第6話 それでも守りたい
その日は、最初から嫌な予感がしていた。
頭が重い。
視界が、わずかに遅れる。
ラグい。
(……かつてないラグ…ズレ過ぎだ)
神崎大河は、自分の中で何かが限界に近づいているのを感じていた。
◇
放課後。
佐藤たちが玄関で待っていた。
「なあ神崎」
佐藤の声が、やけに低い。
「お前さ、最近調子乗ってんだよ」
「調子狂うっていうかさぁ」
「何かの実、食ったんじゃねーの?」
中嶋と山村が、無言で左右を塞ぐ。
(……使うな、飛ぶな…)
そう思った瞬間。
山村の後ろから、誰かが駆けてくる。
「神崎くん!」
その声を聞いた瞬間、胸が締めつけられる。
(来るな――!)
佐藤が振り返り、舌打ちする。
「チッ、またかよあの男みてぇな女!」
(……名前)
必死に探す。
(あの人の……名前は……)
見つからない。
佐藤が腕を振り上げた、その瞬間。
フラッシュバック。
「――っ!」
最大のズレが起きた。
大河は、三秒前に戻った……はずだった。
だが。
「……ここ、どこだ?」
位置が、二歩分、ズレている。
本来戻るはずの地点から、さらに後ろ。
(……ズレ幅が、広がってる?)
思考が追いつく前に、体が動いた。
(危ない)
理由も、名前も、関係ない。
大河は、前に飛び出した。
「――っ!」
肩に、衝撃。
佐藤の拳が、自分の背中をかすめる。
だが、その先。
彼女は、無事だった。
「……え?」
彼女が、目を見開く。
「神崎……くん?」
その呼び方だけで、心臓が跳ねる。
(……誰だ…っけ)
わからない。
顔は知っている。
声も、仕草も、好きだという感情も。
でも――名前だけが、ない。
「大丈夫?」
口が、勝手に動く。
(……守れた)
それだけで、胸が満たされる。
佐藤たちが、気味悪そうに後ずさる。
「……なんだよ、今の」
「位置、変じゃなかったか?」
「やっぱりおかしい……帰るぞ」
三人は逃げるように去っていった。
校舎裏に、二人きり。
沈黙。
彼女が、静かに口を開く。
「……覚悟は、してたんだ」
「……え?」
「名前、もう危ないって」
彼女は、微笑んだ。
「ついに、来たんだね…」
胸が痛む。
(……謝らなきゃ)
でも、何を?
「……ごめん」
それしか言えなかった。
彼女は、一歩前に出る。
「ねえ」
「……」
「今の私、誰かわからないよね」
頷くしかない。
「でもさ」
彼女は、胸に手を当てて言った。
「それでも、体が先に私を守ってくれた」
大河は、ハッとする。
(……確かに)
考える前に、動いていた。
「それってさ」
彼女は、少し照れた笑顔で続ける。
「もう、好きとか名前とか、超えてない?」
「どゆこと??」
理屈が、完全に追いつかない。
でも。
(……そうかもしれない)
彼女は、深呼吸して、言った。
「忘れられてもいい」
その言葉に、心臓が強く打つ。
「名前も、思い出も、理由も」
一歩、近づく。
「それでも」
真っ直ぐ、見つめてくる。
「私が、あなたを好きな事実だけは、消えない」
嬉しいのに悲しい、そして喉の奥が熱くなる。
(……名前)
必死に探す。
(言いたい)
(呼びたい)
でも、見つからない。
彼女は、少し笑って言った。
「今は、呼ばなくていいよ」
「……」
「代わりに」
そっと、胸に手を置く。
「ここが覚えてるでしょ」
確かに、胸がうるさい。
「……うん」
それだけで、精一杯だった。
神崎大河――あだ名はタイガー。
強そうに呼ばれるけれど、何一つ守れない。
三秒ズレる力は、
ついに「彼女の名前」というアンカーを奪った。
それでも。
守る体。
惹かれる心。
「……俺さ」
声が、震える。
「誰かわからなくても」
一歩、踏み出す。
「……一緒にいたい」
彼女は、泣きそうな笑顔で頷いた。
「それで十分だよ」
ラブコメは、
記憶を超えた場所まで、来てしまった。
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