第5話 仮説
鑑定師の工房を出てから、
頭の中が妙に静かだった。
考えが整理されすぎている。
それ自体が、
少し不気味に思えるほどに。
宿へ戻り、
狭い部屋の椅子に腰を下ろす。
机の上には、
依頼書の控えと、
走り書きのメモ。
「……揺らぎ、か」
エドガルの言葉を、
反芻する。
世界は常に、
完全ではない。
剣の軌道は僅かにぶれ、
足場は微妙に崩れ、
判断は遅れる。
その小さなズレが、
事故や失敗を生む。
冒険者とは、
そのズレと戦う仕事だ。
「でも……」
俺の依頼では、
その“ズレ”が、
不自然なほど起きていなかった。
偶然では、
説明がつかない。
メモを一枚、
引き寄せる。
『灰爪ウルフ討伐』
・敵の踏み込みが浅い
・足を取られない
・群れが合流しない
一つ一つは、
取るに足らない。
だが、
すべてが“都合よく”
揃っている。
「仮に……」
俺は、
思考を言葉にする。
「世界には、
常に誤差があるとする」
魔法の発動。
剣の振り。
風向き。
足場。
すべてが、
完璧には揃わない。
だからこそ、
危険が生まれる。
「じゃあ、
その誤差が消えたら?」
戦闘は、
極端に安定する。
誰も転ばず、
誰も詠唱を噛まず、
敵も致命的な一手を打てない。
「……それが、《調整》?」
喉が、
ごくりと鳴った。
スキル名としては、
あまりにも地味だ。
だが、
意味は一致している。
俺は、
能力を“強化”していない。
攻撃力も、
防御力も、
変わっていない。
ただ――
ズレを、
消しているだけだ。
「もし、そうなら……」
思考は、
さらに先へ進む。
誤差が消えれば、
世界は壊れにくくなる。
事故は減り、
想定外は起きない。
それはつまり――
「失敗」が、
起こりにくい世界。
「……最悪だな」
思わず、
苦笑する。
そんな力、
誰も評価できない。
数値に出ない。
派手さもない。
それどころか、
本人ですら実感しにくい。
だから、
外れスキルと呼ばれた。
「でも……」
机に肘をつき、
天井を見上げる。
「もし俺がいなかったら?」
元パーティの顔が、
浮かぶ。
最近、
彼らは失敗続きだと聞いた。
判断ミス。
連携の乱れ。
小さな事故。
――全部、
以前は起きていなかった。
「……俺が、
安定させてた?」
その考えに、
胸がざわつく。
証拠はない。
確証もない。
だが、
仮説としては、
あまりにも筋が通っている。
「まだ、断定するな」
自分に言い聞かせる。
もし本当なら、
この力は――
危険だ。
目立てば、
利用される。
下手をすれば、
世界そのものに
干渉していると
見なされかねない。
「しばらくは……
静かにだな」
ソロ依頼を続け、
様子を見る。
自分の仮説が、
正しいかどうか。
それを確かめる方法は、
一つしかない。
――比較すること。
俺がいる時と、
いない時。
その差を、
冷静に見る。
外れスキルだと
笑われた力は、
本当に外れなのか。
それとも――
誰も気づかなかった
“世界側の機能”なのか。
答えは、
まだ出ない。
だが、
俺は一つだけ確信していた。
このスキルは、
「俺を強くする力」じゃない。
「世界を、
失敗しにくくする力」だ。
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