第二話 温かい手
ソナタに着いて行き、電車に乗って数十分が立った。色褪せたビル街、閑静な住宅地を行き、
数えきれない木々を抜けてソナタの後ろを歩いていく。時折気を遣ってからかソナタが話しかけてくるが、気まずさからか中々会話は続かなかった。
「それで、どこに向かってるんだ。」何とか気まずさを誤魔化そうと切り出す。
「え、まだ気付いてなかったの。」ソナタは歩みを止めて心底驚いた顔で言った。
「気付くも何も、ただの森じゃん。何かあるって言ったって神社とか、伐採場とかしかないでしょ。」僕は歩き疲れたストレスで大きく息をつく様に吐いた。
「そっか、カヤテって後進国の事とか興味無さそうだね。」ソナタは感情を押し殺すようにそう言った。
「後進国?」問い返す様な声量ではなく理解できなかった内容を自問するように呟いた。
「別れた後の女の子の事とかは?」ソナタはそんな僕を無視してこちらも向かずに聞いた。
「・・・付き合ったことないからわからない。」
「・・・ないんだ。」ソナタは少し申し訳なさそうに黙った。
それから少し後、心なしか沈黙の時間が増えた気がした。もう少しで雪に染められる季節に向けて木の葉たちも親である樹木を温める様に地に張った根に覆いかぶさっている。
数日前に雨が降ったのか敷き詰められた落ち葉たちは少し湿っていて、踏むとぐちゅっと音を立てる。その音と柔らかい感触に十三年前の事を思い出してしまう。
僕はおじさんに救われた。だからもう当時の事なんて忘れてしまいたかったけど、ほんの少しのきっかけで僕の体は簡単に引き出しからあの時の記憶を引っ張り出してきてしまう。なんてありがた迷惑な機能なんだ。
「さ、着いたよ。」
前を歩いていたソナタは振り返り歩いていた方角に向けて指をさす。
その先には木造の建築物が並ぶ村のようなものがあった。
「あれは?」
「見ての通り村だよ。あそこに私の友達がいるの。」
ソナタの見た目は都会育ちの若者といった感じで、とてもこんな森奥に存在する村の人と関りがあるとは想像もつかない。
「さ、帰りも遅くなっちゃうし早くいこ。」
ソナタは何処か急ぐように村の方へ歩いて行った。僕も何も考えずにグチュっと足音を立てながら後を追った。
村の周りは見たところ森で囲まれていて、自動車すら通れるか怪しい程小さかった。それはまるで子供の作る大きな秘密基地の様で、遥か昔に栄えていた町の様だった。
ソナタの足並みは依然変わらず衰えない。何度もこの村に来ているのだろうと彼女の余裕のある身のこなしから感じる。
村に入って数件の住宅を抜けた、中は暗くて見えず家の外見などしか見れなかったがとても人が住んでいるような気配はしなかった。
その町並みは一見廃れていて、もう人など住んでいないようにすら思えるほど不気味で違和感を覚えた。
「ここだよ。」ソナタは村の中心程の場所にある住宅の前で立ち止まり言った。
どこにでもある、とは言えない古くて小さな家だった。ちょっと嵐に吹かれれば消えてしまいそうなほど質素な家だった。
「おーい、カカ。」ソナタは家の住人の名前を家の中に響く様に叫んだ。
茶色の木材がたくさん使われているが所々白っぽくなっている部分がある。恐らく雨や湿気でカビが生えてきているのだろう。家の前には郵便受けがきちんと置かれていて番号が書かれている。こういったほんの些細な物でも人が住んでいると感じて少し安心してしまう。
しかしインターホンも無い家なんて久しぶりに見たと思っていたところ、家の中からドダドダと走って向かってくる音がした。
ガラっと素早く引き戸が開き中から僕たちより一回り小さい女の子が出てきた。白い花柄のワンピースを着たおかっぱ頭の少女だ。背丈からするに中学生程の年齢だろうが、少々時代遅れの格好であると思ってしまう。
「ソナタぁ。おそい。」見た目にしては少し若すぎる高い声で少女は愚痴をこぼす。
声だけ聴いてしまえばほとんど幼女の様な彼女がソナタの言っていた殺されそうな友達なのだろう。
「ごめんごめん、人探しにちょっと手こずってたの。」ソナタは両手を合わせて祈るように顔の前に出して謝った。
