第4話 鑑定師が首を傾げる


鑑定師の工房は、

ギルドの裏通りにひっそりと構えている。


看板は古く、

文字も半分ほど消えかけていた。


だが、

この街で最も信頼されている鑑定師が

ここにいる。


「――久しぶりだね」


扉を開けると、

白髪の老人がこちらを見上げた。


名を、エドガルという。


「再鑑定、ですか」


「はい。

 可能なら、詳しく」


エドガルは無言で頷き、

水晶盤を指し示した。


「触れて」


言われるまま、

水晶に手を置く。


淡い光が広がり、

文字列が浮かび上がる。


名前。

年齢。

基礎能力。


そして――


【固有スキル:《調整》】

【評価:不明】

【戦闘補正:なし】


表示は、

以前とまったく同じだった。


「……やはり、変わりませんか」


俺がそう言うと、

エドガルは返事をしなかった。


代わりに、

水晶盤をじっと覗き込み、

眉をひそめる。


「おかしいな」


「何が、ですか」


「数値だ」


彼は杖で盤面を軽く叩く。


「君の能力値は、

 突出していない。

 だが――」


言葉を選ぶように、

一拍置いた。


「揺らぎが、ない」


「揺らぎ?」


「普通はね、

 人の数値には微妙な誤差が出る。

 疲労、緊張、環境……

 すべてが影響する」


だが、と続ける。


「君の場合、

 その誤差が観測できない」


背中に、

冷たいものが走った。


「それは……

 良いことなんですか」


「分からん」


エドガルは、

はっきりと言った。


「少なくとも、

 私は初めて見る」


水晶盤を閉じ、

俺を真っ直ぐ見る。


「君は最近、

 無茶な依頼を受けているだろう」


「……D+程度です」


「一人で、だ」


否定できなかった。


「普通なら、

 失敗の芽が見える。

 だが君には、それがない」


「未来が、

 安定しすぎている」


思わず、

息を呑む。


「スキル《調整》は、

 依然として効果不明だ」


「だが――

 “何も起きない”という結果だけが、

 異常に整っている」


エドガルは、

苦笑した。


「世界が、

 静かすぎる」


その言葉が、

胸に突き刺さる。


「先生。

 このスキルは……

 危険なんでしょうか」


しばらく、

沈黙が続いた。


やがて、

老人は首を横に振る。


「分からん。

 だが一つだけ言える」


「君は、

 戦場を荒らす存在ではない」


「むしろ――

 壊れにくくしている」


鑑定料を払い、

工房を出る。


外の喧騒が、

やけに騒がしく感じた。


人々の足音、

馬車の軋み、

風の流れ。


すべてが、

微妙に不規則だ。


――これが、

本来の世界。


俺は、

知らないうちに

“違う側”に立っていたのかもしれない。


だが、

その力を使って

何かをした覚えはない。


ただ、生きていただけだ。


「……まだ、決めつけるな」


自分に言い聞かせ、

歩き出す。


外れスキルだと

決めつけられた力の正体は、

まだ霧の中だ。


だが確実に、

誰かが――

それに気づき始めている。

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