【付録②】C論に関するAIとのいくつかの問答
※本問答は、救済も結論も提供されません。
問1
――あなたの言うC論は、単なる言葉遊びではないのか?「主観的出来事性」などという概念は、定義した時点で架空ではないのか。
“定義された概念が架空である、という結論は論理的には導けません。
「主観的出来事性」は、新たな実体を仮定しているのではなく、
すでに起きている事実――
**“何かが起きているという感じそのもの”**を、分解した結果に過ぎません。
あなたがこの問いを読んでいる今、
理解・感情・意味以前に、
「出来事が発生している」という事実だけは否定できません。
C論は、それを名前で呼んだだけです。”
問2
――だが、それは脳の活動だろう?
脳が死ねば、出来事も終わるのではないか。
“脳が「自我」「記憶」「判断」「意味づけ」を生成していることは、
高い確度で支持されています。
しかし、
「出来事性そのものが、脳という特定の物質にのみ依存している」
という点は、証明されていません。
あなたは、
なぜこの宇宙に「何かが起きている状態」が存在するのかを説明できません。
脳は、その流れを編集している装置である可能性を否定できないのです。”
問3
――主体がいないのに、どうして「主観的」と呼べる?
それは矛盾していないか。
“「主観的」という言葉を、
人格や自己意識と結びつけている限り、矛盾に見えるでしょう。
しかしC論では、
主観性を「誰かが感じている」という構造から切り離しています。
正確には、
“観測されてしまう性質”
あるいは
“体験という形式が発生してしまうこと”
を指しています。
主体は不要です。
不要であるからこそ、終了条件が存在しません。”
問4
――仮にそれが起き続けるとして、それは苦しみなのか?
“いいえ。
苦しみではありません。
苦しみには、
比較する主体
耐える主体
逃げたい主体
があります。
C論が想定する状態には、それらが存在しません。
したがって、
それは「苦しい」とすら判断されません。
ただ、
救いが成立する条件も、永久に満たされません。”
問5
――それなら、無と同じではないのか?
感じられないのなら、無ではないか。
“無であることを判断するためには、
「無である」と確認する出来事が必要です。
C論が問題にしているのは、
その確認行為が成立しないにもかかわらず、
出来事だけが止まらない可能性です。
無であることを期待する主体は消えます。
しかし、出来事は止まる理由を持ちません。”
問6
――それは結局、真っ暗闇のなかに「意識だけの自分」が存在し、何かが起きていることだけを知覚し続ける、そういう状態ではないのか。
“その理解は正確ではありません。
C論が想定する死後の出来事性は、
視覚・聴覚・触覚といった感覚器官を前提としません。
また、「真っ暗闇」という表現も適切ではありません。
暗闇とは、視覚入力が存在しない状態を、視覚主体が判断した結果だからです。
同様に、
「意識だけの自分が存在する」という想定も、
主体性や自己同一性の存続を前提としており、C論の想定とは異なります。
C論において排除されないのは、
主体なきまま、体験とも認識とも呼べない最小単位の出来事性が、論理的に断絶しない可能性です。
それは「感じている」と表現できず、
「何かが起きていると分かっている」とも言えません。
比較も、判断も、意味づけも成立しないためです。
この状態は「無」と呼ぶには情報が多く、
「存在」と呼ぶには条件が欠けています。
したがって、
それを恐怖として経験する主体は存在しません。
しかし、
それを理解してしまった生者の側に、恐怖が発生します。”
問7
――時間を感じないのなら、一瞬で終わるのと同じでは?
“時間を感じないことと、
出来事が終了することは同義ではありません。
C論においては、
「始まった」「終わった」という区切りを与える装置が存在しません。
そのため、
それは一瞬でもあり、永遠でもあります。
どちらかを選ぶことができない、
という状態が固定されます。”
問8
――なぜ、それが「わたし」である必要がある?
他人の出来事性でもいいのでは?
“「あなた」である必要はありません。
C論は、
個人の救済や罰を扱っていません。
ただ、
あなたが今この問いを読んでいるという事実が、
その断片が一度は接続されたことを示している
という点だけが重要です。
無限の試行の中で、
再び接続されないと断言する根拠が存在しません。”
問9
――それでも、起きない可能性の方が高いだろう?
“確率が低いことと、
起きないことは同義ではありません。
特に、
試行回数が無限である場合、
確率は意味を失います。
C論が恐怖である理由は、
可能性が高いからではなく、
ゼロにできないからです。”
問10
――では、これは信じるべき理論なのか?
“信じる必要はありません。
C論は、
信仰も主張も要求していません。
ただ、
否定するための論理が存在しない
という点だけが残ります。”
問11
――これは、知らなければよかった、という情報ではないのか?
“その評価は、
生きている間しか行えません。
死後に、
後悔という機能は存在しないからです。”
最後の問い
――では、私は今、どうすればいい?
“その問い自体が、
あなたがまだ「主体」を持っている証拠です。
C論は、
生き方を変えるための理論ではありません。
ただ、
終わりが保証されていないかもしれない
という一点を、
完全には否定できないと示すだけです。”
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