第6話 ヤンデレ構築理論

「……愛良、これ、ちょっとやりすぎじゃないかな?」

 僕の切実な訴えに、彼女は「えっ?」と心底不思議そうに首を傾げた。

 

 夕日に照らされた彼女の顔は、狂気というよりは、あまりに純粋で、あまりに重すぎる「乙女心の暴走」そのものだった。

「どうして? 私はただ、和馬くんが『今日の昼休み、隣の席の佐々木さんと3秒以上目が合った気がする……死にたい……』って落ち込んでたから、二度とそんなストレスを感じないようにしてあげてるだけだよ?」

「いや、あれはただの被害妄想だって言ったろ! あと、このデバイス一式、いくらしたんだよ!」

「えへへ、お年玉とお小遣い3年分。和馬くんへの投資だと思えば安いものだよ」

 彼女はスマホを操作し、僕の幸福度グラフを指差した。

「見て、さっきより数値が安定してる。私の手作りスムージー(栄養学に基づいた完全食)が効いてきたんだね」

「それは単に、空腹が満たされて思考停止してるだけだと思う……」

 愛良は僕の肩に頭を預け、幸せそうに目を細めた。


 やってることは完全にハイテク監禁一歩手前なのだが、彼女から漂うのは甘いシャンプーの香りと、僕を好きで好きでたまらないという、隠しきれない「デレ」のオーラだ。

 デジタルな「独占欲」

「あ、そうだ。和馬くんのスマホ、ちょっとだけアップデートしといたから」

「これ以上何をするんだよ」

「和馬くんが『他の女の子』の名前を口にしようとすると、骨伝導イヤホンから爆音の般若心経が流れるようにしておいたよ。これで邪念もバッチリ払えるね!」

「それ、ただの精神修行じゃねーか!」

 愛良は「冗談だよ」と笑いながら、僕の腕をぎゅっと抱きしめた。


 その感触は柔らかく、デバイス越しではない、生身の彼女の熱が伝わってくる。


​「……ねえ、和馬くん。私はね、和馬くんが迷ったり、傷ついたりするのが見てられないの。君の人生の選択肢を全部私が代わりに選んであげれば、君はずっと笑っていられるでしょ?」

 彼女の瞳は真剣だ。本気で「これが究極の献身」だと信じ込んでいる。


 この圧倒的な「重すぎる愛」を、世間ではヤンデレと呼ぶのかもしれないが、僕にとっては……。

「……愛良。気持ちは嬉しいけど、せめて写真は消さないでくれ。あの風景写真、君と一緒にまた行きたいなと思って撮ったやつなんだから」

 僕が少し照れながらそう言うと、愛良の動きがピタりと止まった。



数秒後、僕の胸元のスマホから、聞き慣れないアラート音が鳴り響く。

『警告:愛良の心拍数が急上昇しています。顔面紅潮を確認。緊急冷却が必要です』

「……和馬くんの、バカ」

 愛良は真っ赤になって僕の胸に顔を埋めた。


 スマホの画面には、僕の幸福度を遥かに超える、測定不能なほどの「愛良の好感度グラフ」が、天井を突き抜ける勢いで表示されていた。

​愛のオーバークロック

「……今の言葉、録音したから。毎日寝る前に、和馬くんのイヤホンに最大音量でリピート再生されるようにセットした」

「おい、やめろ! 恥ずかし死ぬわ!」

「ダメ。これは和馬くんが私に与えた『幸せの義務』なんだから」


 ​彼女は僕の手を強く握り、ぐいぐいと歩き出す。


 足首のスマートウォッチは相変わらず震えているけれど、それはもう「鎖」というよりは、彼女と僕を繋ぐ「電子の赤い糸」のように思えてきた……いや、思わされているだけだろうか。

「さあ、帰ったら晩ご飯だよ! 今日は和馬くんの脳が一番欲しがっている成分を分析して、最高のハンバーグを作ってあげるね」


「……普通に『好きだから作った』でいいじゃん」

「それはもう、データにするまでもない前提条件でしょ?」

 夕暮れの街。

 彼女がハッキングして「二人きり」にしたはずのルートには、なぜか近所の犬が迷い込んでいた。

「あ、ワンちゃんだ。可愛いな……」

「……和馬くん、今、あの犬(メス)を見たね? 0.3秒以上。はい、罰として今夜は添い寝決定!」

「どんな論理だよ!」


 ​僕の放課後は、これからも彼女の高性能なデバイスと、それ以上に制御不能な愛情に振り回され続けることになりそうだ。




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