VTuberの裏事情
キヨシタカシ
VTuberの裏事情
「さあ始まりました『俺の部屋』。今日はなんとね、俺が今すごくハマっているVtuberの、未来みくるちゃんに来ていただきました!」
「どうも、未来みくるです。よろしくお願いします」
「さっきもちらっと言ったけど、実は今すっごくハマってるんだよ」
「そうなんですか? ありがとうございます!」
「それで、早速色々とお話をしていきたんだけど、その前に一つ確認しておきたくて」
「はいはい。なんでしょう」
「俺は今こうやってみくるちゃんと話してるけど、これは別に録画とか録音したのを流してるんじゃなくて、リアルタイムで僕と話してるんだよね?」
***
Vtuberになろうと思ったきっかけは、大した理由じゃなかった。
人前に立つと緊張して何もできなくなるようなほどの人見知り。とても会社に就職して同じ部署の人と何かをする、あるいはお客さんと対面して、だなんてもってのほかだ。
だから、誰とも対面することなく動画を配信するだけのその職業は私にとっては天職みたいなものだと感じた。
動画を配信するだけ、というのは失礼な言い方ではあるが、当時の私はそう思っていた。
人と対面しなくて済む職業は探せばいくらでもあるだろうが、身近にあってイメージがしやすいという理由で、動画配信者、もといVtuberを選んだ。
「番組の出演依頼かあ……」
マネージャーから届いていたメールを確認して呟いた。
地道にコツコツ頑張っていたら、運よくとある動画がバズり、事務所に声をかけられた。
当時はその日その日の食事さえもままならないような状況だった。
大学までは卒業したが、会社の面接を通過して就職なんて無理。親の大反対を押し切ってVtuberなんてものを選んだから、親を頼ることもできない。
だから、本当に運が良かったのだ。
Vtuberとしてのイラストは自分で何とか描いた。
小さい頃から絵を描くのが趣味で良かった。
イラストレーターとして食べていく道も一度考えたが、所詮趣味程度にしてきたもの。お金を稼ぐ手段に昇華させるのは無理と感じた。
「Vtuberという職業を深掘りするための番組ねえ」
簡単に言えば、質問に答えていくだけの作業だ。
インタビュアーは、かなり有名な芸能人だった。この番組も、その芸能人が司会を務める番組で、人気も高い。
こんな番組の出演依頼が入ってくるなんて、昔の自分からすれば信じられないだろう。
しかし内容が気になる。
Vtuberという職業を深掘りするという趣旨ならば、私がしている行為は普通のVtuberとはかなり色が異なってくるはずだ。
それをマネージャーが知らないはずはない。
『司会者があなたのファンのようで、是非是非とのことです。』
メールに書かれている一文。
私が選ばれた理由はこれか。
だとしたら、この人が知りたいのはVtuberではなく、私個人。
いや、『私』ではなく、『Vtuberとしての私』、というわけか。
うーん、と考えていると、モニターから明るい女の子の声が聞こえてきた。
『はーい、じゃあ今日も生配信やっていきまーす!』
何ともまあ可愛らしい顔をした美少女が、その画面には映っていた。
名前は未来みくると言う。
元々は私が描いたイラストだった。事務所に所属した際に、プロのイラストレーターによって私の体は見違えるほど可愛くなって帰ってきた。
ふんわりとした髪。大きくキラキラした瞳。実際に生きている私よりも生気を感じる顔。
見た目は私とは程遠いのに、声だけは私と全く同じなのだから、何だか不思議な気分になってくる。
話題のゲームをプレイしながら、たまにコメントを読み上げてそれに返事をしていく。
本人である私がここにいるのに、Vtuberとしての私は画面の中で、生配信と言ってゲーム実況を行なっている。
外側は一緒だが、中身が違うなんてことはない。このVtuberの中身は私だ。
だったらこの矛盾は何か。
「……今回もうまくいっているようで良かった」
私は、生配信と称して、ただ録画を垂れ流しているだけなのだ。
