は、湯気のようにゆらゆらと揺れ、まるで手のひらに温かいコップがあるかのような、優しい熱を放っている。


「すごい……。これなら、俺が感じた『綺麗』や『悲しい』を、そのまま誰かに伝えられる……!」


「ええ。これは、あなたが世界に『書く』ための、新しいペンよ」


ミコトは、ハルトの横顔を見つめた。 文字が読めず、世界から置いていかれていると感じていた少年が、 今や、誰も書けなかった「新しい言語」を生み出したのだ。


研究室の窓から、夕焼けが差し込む。 オレンジ色に染まる街並みを、ハルトは穏やかな目で見つめていた。


「なあ、ミコト。俺、これを使って、小説を書きたいんだ」


「小説……? でも、文字は……」


「文字じゃなくていい。俺が空に描いたみたいに、**『光の絵』**で物語を作りたい。 誰かの心臓がドキドキするような、誰かの涙が止まらなくなるような……。 そんな『感覚の物語』を」


ハルトの瞳には、新しい夢の光が宿っていた。 彼が語る「物語」は、既存の小説とはまったく違うものになるだろう。


視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。 すべての五感を揺さぶる、まさに「体験型」の物語だ。


「……面白いわ。じゃあ、私があなたの**『編集者』**になってあげる。 あなたの描いた光の物語に、私が最高の『タイトル』と『解説』をつけてあげるわ」


ミコトはそう言って、ハルトの手に、新しいスケッチブックをそっと置いた。 表紙には、手書きで**『無字の物語(むじのものがたり)』**と書かれている。


「ありがとう、ミコト」


ハルトがスケッチブックを開くと、その一番最初のページには、 ミコトの筆跡で、こう書かれていた。


『第一章:落ちこぼれの目。彼だけが、世界の正解を視ていた。』


その一文を読み上げると、ハルトの脳裏に、あの試験の日の焦燥と、 街で初めて怪物を見た時の、あの「青い光の糸」が、鮮明に蘇ってきた。


「なあ、ミコト。最初の物語は、俺たちの出会いの話がいいな」


「ええ。最高の物語になるわ。 だって、私たちが生きて、感じてきた、**文字通りの『真実の物語』**なんだから」


二人は顔を見合わせ、穏やかな笑みを浮かべた。 窓の外の景色は、やがて夜の帳に包まれる。 けれど、二人の目の前には、無限の物語が広がる「新しい世界」が見えていた。


ハルトは、ペンではなく、指先で空中に、そっと「未来の光」を描き始めた。 それは、どんな文字よりも雄弁で、どんな言葉よりも深く、人々の心に響く、 「彼にしか書けない物語」の、確かな第一歩だった。


完結!

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『視える僕らの「文字(ルーン)」なし魔法』 春秋花壇 @mai5000jp

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