第一話 色がこだました世界

 「行ってきまーす」

 開いたドアをくぐる直前に振り向いて空っぽの廊下に向かって言う。


 朝なのに少し暗く茶色がこげ茶色になった壁と、少しまだ冷たい廊下の床に少しだけ自分の声が響いたような気がした。


「おーう、きいつけろよぉ」


 奥の閉じた茶色のリビングの扉から微かな声が返ってきた。いつもと変わらない元気なおじさんの声だ。あの災害から十三年、ずっと聞き続けてきた声はいまだ変わらない。

 僕はその声に背中押されるように家を出た。


 今日もいつもと変わらない街並み。灰色のビルが立ち込め、無色のように退屈な青空の下、夥しい量の人が歩いている。ビルの側面に取り付けられた液晶ディスプレイにはゲームの広告や、アニメの広告、そして”幽霊の人口増加が招く危機”なんて物騒なトピックについて語っているYoutuberの宣伝まで流れている。


 「Youtuberはいいよなぁ、それっぽい格好と編集で昔に誰かが言ったそれっぽい事引用してれば評価されるんだもんなぁ。」


 液晶に映る水色のレンズが特徴的なサングラスをかけた胡散臭い顎髭の男を見て言う。

 

 ”幽霊なんて存在しない”そう言われてたのはずっと前、例の大災害以降、社会で幽霊と呼ばれるようになった人たちが発見された。その一人は大災害の件で死亡が確認されていた人物だった。


 幽霊と呼ばれる人々は皆一度死亡を経験したものとされている。見た目は普通の人間同様だが彼らは食事を必要とせず、不思議な力を使うらしい。


 そんな幽霊たちを僕ら”人間”たち、もっと言うと上の世代の人間は忌み嫌った。

 ”死人が我々より優っているわけがない”だの”生き残りの我々人間も殺して死者の国を作ろうとしてる”だの下らない事ばかり叫んでいる。


 かつて数では勝っていた種族としてのプライドというものだろうか。元を辿れば同じ人類だというのに本当にくだらない事だ。


 好きなロックバンドの曲がヘッドホンから流れてくるのを感じながら街を歩く。ビルの隙間に入り丁度、陽の光が遮られた。やっぱりまだ少し寒い。

こんな腐ってしまった世の中でも心躍るものはある。人の目を忘れて思わず大声で歌ってしまいそうになる程の物が。


 「誰もがこの美しい世界を守らんとし、生きている」

本当にそうだろうか。だったらあのYoutuberたちは幽霊を断絶して世界をどう変えようとしているのだろう。


 

 上を見上げた僕の瞳をビルの隙間を抜けて日の光が刺す。


それは僕の目を貫き、少しの間眩ませる。


思わず足を止めてしまう程突然の光に、流れてくる曲も無音と感じる。


幻聴のようなキーンという耳鳴りを感じながら恐る恐る瞼を開く。


 ・・・・・・紺色のデニム。まず視界に入ったものは、目の前に立っている女性が身に着けている少し大きめなジャケットだった。


 薄いベージュの髪は肩まで伸び、紺色のデニムジャケットにグレーのロングスカートを履いた若くて綺麗な女の人だった。


 目の前に人が立ってたのかと気付き、着けていたヘッドホンを外し、思わず”すみません”と進行を邪魔していたことに謝罪する。

まさか怒ってはいないだろうが、不快そうに思っていないだろうかと思い少し恐る恐る相手の顔を見た。


 宝石のようなきれいな目だった。透き通るようで、しかし存在感も感じられる高級感にも近い感覚を覚えた。

 そんな綺麗な瞳が微笑みながら僕を見ていた。優しそうな顔だ。唇も柔らかそうに口角が少し上がっていて、この人が起こっている姿なんて想像もつかないような天使のような表情だ。


