第7話 手作り弁当と、片想いの包囲網

​「……和馬くん、その購買のメロンパンを今すぐゴミ箱に捨てて。あ、待って、私が代わりに食べて処分するから」

 昼休み。僕が一口食べようとしたパンを、愛良が「汚物を見るような、でもどこか悲しげな目」で差し押さえた。

 

 愛良の目の前には、三段重ねの豪華なお重が広げられている。

「愛良……。これ、一人前の量じゃないよね? 煮物に焼き魚に、なぜかローストビーフまであるんだけど」

​「和馬くんの筋肉量と午後の消費カロリーを計算したら、このくらいは必要かなって。……さあ、あーんして? 拒否したら、和馬くんが幼稚園の時にお漏らしした時の録音データを校内放送で流すから」

​「お前、いつの時代のデータを握ってるんだよ!」

 結局、僕は彼女の膝に頭を乗せられ(膝枕強制)、クラスメイトの刺すような視線を浴びながらローストビーフを口に運ばされることになった。

◇◇◇


​ 放課後、僕は今日こそ早く帰ってゲームをしようと、愛良に黙って裏門から脱出を試みた。    


 しかし、校門を出て角を曲がった瞬間——。

「……和馬くん。裏門から出る確率は87パーセントだって、昨日の歩行パターンから予測済みだよ」

 電柱の陰から、愛良がスッと現れた。

 ホラー映画の演出かと思うくらいのタイミングだ。


 彼女は僕の腕をがっしりと掴むと、自分の胸元に引き寄せる。

「そんなに私から逃げたいの? ……もしかして、他の女の子と待ち合わせ? 誰? クラスの委員長? それとも、さっきすれ違った他校の生徒?」

​「違うって! ただ早く帰ってゲームがしたかっただけだ」

​「ゲーム……。ふーん、そのゲーム、私が全キャラの声を担当して、和馬くんを褒め称える仕様に改造してあげようか?」

​「それ、なんて呪いのソフト?」

​ 帰り道、愛良は僕のシャツの裾をギュッと握ったまま離さない。


 ふと見ると、いつも完璧な彼女の指先に、小さな絆創膏が貼ってあるのに気づいた。

「愛良、その指、どうしたんだ?」

​「……えっ? あ、これは……。お昼のローストビーフ、和馬くんが喜んでくれるかなって思って、ちょっと急いで包丁使っちゃっただけ。全然、痛くないよ」

 そう言って笑う彼女の顔は、ストーカーじみた執着を見せる時とは違う、ただの「恋する女の子」の顔だった。

「……バカだな。無理して怪我までして作るなよ。次は、一緒に作ればいいだろ。そしたら、怪我もしないし」

 僕がそう言うと、愛良の動きがピタリと止まった。

 

 彼女の顔が、耳の先まで一瞬で真っ赤に染まっていく。

「……い、今、一緒にって……それって、実質的な『同棲の提案』だよね!? 和馬くん、ついに私を一生監禁する覚悟が決まったんだね!?」

​「なんでそうなるんだよ! ただの料理の練習だって!」

​「すぐに不動産屋さんに電話して、二人で住める地下室付きの物件を探してくる! 窓は全部防犯格子で固めて……!」

​「話を聞けって!!」

 愛良の暴走は止まらない!

​ 真っ赤な顔をしてスマホを取り出し、本気で物件を検索し始める愛良。

 

 相変わらず重いし、思考は極端だし、一緒にいると寿命が縮まりそうだけど……。

「……でも、まあ。絆創膏、似合ってないぞ」

​ 

 僕は彼女の手を奪い、絆創膏の上からそっと自分の手を重ねた。


 愛良は「ふぇっ……」と変な声を漏らし、その場にしゃがみ込んでしまった。

「和馬くんが……私の、手を……。……これ、一生洗わない。いや、この瞬間を真空パックにして保存したい……」

​「いいから、早く帰るぞ。夕飯は僕が作るから」

 結局、その日の晩ごはんは、愛良に背後からずっと抱きつかれた状態でチャーハンを作る羽目になった。

 

 彼女の愛は、物理的にも、精神的にも、やっぱり計り知れないほど重い。

 

 でも、その重さの理由が「僕を喜ばせたい」という不器用な真心だということを、僕は少しずつ理解し始めていた。




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