***
結局のところ、私は画面越しであろうと緊張してまともに話せなかったのだ。
動画配信者としてデビューする前に、SNSのフォロワーを増やした。
誰かに見てもらわなければ広告収入は入らない。
現実で友達なんていないに等しいのに、どうやってフォロワーなんて増やせばいいんだと思ったが、案外そこはすんなりといけてしまった。
現実ではろくに話せないくせに、SNSで文字の発信となれば自分はここまで流暢になるのかと驚いたものだ。
フォロワーのみんなとSNS上で仲良くなり、ゲーム実況の動画を上げると呟いた。
期待のリプライをたくさんもらい、これでもう後には引けない。
今まで使ってこなかったお小遣いを叩いて購入した配信機器。
最初からVtuberとしてデビューはしない。
まだイラストもなければ、その方法も知らなかったというのもあるし、何より本当に自分が実況なんてできるのかが不安だった。
しかし私は、それが杞憂だったことを知る。
ゲーム実況の動画を撮っている時も、普段の自分とは思えないほど明るく元気に話すことができていた。
私は誰かに見られていなければ、ここまで話すことができるのか。
そう気づいた時は流石に嬉しかったものだ。今まで感じていた自分の最大の欠点を自分で否定することができたのだから。
初めてあげた実況動画は、ギリギリ三桁に行くくらいの再生回数になった。多分多い方。
そこからコツコツ頑張って、広告収入を得られるくらいにまで登録者と視聴回数を集めることができた。
それを機に、初めて生配信をすることにした。この時もまだ声だけの配信。
しかしそこで事件が起こった。
「…………あ、え、えと……。……あ、れ……?」
私はどうやら生配信で、画面越しに誰かに見られていると感じて何も言えなくなってしまったようだ。
あの時の気持ち悪いくらいに速くなった心臓の鼓動は今でも覚えている。
卒論の発表でもここまで酷くはなかった。
実況動画を撮るくらいなら余裕で、まるで別人のように話せるのに、配信となればそこにいるのはいつもの私になっていた。
初めての生配信は、ものの2分で終わった。せっかく見にきてくれた視聴者には、マイクが壊れて音がうまく拾えないからと言い訳したのを覚えている。
ありがたいことに、実況動画で見せる私とその時の私の声の明るさも話し方も違いすぎたため、信じてもらえた。
「……嘘でしょ」
これは良くない。
流石に焦った。
別に生配信をすることにこだわらなくてもいいだろう。そういう動画投稿者だっている。
しかしそれは普通の動画投稿者の話。
Vtuberを目標とするのなら、生配信は必須じゃないだろうか。
考えに考えて行き着いた先が、録画の垂れ流しである。
実況動画を撮って、それを生放送の時にただただ流す。
そうすれば、私は話さなくていい。話してくれるのは録画した時の私になるから。
とはいえそれは重要な問題を含んでいる。
生配信の一番の利点である、視聴者とのやりとりができない。
コメントを読むことで配信者とコミュニケーションをとることができるというのが生配信の醍醐味なはずだ。
それが、録画の垂れ流しではできない。
コメントを一切読まないという人ももちろんいるだろう。
しかし私の最終目標はVtuber。
バーチャルの皮をかぶり、ファンと接するのだ。
登録者が数万人いて、生配信でコメントが滝のように流れるというのならば、コメントにいちいち反応するということができなくても仕方ないと思われるだろう。
しかしスーパーチャット、いわゆる投げ銭というシステムがそれを許さない。
『コメントを読んでもらう』という行為に課金をすることで、そのコメントには色がつき、課金の金額に応じてそのコメントは一定時間そこに残る。
さすがに反応してあげないわけにはいかない。
そもそも大した登録者もいないのだ。コメントを無視できるほど偉くもなければ、こんな私とコメントを通じて接してくれている。その気持ちに応えたかった。
どうにかして、録画の垂れ流しでもいいからコメントに応える方法はないだろうか?
