第5話 愛良の愛した、和馬くんの全データ
放課後、校舎裏のベンチに座らされた僕の耳元には、愛良が特注したという骨伝導ワイヤレスイヤホンが装着されていた。
「さあ、復習の時間だよ、和馬くん」
彼女は僕の膝の上に座り、至近距離から僕の瞳を覗き込む。
彼女のスマホ画面が点滅するたびに、僕のイヤホンから彼女の声が甘く、暴力的なまでの鮮明さで響いた。
「今日の数学、第三節の公式……覚えてる? 答えられないなら、罰として和馬くんのスマホに保存されている『私以外の写真』を、一枚ずつ消去していっちゃうからね」
「……やめてくれ、愛良。あれはただの風景写真だ」
「風景? 違うよ。その風景の隅っこに、知らない女子の制服が写り込んでた。0.01パーセントのノイズも、私と和馬くんの世界には必要ないの」
愛良の指が画面をスワイプする。
僕が抵抗しようと立ち上がろうとした瞬間、
ポケットの中のスマホが強烈なバイブレーションを起こした。
「無駄だよ。和馬くんの心拍数が上がると、スマホが緊急事態と判断して、君に『鎮静プログラム』を送るように設定してあるんだから」
心臓の鼓動に合わせて、スマホから微弱な低周波が流れる。まるで彼女の手に心臓を直接握られているような錯覚に陥り、僕は力なくベンチに崩れ落ちた。
「……ねえ、和馬くん。どうしてそんなに絶望した顔をするの?」
愛良は僕の頬を両手で包み込み、うっとりとした表情で囁いた。
「これからは、お腹が空く前に私が最適なカロリーの食事を発注してあげる。眠くなる前に、私が最高に心地よい入眠プロトコルを起動してあげる。君が何を選択するか迷って、脳を無駄に消耗させる必要なんてないんだよ」
彼女は自分のスマホを僕の胸元に押し当てた。
画面には、僕の視神経、心拍、血中酸素濃度、そして「幸福度」とラベル付けされたグラフがリアルタイムで表示されている。
「見て。今、和馬くんの幸福度が少しだけ上がったよ。私に触れられて、脳が快楽物質を出してる。嘘はつけないんだよ? デバイスは心よりも正直なんだから」
夕暮れのチャイムが鳴り響く。しかし、その音さえも僕のイヤホンの中では愛良の歌声に変換されていた。
「さあ、一緒に帰ろう? 大丈夫、帰り道の街頭防犯カメラも全部ハッキングして、私たちが
『二人きり』で歩けるルートを計算済みだから。他の誰の視線も、君には触れさせない」
僕は、彼女の手に引かれるまま歩き出した。
僕の足首にあるスマートウォッチが、一定の間隔で小さく震える。それはまるで、見えない鎖が僕の自由を、一歩ごとに電子の海へと引きずり込んでいく合図のようだった。
「愛良……僕は、いつかここから出られるのかな」
「何言ってるの?」
彼女は振り返り、夕日に照らされた完璧な、そして底知れない笑顔を浮かべた。
「和馬くんは、もう『ここ』にしか存在していないんだよ。私のネットワークという、永遠に壊れない愛の中にね」
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