第8話 古文書と世界の裏仕様
ギルドの資料庫は、
昼でも薄暗い。
埃の匂いと、
古い紙の乾いた気配が
鼻を刺す。
「……あまり、
人は来ませんよ」
案内してくれた受付嬢が、
申し訳なさそうに言った。
「依頼記録や、
昔の調査報告くらいしか
置いてなくて……」
「それで構いません」
俺の目的は、
英雄譚でも、
魔王討伐史でもない。
――失敗の記録だ。
大事故。
大敗北。
想定外。
そういった事例の前後に、
共通点がないか。
棚の奥、
革表紙の束を引き抜く。
年代不明。
記録者不詳。
内容は、
淡々としていた。
「……魔力循環の乱れにより、
儀式は失敗」
「……予測値との差異が拡大、
被害甚大」
「……原因不明」
どれも、
理由が書かれていない。
ただ、
「ズレた」という結果だけ。
ページをめくる指が、
止まる。
一節だけ、
妙に詳しい注釈があった。
『世界は常に安定を求めるが、
完全な均衡は許されない』
『誤差は、
構造上の必須要素である』
「……必須?」
眉をひそめる。
さらに読み進める。
『もし誤差が消えた場合、
世界は停滞、
あるいは破綻する』
『よって、
安定化は
管理者権限に限られる』
管理者。
神か、
それに類する存在だろう。
背中に、
嫌な汗が滲む。
「……待て」
別の紙束に、
似た記述があった。
『安定化権限は、
通常、
世界外部にのみ存在』
『内部に発生した場合、
観測不能』
観測不能。
――鑑定不能。
頭の中で、
点と点が繋がる。
俺のスキル《調整》。
効果不明。
評価不能。
数値に揺らぎがない。
「……冗談だろ」
思わず、
声が漏れた。
もし、
この文書が示す通りなら。
俺のやっていることは、
戦闘補助でも、
幸運操作でもない。
「世界の誤差を、
勝手に消してる……?」
それは、
想定外だ。
神が使うはずの
“裏仕様”。
それが、
人間に宿るなど――
「あり得ない」
だが、
現実は否定しない。
元パーティの失敗。
他冒険者との差。
俺が離れると、
途端に起きる事故。
全部、
説明がつく。
ページの端に、
小さく書かれた追記があった。
『もし内部安定化が
長期間続いた場合、
周囲はそれを
“通常”と誤認する』
息が、
止まった。
――だから。
俺がいた時、
皆は気づかなかった。
失敗しなかったのが
当たり前になっていた。
「……それで、
俺は外れ扱いか」
皮肉すぎて、
笑えない。
本を閉じ、
深く息を吐く。
この力は、
公になれば危険だ。
世界を安定させる存在は、
英雄よりも
厄介に扱われる。
「知られたら、
利用されるか……
消されるかだな」
資料庫を出ると、
外は夕暮れだった。
子どもが走り、
商人が怒鳴り、
馬車がぶつかりかける。
――これが、
誤差だらけの世界。
そして、
俺がいない世界。
胸の奥で、
静かな決意が芽生える。
この力は、
誇るものじゃない。
まして、
振りかざすものでもない。
だが。
世界が壊れそうになった時、
誰かが
この“裏仕様”を
使わざるを得なくなる。
その時――
逃げるわけにはいかない。
俺は、
外れスキル持ちの冒険者だ。
ただし、
世界の想定外である。
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