第9話:空に描く物語
第9話:空に描く物語
東京タワーの真下。 最終決戦の舞台は、夜空を突き刺す巨大な鉄骨の塔だった。
「待っていたぞ、ハルト。……ミコトもいるとはな」
タワーの頂上に立つのは、敵の組織の首魁――『定義の魔術師』ゾディアック。 彼の背後には、宙に浮かぶ何万もの「完璧な数式」が、機械的な光を放っている。
「てめぇか……! 『文字喰い』を操って、世界から言葉を奪おうとしたのは!」
ハルトはゾディアックを睨みつけた。 ゾディアックの体からは、氷のように冷たい魔力が放出されている。 それは、感情を一切排した、純粋な「理」の力だった。
「愚かな。言葉がなければ、人間は思考できない。定義がなければ、魔法は存在しない。 私は、この世界を『完璧な秩序』に再構築しようとしただけだ」
ゾディアックが手を上げると、東京タワー全体が震え始めた。 無数の数式が、タワーの鉄骨に絡みつき、巨大な「魔導砲」へと変貌していく。
「この砲は、あらゆる『曖昧な概念』を消滅させる。 感情、直感、愛憎……。お前のような『読めない落ちこぼれ』も、すぐに塵となるだろう」
「やめろ! そんなことしたら、世界は冷たい計算機と一緒だ!」
ミコトが叫んだ。 彼女の指は、スマホの画面に必死で「対抗呪文」を打ち込んでいる。 しかし、ゾディアックの放つ「絶対零度の数式」が、彼女の思考を凍らせていく。
「無駄だ。私には、お前たちの行動パターンも、思考回路も、すべて『数式』として見えている。 お前たちの『感情』も、所詮は複雑な方程式の産物にすぎない」
ゾディアックが冷笑する。 彼の目には、ハルトたちの心臓の鼓動さえ、数値として解析されているのだろう。
「数式なんかで、人の気持ちは測れねぇよ!」
ハルトは叫び、空中に指を走らせた。 第7話でミコトから教わった「図解」の知識を、フル回転させる。 彼は「火」の渦と、「風」の流線、「防御」の盾を、脳内で素早く組み合わせた。
しかし。
「無駄だ、ハルト。その魔法は、私が既に解析済みだ。 『着火加速術式第7項改訂版』。収束率23.5%増。最大熱量8400ケルビン。 ……フッ、稚拙な」
ゾディアックの放つ「純粋な数式」が、ハルトの魔法の「弱点」を正確に突き、弾き飛ばした。 ハルトは、吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。 コンクリートの冷たさと、全身に走る激しい痛みが、思考を麻痺させる。
「くそっ……! 全部、読まれてるのか……!」
ハルトは、自分の心が鉛のように重くなるのを感じた。 「読めない」はずの自分が、初めて「読まれて」しまった。 その絶望が、彼の指先から光を奪っていく。
「ハルト! 諦めないで!」
ミコトの声が、凍りついたハルトの心を揺さぶった。 彼女のスマホの画面には、自分が読み書きできるはずの「数式」が、恐怖で全く入力できていない。 けれど、彼女は必死でハルトに語りかけていた。
「思い出すのよ、ハルト! あなたが見た、あの『七色の螺旋』を! 文字も音も関係ない、あの時の『私たちの魔法』を!」
ミコトの言葉が、ハルトの脳内で「色」になって広がっていく。 それは、あの夜、二人で世界を救った時に描いた、希望に満ちたグラデーション。
ハルトはゆっくりと立ち上がった。 全身の痛みを無視し、視線を夜空へと向けた。
(そうだ……。俺は、読むんじゃない。描くんだ)
ハルトの目には、ゾディアックの背後の「数式」が、冷たい記号の羅列ではなく、 まるで「絵の具のパレット」のように見えていた。
「ゾディアック! あんたの数式は、確かに完璧だ。 でも、俺の絵(ものがたり)には、終わりがないんだよ!」
ハルトは、右手の指を夜空に突き出した。 そこから、白い光の軌跡が、猛烈な速さで描き出されていく。
それは、ミコトが「氷の百合」を描いた時よりも、はるかに大きく、 「七色の螺旋」よりも、さらに複雑で、感情に満ちたものだった。
ハルトは、ゾディアックの放つ「数式の光」を、そのまま自分のキャンバスに取り込んだ。 青い光、緑の光、赤い光。 それらを自分の「感性」という絵筆で、強引に混ぜ合わせる。
「ヌッ!? この魔力は……!? 解析不能! これは、術式ではない! ……無意味な**『落書き』**だ!」
ゾディアックが驚愕の声を上げる。 ハルトが空中に描いているのは、魔法陣ではなかった。 それは、巨大な**「一枚の絵」**だった。
夜空をキャンバスに、東京タワーを絵筆に。 ハルトが描いたのは、彼が今まで見てきた「世界の美しさ」のすべて。 雨上がりの虹、風に舞う花びら、夕焼けの空、そしてミコトの笑顔。
それらすべてを、**「意味を持たない光の線」**として、夜空に叩きつける。
「これが俺の『物語』だ! 理屈じゃねぇ! 意味もねぇ! ただ、俺が見た、この世界の**『きらめき』**だ!」
ハルトが最後の線を引いた瞬間。 空全体に描かれた「巨大な絵」が、激しい光を放ち始めた。
それは、ゾディアックの数式を上回る光量。 あらゆる計算を打ち破る「感情の爆発」だった。
「バカな……! 感情に、これほどの出力が……!? 定義できぬ力に、秩序が……壊される!?」
ゾディアックの背後にあった完璧な数式が、ハルトの描いた「絵」の光に溶かされ、 無数の色の粒となって空へと散っていく。
「これで終わりだ、ゾディアック! 俺は、あんたの教科書にない『ハッピーエンド』を描いてやる!」
ハルトが叫ぶと、空中の「絵」が、ゾディアックめがけて一斉に降り注いだ。 それは、攻撃魔法ではなかった。 それは、彼が感じた「世界の喜び」そのものだった。
数式の壁が崩れ、ゾディアックの冷たい顔に、感情という「痛み」が初めて刻まれた。 彼は絶叫することもなく、光の粒となって、夜空へと消えていった。
静寂が、東京タワーを包み込む。 ハルトの周りには、色を失ったコンクリートの残骸だけが残っていた。 けれど、彼の目には、夜空に描かれた**「消えない絵」**が、永遠に輝いているように見えた。
「……ハルト……」
ミコトが、涙を流しながらハルトの隣に立つ。 彼女のスマホの画面には、ノイズ一つない、美しい夜空が映し出されていた。 そして、その空には、まだ、ハルトの描いた「光の軌跡」が、幻のように残っていた。
「ミコト。これ、あんたのスマホでも『見える』か?」
「ええ。……なんて、素敵な絵なの。 まるで、私たちの物語を、空にそのまま書いたみたい」
ミコトが、消えゆく光の絵をそっと指でなぞった。 その指先には、ハルトの描いた「熱い希望」が、確かに宿っていた。
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