「でも、ほら。見つけてきたよ。」ソナタは僕を指さして言った。
「この人がぁ?若くない?」幼女は目を細めて僕を吟味するように見ている。
「年は関係ないよ。大事なのは能力と才能とやる気だよ。」とソナタは言った。
ほのぼのしている雰囲気に反して思想は意外とリアリストなのかもしれない。アメリカの大手会社と似たようなことを言っている。
「それもそっかぁ。あたしはカカ。よろしくねぇ、お兄さん。」
カカはニィっと大きく笑顔を作り手を差し伸べてきた。
不気味だった村と住宅の雰囲気に反して明るく可愛らしい印象のカカに少し安心して差し伸べられた手を握る。
握った手はとても柔らかいが少し冷たかった。まぁ、こんなに古い家だ。碌な暖房器具もないのだろう。僕は心ばかり少し温める様にカカの手を握った。僕の手の平の温かさをそのままカカへ運ぶように念を込めた。
カカもそれに気付いたのか一瞬驚いたような顔をした後にさっき以上の笑顔を見せてくれた。どうやらうまくいったみたいだ。
「それでお兄ぃさん、早速本題なんだけどぉ。」カカは軽く手の平を合わせてパンっと音を鳴らす。
「お兄さんって戦えるぅ?」やけに粘度のある喋り方をする子だ。年下の後輩なのでまだかわいさが勝つくらいの丁度いいウザさがある。
「ってことはやっぱり何かに襲われそうになってるのか。」悪い予感が的中して少し焦りを感じる。
カカはニッと笑う。恐らく肯定の意だろう。可愛らしいが妙に腹の立つ表情をしている。
喧嘩なんて生涯やったことがない。運動だって週二回ほどのジョギング程度だし、部活は弓道部。人と戦えるような経験なんてない。
どうせこんなことになるのなら初めからボクシングとかやっていればよかった。健康志向のオフィスレディの様にカポエラーでも習っていれば僕の足技で華麗に暴漢を撃退できたかもしれないのに。
「で、相手は一体どんな奴?同じクラスの男子とか?」僕はそうであってほしいと願う相手を口にした。中学生男子ならなんとかいい勝負が出来そうだったからだ。
「そんなのあたしでも勝てるよぉ。違う違う。もっと強くてやばいやつらぁ。」
狙われている少女らしからぬ余裕な声色でカカは続ける。
「私と同じくらいのやつらならぁ楽勝なんだけど、今回の奴ら相手だと何も出来ないのぉ。」
「それで、その相手って誰。」僕は鼻を突き上げるように聞く。少しでもビビっているのを悟られないために強がっているのだ。
喧嘩慣れなんてしていないけれど、助けると言ってしまった手前情けない姿は見せられない。
「除霊師だよ。」カカは嫌いなクラスメイトの話をするかのように言った。
「除霊師って霊媒師みたいなもの?なんでそんなのを怖がるんだよ。」
「霊媒師とはちょっと違くてぇ。詳しい説明はあたしも良く知らないから出来ないんだけどぉ、霊媒師はその土地の神様の力を借りて穢れた土地とか浄化したり、人の運勢とか将来を占ったりするじゃん。」
「だけどぉ、除霊師は幽霊を殺すことを生業としてるぅ人たち。しかもぉ使うのは神様の力じゃなくて幽霊たちの力、つまり霊力。」
カカは俯いたまま足のつま先で”の”の字を書いている。表情は良く見えないが、何か嫌な感情や記憶を考えないように堪えている様にも見えた。
「除霊師は殺しをぉ生業にしている人たち。だからあたしみたいなぁ、か弱くて優しい女の子じゃぁ無理ってぇことぉ。」
海外のお伽話を聞いているようだ。まるで現実味、というか現代の日本の話とは思えない事を聞いている。第一幽霊を殺すなんて職業なんてあるはずも・・・
「・・・ってことは、君は。」
”の”の字が数えきれないほど描かれたカカの足元を見ていた僕の目線は彼女の顔を見上げる。半透明でも、足がないわけでもない目の前のカカの顔はまるで生きている人間の様に温かい表情で僕を見ていた。
少しニヤッとしたカカは舌を出して両の手をぶら下げる様に前に構えた。
「そぉうだよ、あたしもぉ幽霊。うらめぇしやぁ。」
紡がれたものから アロモ子 @Paromo
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