第3話 同じ条件、違う結果


灰爪ウルフの素材は、

思った以上に高値で売れた。


受付嬢が査定を終え、

小さく息を呑む。


「この品質なら、

 追加報酬を付けられます」


「……そうですか」


頷きながら、

内心では別のことを考えていた。


俺がやったことは、

特別なことじゃない。


剣を振り、

避け、

刺した。


それだけだ。


なのに、

周囲の反応が妙に大きい。


「なあ、あんた……

 昨日、灰爪を一人でやったって?」


声をかけてきたのは、

中年の冒険者だった。


装備は整っているが、

使い込まれた痕がある。


「はい。

 運が良かっただけです」


そう答えると、

男は苦笑した。


「運、ねえ……

 ちょうど今朝、

 別のパーティが同じ森に入ったんだ」


嫌な予感がした。


「三人組でな。

 経験も十分。

 だが――」


男は言葉を切り、

周囲を気にして声を落とす。


「一人、重傷。

 一人は骨折。

 討伐は失敗だ」


胸の奥が、

ひやりと冷えた。


「……同じ場所、ですか」


「ああ。

 条件はほぼ同じ。

 時間帯も、天候もな」


男は首を傾げる。


「なのに、

 あんたは無傷で成功だ」


偶然。


そう言いたかった。


だが、

昨日の森の静けさが、

脳裏をよぎる。


「何があったんですか」


男は肩をすくめた。


「些細なことの連鎖だ。

 足を取られ、

 合図がずれ、

 魔法の詠唱が乱れた」


――誤差。


その言葉が、

頭に浮かぶ。


「大きなミスじゃない。

 だが積み重なった」


それを聞いた瞬間、

背筋が粟立った。


俺の戦いでは、

その「些細なズレ」だけが、

一切起きなかった。


「……俺の時は」


無意識に、

呟いていた。


「何か言ったか?」


「いえ。

 何でもありません」


その場を離れ、

掲示板の前に立つ。


灰爪ウルフの依頼書には、

赤字で追記がされていた。


【注意】

【群れの連携が想定以上】

【推奨:三名以上】


視界が、

一瞬歪む。


――俺が受けた時は、

そんな注意書きはなかった。


いや、

あったのかもしれない。


だが、

問題にならなかった。


「……本当に、同じ条件か?」


帰り道、

森の外れまで足を伸ばす。


昨日と同じ場所。

同じ時間帯。


空気は、

明らかに違っていた。


枝が擦れ、

風が不規則に吹く。


足元の落ち葉が、

微妙に滑りやすい。


「……」


何もしていないのに、

やりづらい。


それが、

普通なのだ。


昨日の俺は、

「普通じゃない状況」に

守られていた。


そう考えた瞬間、

喉が渇いた。


「スキル……」


《調整》。


頭の中で、

その文字をなぞる。


数値に出ない。

効果不明。


だが、

ズレを消す。


もし、

本当にそうなら――


俺がいる場所では、

失敗が起きにくい。


逆に言えば、

俺がいなければ、

世界はいつも通りズレる。


「……冗談だろ」


自嘲する。


そんな力が、

人に与えられるはずがない。


だが、

現実は否定してくれなかった。


その夜、

酒場で噂が広がる。


「灰爪で事故が続いてる」

「最近、森の当たり外れが激しい」


誰かが言った。


「運が良かった奴と、

 悪かった奴の差がな」


――違う。


そうじゃない。


運じゃない。


俺は、

何も言わなかった。


ただ、

静かに酒を飲み干す。


自分の中で、

何かが確実に形を持ち始めているのを、

感じながら。


外れスキルだと思っていた力は、

もしかすると――


世界の「失敗」を、

消しているだけなのかもしれない。

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