第4話 圏外のない愛
翌朝、目が覚めて一番に視界に入ったのは、天井ではなく僕の顔を覗き込む愛良の笑顔だった。
「おはよう、和馬くん! 昨日の夜はよく眠れた? 心拍データが少し乱れてたから、心配でずっとモニターしてたんだよ」
なぜ彼女が僕の部屋にいるのか、という疑問はすぐに氷解した。
僕のスマホ――今は「愛良専用端末」と化した機械――が、部屋のスマートロックと勝手に同期し、彼女を「マスターユーザー」として迎え入れたのだ。
「……愛良、これ、僕のプライバシーはどこに行ったのかな?」
「何言ってるの? 私と和馬くんの間に、隠しファイルなんて必要ないでしょ?」
彼女は僕の枕元にあるスマホを手に取った。
画面には、僕が寝ている間に実行された『
「昨日の夜、和馬くんの脳波に合わせて、一番リラックスできる音楽を自動生成して流しておいたよ。あとね、和馬くんのSNSアカウント、全部削除しておいたから」
「えっ……!? 待って、あれには中学の友達とか、親戚との連絡先も……」
僕が飛び起きると、愛良は「しっ」と人差し指を僕の唇に当てた。
「大丈夫。和馬くんの人間関係、全部『愛良』に置換しておいたから。親戚の人には『スマホが壊れたから、今後はこの連絡先に送って』って私の番号を伝えてあるよ。和馬くんへのメッセージは、私が全部検閲……じゃなくて、愛のフィルターで読みやすくして伝えてあげる」
◇◇◇
登校中も、僕のスマホは常に振動していた。
歩くたびに、加速度センサーが反応して『和馬くん、今、右側にいた女子の方を見たでしょ? 0.5秒以上視線を固定したから、罰として壁紙を私の怒り顔に変えるね』と通知が来る。
教室に着くと、さらに地獄が待っていた。
「和馬くん、ノート取らなくていいよ」
授業中、愛良は僕の隣の席(強引に入れ替えさせたらしい)で、僕の手を机の下で握りしめながら言った。
「私のスマホと和馬くんの
「……耳元で囁くって、そういう意味?」
「そう。和馬くんがテスト中に私の声を思い出して、私のことしか考えられなくなるように……ね?」
昼休み。僕は隙を見て、学校の公衆電話から親に電話をかけようとした。
しかし、受話器を耳に当てた瞬間、聞こえてきたのは呼び出し音ではなく――愛良の声だった。
『……和馬くん、受話器を持つ手が震えてるよ?』
「なっ、なんで……公衆電話だぞ!?」
『学校中の電子機器、私のデバイスとペアリング済みだもん。和馬くんが「外」に繋がろうとする電波は、全部私に収束するようにできてるんだよ』
背後を振り向くと、校舎の二階の窓から、僕を見下ろして手を振る愛良の姿があった。
彼女の手には、僕のすべてを掌握したあの白いスマホが握られている。
『和馬くんの世界には、私以外の知性も、私以外の声も、私以外の電波も、もう届かないの。……さあ、そこにある受話器を置いて?
私、今すぐ君を抱きしめに行きたくなっちゃった』
僕は震える手で受話器を置いた。
スマホの中だけでなく、この空気の中を飛び交う目に見えない信号までもが、彼女という巨大な「愛の監獄」の一部になってしまったことを、僕は痛感していた。
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