そこでさらに行き着いたのが、コメントの予測だった。
***
生配信をしている録画の私は、可愛らしいミスをする。
本来なら避けられた敵キャラからの攻撃に当たってしまったのだ。
それに対してコメントは、『可愛い』だの、『やると思った』、あとは私のプレイに対する指示コメントが上がる。
録画の私は、その指示コメントを拾い上げた。
『「それくらいジャンプして避けろ」……? わかってる! わかってるんだけど、咄嗟にやるって難しくない?』
何度も言うが、これは私が録画を垂れ流しているだけで、実際にコメントに反応しているわけじゃない。
私はこの動画を撮影するとき、虚空に向かって話をしたのだ。
動画は過去のもので。
コメントは現在のもの。
私はゲームをわざとミスしたりすることで、コメントを誘導したのだ。
漫才で例えるなら、ツッコミ待ちというやつだ。
こういうふうに失敗すれば、こんなコメントが来る。だったらこう返せばいい。
私のこの生配信はそれの積み重ねで成り立っている。
色々な生配信やアーカイブを見て研究した成果である。
そんな私のファンというのが、今回オファーがあった番組の司会者。
おそらくスタジオに大きいモニターを用意して、別室からそのモニターに映るVtuberとしての私を介しての対談、という感じだろう。
もちろんできる気はしない。
私と司会者の間に何があろうが、私は話すことができないに決まっている。
マネージャーもそれをわかっているはずだ。それなのにわざわざこの話を持ってきたということは、会社的に出て欲しいのだろう。
質問の内容はあらかじめ決まっているらしい。
それを中心にトークが進んでいくというものだが、しかしそれはあくまで台本。こういったものにはアドリブというものがあるはずだ。
いつもの配信ならば、私は動きを誘導する側だったが、今回はそうじゃない。
あちらのアドリブに対応する必要性が出てくる。
突然の知らない質問。
送られてきている質問通りに質問されるという確実性もない。
「スパチャよりも厄介……」
スパチャは最悪スルーしてもいい。送ってきた人には申し訳ないが、別に無視されても違和感はないのだ。
だが、現実世界の、それも一対一の対面による話の無視は大問題だ。
会話の主導権をこちらが握るのも難しい。
普通の会話ならばそれは可能だろう。しかし相手は司会者。相手がこの話は終わりと言えば終わる。話題を無理やり変える力はあちらが持っている。
台本どおりにいくという前提ならば、予測を立てられる。その自信があった。
「……そろそろ潮時かなあ」
私はあることを相談するべく、マネージャーにメールを送る。
しばらくしたら返事は返ってきた。
メールにはただ一言。
『頑張ってみます』
頑張ってみてください。そうじゃないと私は番組に出られません。
元々出たくはないが、お世話になっている事務所のためだ。仕方ない。
『それじゃあそろそろ終わろうか。またねー』
生配信、もとい録画垂れ流し配信はいつの間にか終わりを迎えていた。
『あ、そうそう。近々有名な番組に出るかもしれないから、情報チェックしておいてね!』
今度こそまたね、という言葉を最後に、生配信は終わった。
「流石に予測が上手く行きすぎたな……」
この録画、撮影したのは2週間前。
当然、今回の番組の話など出ているわけもなく。我ながら予測の精度が高くてびっくりだ。
***
オチを話してしまうと、私がマネージャーに頼んだのは、私が録画を垂れ流しにしていることを番組内で話していいか、だった。
そもそも番組の趣旨が、『Vtuberについて知る』というものだった。
私という個人がどれだけ普通と離れているかはすでにマネージャーも、事務所側もわかっているだろう。
それなのにこんな番組の出演オファーが来たということは、今まで誰にもバレなかったということの証明だ。
だったらもう十分だろう。なんたって、事務所に所属してからもう三年経っている。
それに、普通に質問に答えるよりもここでバラしたほうがインパクトは与えられる。
加えて、私がバラす前に視聴者たちにバレてしまうことの方がリスクは大きい。だったら先手を打ってここでバラすべきだ。
番組の方には、内容を変えてもらうように頼んだ。
私の秘密をバラすというネタの大きさ、司会者が私のファンということもあり、オーケーしてもらった。
マネージャーと番組の方には頭が上がらない。
あちらが用意した台本も質問もない。司会者としては私のこの録画の垂れ流しという秘密に絞って話題を振るしかなくなる。
