第3話 君のスマホに、私以外の知性は必要ないよね?

 ある日の休み時間。

 僕は愛良に「新作のスイーツを買いに行こう」と校門まで連れ出され、その隙にスマホを預けさせられていた。


 「歩きスマホは危ないから」という、もっともらしい彼女の言葉を信じたのが運の尽きだった。

 数分後、戻ってきたスマホを受け取ると、画面が……真っ白だった。

「……ねえ、愛良。僕のホーム画面、アプリが三つしかないんだけど」


「うん! 『電話(私専用)』と『メッセージ(私専用)』、それと『愛良の現在地追跡アプリ』。これだけで十分でしょ?」

 愛良は満足げに、自分のスマホと僕のスマホを並べて見せた。

「待って。計算機は? カレンダーは? 英語辞書アプリは?」

「全部消したよ。だって、計算が必要なら私が暗算するし、スケジュール管理も私が完璧にやってあげる。和馬くんが英語で困ったら、私が耳元で翻訳してあげるから」

​「……計算機アプリに、どんな不審な点があったっていうんだよ」

 僕が絶望しながら問うと、愛良は一転、氷のように冷たい無表情で僕を見つめた。


​「……和馬くん、甘いよ。計算機アプリの履歴を見たんだ」

「履歴?」

「昨日、君は『1080÷ 3』って打ち込んだでしょ? あれ、放課後に女子二人と和馬くんで行ったカフェの割り勘計算だよね?」

​「……っ!」

 心臓が跳ねた。確かに、図書委員の打ち上げで寄ったカフェの会計だ。

「私以外の女の子と、数字を共有するなんて……。それに、標準の計算機アプリには、隠しフォルダを作れる偽装機能付きのものもあるって聞いたから。念のために、デバイス内の全バイナリをスキャンして、『私に関係のないデータ』は全部デリートしておいたよ」

​「僕の思い出(写真データ)まで消してないだろうな……」

「安心して。和馬くんが一人で写ってる写真は、私の顔を合成して『ツーショット』に書き換えておいたから」

 もはやハッキングというレベルではない。魔改造だ。

​ 僕は頭を抱えながら、唯一残されたメッセージアプリを開いた。


 すると、設定も勝手に変えられていることに気づく。

「……これ、僕が文字を打とうとすると、予測変換が全部『愛良』になるんだけど」

「あ、気づいた? 和馬くんが他の誰かにメッセージを送ろうとしても、指が勝手に私の名前を刻んじゃう呪い……じゃなくて、愛のパッチを当てておいたの」

​試しに「お腹空いた」と打とうとすると、「愛良(おなか)愛良(すいた)」と変換される。

もはや言語として成立していない。

「和馬くん、そんなに困った顔しないで? これで和馬くんの世界は、もっとシンプルで、もっと私色になったんだよ」

 愛良は僕の手からスマホを取り上げると、僕の手のひらに自分の手を重ねた。

「機械に頼らなくても、私が全部教えてあげる。和馬くんの心拍数が上がったら私がなだめるし、和馬くんが道に迷ったら私が抱きしめてあげる」

 彼女の笑顔は、完璧なほどに美しい。

 でも、その背後には「物理的な隔離」の次に「精神的な情報の隔離」を完了させた、ヤンデレとしての深い達成感が透けて見えていた。

「……とりあえず、明日の小テストのために計算機だけは返してくれないかな」

「ダメ。私が和馬くんの隣に座って、答えを全部囁いてあげるから。……カンニングで捕まって退学になったら、二十四時間ずっと一緒にいられるね?」

​「……その計画、今すぐデリートしてくれ」

 僕の日常は、電子の海でも彼女の手のひらの上から逃げられないようだった。

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