第10話 何もしていない


北方防衛線、

第二防衛拠点。


夜明け前の空気は、

張りつめていた。


魔物の大群が、

再び動きを見せている。


指揮官が、

地図を睨みつける。


「正面突破は危険だ。

 だが、

 退けば包囲される」


重苦しい沈黙。


誰もが、

最悪の展開を思い描いていた。


「……カイン」


指揮官が、

俺を見た。


「前線に立てるか」


「構いません」


理由を問われることは、

なかった。


俺が前に出ると、

兵たちの緊張が

僅かに緩む。


それ自体が、

異常だった。


戦闘が始まる。


魔物の動きは、

相変わらず鋭い。


だが――


「今だ!」


誰かの号令が、

完璧なタイミングで

通る。


「詠唱、通ります!」


魔法使いの声が、

被らない。


盾役の踏み込みが、

遅れない。


剣士の斬撃が、

互いを邪魔しない。


「……おかしい」


副官が、

小さく呟いた。


「いつもなら、

 誰かがミスる」


その通りだ。


戦場では、

必ず“誰か”が

遅れる。


だが、

今は違う。


俺は、

剣を抜いていない。


敵を、

一度も斬っていない。


それでも――

戦況は、

明らかにこちらに傾いていた。


魔物側に、

小さなズレが生じる。


連携の間隔が、

ほんの一瞬ずれる。


包囲が、

甘くなる。


そこを、

逃さない。


「突撃!」


結果は、

圧勝だった。


戦闘後、

兵士たちが

互いの無事を確認する。


「……死者なし?」


「負傷も、

 軽傷だけだ」


ざわめきが、

広がる。


指揮官が、

俺の前に立った。


「君は、

 本当に何もしていないのか」


「していません」


そう答えると、

彼は苦笑した。


「それが一番、

 信じがたい」


副官が、

ぽつりと言う。


「英雄は、

 前に立つものだと思っていた」


「だが、

 彼は違う」


視線が、

俺に集まる。


期待でも、

畏怖でもない。


理解しきれないものを

見る目だ。


「……カイン殿」


指揮官が、

深く息を吸う。


「君がいると、

 戦場が壊れない」


「理由は、

 まだ聞かない」


「だが――

 頼らせてくれ」


逃げ場は、

完全になくなった。


その夜、

作戦会議が開かれる。


俺は、

発言しない。


それでも、

決定は

俺の立ち位置を中心に

組み立てられた。


前線の要。

だが、

戦闘員ではない。


戦況は、

俺を軸に回る。


「……変な話だな」


独り、

呟く。


俺は、

強くない。


剣の腕も、

魔法も、

一流ではない。


だが――

世界は、

俺がいないと

壊れやすい。


それが、

最強の形だとしたら。


俺は、

それを受け入れるしかない。


外れスキルと

呼ばれた力は、

戦場を覆す。


――何もせずに。

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