だったら会話の予測など簡単だ。主導権は私が握れる。
とはいえ問題はそのあとだ。
秘密がバレた。さて、私への評価はどうなるのか。
私には予測ができなかった。
***
「さあ始まりました『俺の部屋』。今日はなんとね、俺が今すごくハマっているVtuberの、未来みくるちゃんに来ていただきました!」
「どうも、未来みくるです。よろしくお願いします」
「さっきもちらっと言ったけど、実は今すっごくハマってるんだよ」
「そうなんですか? ありがとうございます!」
「それで、早速色々とお話をしていきたんだけど、その前に一つ確認しておきたくて」
「はいはい。なんでしょう」
「俺は今こうやってみくるちゃんと話してるけど、これは別に録画とか録音したのを流してるんじゃなくて、リアルタイムで僕と話してるんだよね?」
「まあ普通のVtuberはそうかもしれませんが、私のは全部録画・録音ですね~」
「あーやっぱそうなん……え?」
「だから、今こうやって話してるのは、全部録画ですって」
「……えーっと、ちょっと言ってることがわからなくて」
「私、職業柄生放送とかするんですけど、結局誰かに見られてるわけじゃないですか」
「画面越しにってことだよね?」
「そうですそうです。で、それを意識しちゃうとすごく緊張して喋れなくなるんですよ。だから、どんなコメントくるのかを先に予想して動画を撮っちゃえばいいんだと思って」
「え、じゃああなたは今どこにいるの?」
「家でくつろいでますよ。この番組の後に生配信するから見てくださーい」
「生配信? 録画なのに?」
「録画したのを生配信で垂れ流すんですよ。大体2時間ほど」
「「本当にそんなことができるの?」」
「ってセリフが被った!」
「被せました」
「凄すぎじゃない?」
「ありがとうございます」
「俺が何をいってどんなリアクションをするのかも予測して録画してるってことだもんね」
「はい」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「「ここでわざと黙るってことも予測してたってこと?」」
「「えええええええ!?」」
「「嘘でしょ!?」」
「「生麦生米生卵」」
「すげええええ!」
「ありがとうございます」
「本当に予測して喋ってるんだね」
「ところでなんですけど、録画じゃない生配信、見たいと思いませんか?」
「え、すごく見たい!」
「さっき言っていた生配信。これ、録画じゃないです。私がちゃんとリアルタイムで喋る、生配信です」
「本当に? 緊張するから喋れないんじゃないの?」
「はい。正直って、喋れる自信はないです。でも、ちょっと頑張ってみようと思いまして。よかったら応援して下さい!」
「するする! めっちゃ応援する!」
「というわけでみなさん、このあとの生配信、見てねー!」
***
放送が終わった。
SNSで反応を見ていたが、当然のようにみんな驚いている。
ここまでは予測通り。あとはこの驚きをいい方向へ持っていくだけ。
私は今、あの最悪な生配信デビュー以来数年ぶりに、生身でマイクの前に座っている。
不安はもちろんある。いや、不安しかない。
ネタバラシをすると言うことで、マネージャー相手に会話の練習はした。少しくらいは話せるようになった……と思う。
自分で言っておいてなんだが、本当は今からでもやっぱりやめますと言いたい。
しかしさっきの番組であんなことを言った手前、もう後には引けない。この生配信に集まるのは私がさっき言っていたことが本当かどうかの判断。興味本位。荒らしも少しはいるだろう。
緊張に震える指は、配信開始のボタンを押す勇気がない。
そんな時、ピロン、と1通のメールが届く。
マネージャーかと思ったが、そこに書かれている差出人は『未来みくる』の名前があった。
中にはほんの数秒のボイスメッセージ。
そこで記憶が蘇る。
初めての生配信に失敗して、録画を垂れ流そうと決意した日。
そして同時に、いつか必ず録画であることをバラす日が来た時の自分に向けて、メールの送信予約をしていたのだ。
ボイスメッセージの再生ボタンを押すと同時に、私も口を開いた。
『頑張れ私』「頑張れ私」
耳に聞こえてきたのは明るい声と、今にも不安で押しつぶされそうな声。
数秒間目を瞑る。
「……頑張れ私」
もう一度呟いたその声に、不安はなかった。
配信開始のボタンを押した。
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