物語のための庭

やまおり亭

雷鳴の予兆

「俺は別に、誰に読まれなくったってよかったんだ」

 カナリが唸る。遠くで低く響く雷鳴のような声だった。雷鳴と違っているのは、その直前に天を切り裂く稲光がなかったことだけ。

 私は息をひそめ、とっさにその雷をやり過ごそうとした。けれど、カナリはまたも空気を震わせる。

「誰に読まれなくったっていい。ずっとそうして書いてきた。なのにいまさら、お前が現れるものだから」

 いまさら。

 いまさら――

 こちらを睨む、濃い鳶色とびいろの瞳。その奥深くから、黒い目を瞬かせる男が――私が、私をぼうと見返している。

 雷鳴の前、天を切り裂く稲光は、本当に存在しなかったのだろうか。

 私がその光に気づかなかっただけではなくて?

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