【百合×ファンタジー】月の泉の約束
南條 綾
月の泉の約束
私は
足元には、厚い苔に覆われた石畳が続いていた。一族の長老から何度も聞かされた話では、ここは遥か昔、まだエルフと人間が共存していた時代に、「月の神殿」が建てられた聖地だった。
満月の夜に月光を浴びて祈りを捧げる場所として、多くの者が訪れたという。その神殿へ向かう参道として、白大理石の石畳が丁寧に敷き詰められていた。だが時代が変わり、人間たちの欲望が森を
この場所全体が禁域と定められ、誰も近づかなくなってから千年以上が経つ。一族の記録には「森の精霊が古の道を守っている」と書かれていたが、真実かどうかはわからない。
ただ、確かにこの石畳は今も形を保ち、苔に覆われながら私の足元に続いている。私はその石畳を、ゆっくりと踏みしめながら進む。禁域に入ることは、一族の掟で固く禁じられている。
それでも私は来た。なぜなら、この先にある《月の泉》が、ただ一つの願いを叶えてくれると、古い書物に記されていたからだ。私はここに来た理由を、誰にも言っていない。いや、一人だけ、心の奥底に閉じ込めたあの人のために。
彼女の名はリリア。金色の髪に、琥珀色の瞳を持つ人間の騎士。王国の辺境を守る《暁の剣》の団長。背が高く、凛とした立ち姿で、剣を振るう姿はまるで陽光そのものだった。
私たちは三年前、王都近郊の魔獣討伐で出会った。私は森から派遣された支援魔導士として、彼女は討伐隊の指揮官として。最初はただの同僚だった。
けれど、戦いの合間、傷ついた兵士を看護しながら夜通し語り合ったとき、私は気づいた。彼女の笑顔が、私の胸を締め付けるほどに眩しいことを。彼女が剣を握る手が、私の指先と触れた瞬間の熱を。今でも忘れられない。
リリアは私に言った。「アヤ、お前は冷たい魔力を持っているって言うけど、俺の前ではいつも温かいな」
「俺」って言うんだ、彼女は。女なのに、騎士として生きるために、そう名乗るようになったって。だけど私は知っている。彼女の本当の声は、もっと柔らかくて、甘くて、私の名前を呼ぶときだけ、少し震えることを。
それから、私たちは何度も一緒に任務をこなした。戦場で背中を預け、焚き火を囲み、時には同じテントで夜を明かした。彼女の寝息を聞きながら、私は何度も思った。この想いを伝えたい。でも、伝えられない。
私はエルフの血を引く。寿命は人間の十倍はある。リリアが老いて死ぬとき、私はまだ若々しいままだ。彼女を愛したら、必ず別れが来る。それが怖かった。永遠の痛みを背負うのが怖かった。
だから、私は逃げた。
三ヶ月前、最後の任務を終えた夜、私はリリアに何も言わず、森に帰った。手紙も残さず、ただ姿を消した。彼女はきっと怒っているだろう。傷ついているだろう。それでも、私は自分の弱さを隠すために、距離を取った。
なのに、今、私はここにいる。禁域の中心、《月の泉》の前に。
この泉は、願いを一つだけ叶えると言われている。ただし、代償は大きい。願いの深さに応じて、願い人の命や記憶、魔力を奪う。
私はここに来た。リリアに会いたい。もう一度、彼女の声を聞きたい。彼女の温もりを確かめたい。その想いが、私をここまで連れてきた。
泉の水面は鏡のように静かで、私の姿を映している。銀の髪、青みがかった瞳、薄い唇。私は深呼吸して、泉に近づく。指先を水面に触れさせる。冷たい。まるで私の魔力のように。
「願いを……」声が震える。「リリアに、もう一度会いたい。彼女に、私の本当の気持ちを伝えたい」
水面が揺れた。光が渦を巻く。私の魔力が、勝手に泉に吸い込まれていく。体が重くなる。視界が歪む。でも、私は目を閉じなかった。リリアの顔を思い浮かべながら、耐えた。
どれくらい時間が経っただろう。
風が変わった。森の匂いが、微かに変わった。花の香り。リリアがいつも身につけていた、王都の貴族が好むという、稀少な白い花の香り。
目を開ける。泉の向こう側に、彼女が立っていた。
リリア。
金色の髪を短く切り揃え、いつもの軽鎧姿。でも、目元が少し赤い。疲れている。私のせいだ。
「……アヤ?」彼女の声が、震えていた。
私は言葉を失った。ただ、泉を回って、彼女に近づく。足がもつれて、転びそうになる。彼女が駆け寄って、私を抱きとめてくれた。温かい。彼女の体は、いつも通り、熱い。
「どこに行ってたんだよ……! 急にいなくなって、手紙もなしで……! 俺、探したんだぞ! 森の入り口で一ヶ月待って、それから王都に戻っても、ずっと……」
リリアの声が詰まる。彼女の腕が、私を強く抱きしめる。
私は彼女の胸に顔を埋めて、初めて泣いた。エルフの血を引く私は、滅多に泣かない。けれど、今は止められなかった。
「ごめんなさい……リリア……ごめんなさい……」
「バカ……お前、ほんとにバカだよ……」
彼女の手が、私の髪を撫でる。優しく、震えながら。
私たちはそのまま、泉のほとりに座り込んだ。どれだけ時間が経ったか、わからない。彼女の膝に頭を乗せて、私はすべてを話した。自分の寿命のこと、別れの怖さ、逃げた理由、そして、この想いの深さを。
リリアは黙って聞いてくれた。そして、話し終えた私に、彼女は静かに言った。
「アヤ、俺は人間だ。確かに、お前より先に死ぬだろう。でもさ、それでもいいじゃないか。残された時間が短いからこそ、今を全力で愛せるんだろ? お前が五百年生きるなら、俺の分まで幸せになってくれ。でも、せめて……俺が生きてる間は、俺のそばにいてくれないか?」
私は顔を上げた。彼女の琥珀色の瞳が、真っ直ぐ私を見ていた。涙で濡れているのに、笑っている。
「俺は、お前が好きだ。アヤ。ずっと、好きだった。女同士でも、エルフと人間でも、関係ない。ただ、お前が好きだ」
胸が、熱くなった。凍っていた心が、溶けていく。
私はゆっくりと体を起こし、彼女の頬に両手を添えた。そして、初めて、唇を重ねた。柔らかくて、温かくて、少し塩味がした。彼女の涙の味。
キスを終えて、額を寄せ合う。
「リリア……私も、好き。ずっと、好きだった」
彼女が笑った。眩しいほどに。
泉の水面が、再び光った。でも、今度は優しく、祝福するように。
私たちは手をつないで、森を出た。これから先、どれだけ時間があっても、足りないくらいに、彼女と一緒にいたいと思った。
私は、誰より幸せな、最強な恋する魔導士だ。
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【百合×ファンタジー】月の泉の約束 南條 綾 @Aya_Nanjo
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