「眩しかったですか?」

見た目に反して少しばかり低い、だけども可愛らしい声で尋ねてきた。

日の光が眩しいからと道の真ん中で止まってしまった僕を気遣っての事だろうが、正直少し自分が情けなく思えてきて恥ずかしくなった。


「すみません、邪魔でしたよね。申し訳ないです。」

大人っぽく。そう心に言い聞かせ余裕のある男であると言う事を目の前の女性にアピールした。


女性は微笑む顔を保ちつつ瞼をさらに下げ目を薄めて言う。


「謝って欲しくないときに受け取る謝罪は、時に受け取った人を傷ついてしまうんですよ。」


彼女は少し寂しそうに言った。彼女からの質問を無視して謝罪したことに傷ついてしまったようだ。


「すみません。咄嗟に出てしまっただけで、別に他意はないですよ。そうですね、眩しかったんです。」


僕は少し気まずそうに首を揉むように触る。恥ずかしさが少しでも和らげばいいなと、自分の体が勝手にとった行動だった。


「冬は夏に比べて紫外線の量も多いみたいですからね、やっぱり外に出るときはサングラスでもかけないと。」


質問に答えてもらえた嬉しさからか女性は少し上声をあげて話した。


 この女性は誰にでもなのだろうか。立った一瞬、僕が眩しさにくらんで立ち竦んでしまっただけでこんなにも知らない男と話せるのなら、図書館で同じテーブルに座ってしまった時、その相手は読書どころではなくなるだろう。


「そうですね。気を付けます」

ハハハと愛想笑いを添えて僕は「話し終わりました。ではさようなら」という意思を静かに示した。

 

 二年間強の高校生活で女性との交際はなかった、それはただ単に女性の扱い方を知らないが故に嫌われたくなかったから。同じクラスという限られた状況下でも嫌われるのが怖くて行動できなかったから、こんな見ず知らずの出会って数秒の女性から嫌われるなんてごめんだ。だから嫌われる前に去ることにした。


「助けてくれませんか。」


立ち去ろうと会釈をし彼女の横を通り過ぎようとした直後、背後にいる彼女がまるで目の前にいる人間に話すように自然に言った。


ここで”自分だと思って振り返ったら、全く違う人物に話しかけてました”なんて状況じゃないことを祈って振り返り彼女の方へ振り返る。


 幸い彼女は先ほどの向きとは異なり、通り過ぎた僕を追うように振り返って僕の事を見ていた。最高級の琥珀を磨いた様な彼女の瞳は僕に助けを求めていた。


「助けるって、あなたを?」僕は聞き返す。


 色々な可能性を考える、色恋沙汰はとても面倒なので避けたい。金銭面的なものだとしても学生の僕の身分では到底力にはなれないだろう。誰かに追われている、これはないだろう。あんなに悠長に話していたし、急いでる感じもしなかった。なら大方前者の二つのどちらかだろう。


僕は断るのを前提として話を聞く姿勢をとった。


「そうです。あなたならきっと力になってくれると思います。どうか私を助けてくれませんか。」


彼女は先ほどと同じように優しい表情、だけど何処か真面目な雰囲気で助けを乞う。


「助けるって言ったって一体何からですか?失礼かもしれないですけど困っているようには見えないですけど。」


少し突き放すように問う。困っている彼女を邪険に扱うのは心が痛むけど、厄介ごとに巻き込まれておじさんに迷惑をかけるのは嫌だったから。


「会ったばかりの人にこんなこと言うのは失礼ですけど、あなたみたいな優しい方なら私を助けてくれると思って。いえ、正確には私のを。」


同じような質問ばかりで少し嫌気が差した。もしかしたら助けを乞うふりをした美人局つつもたせなのではないかと少し警戒する。


「だから一体何から

        「人間からです」


 似たような会話が続いて少し苛立っていた僕を察してからか、彼女は被せるように言った。


「人間?」僕は思わず聞き返した。


「人間です。」


「暴漢とか、誰かが襲われてるんですか?」


「そうです。私の友達がそうなんです。だからどうか助けてください。」


 殺人事件だった。正確にはまだ計画段階だろうが、高校生の僕が相手取るには途轍もなく重たい相手だった。


 いくら彼女の声が真剣だろうと、優しい表情だと思っていた瞳もよく見ると潤んでいたのも、それを隠すためにずっと目を薄めていたのだと気付いても、僕には荷が重すぎる話だった。


「警察とか。」

    「彼らは動きませんでした。」

 

「親御さんとか。」

      「私に親はいません。」


「ネットで募ったりとか。」

      「殺そうとしている彼らの味方が来るかもしれません。」


 鼓動が早くなってくるのを感じる。怒りではなく、焦りと恐怖が混ざったような吐き出してしまいそうな感情からだ。


 恐らく彼女にとっては僕に頼ることが最適解なのだろう。彼女は多分馬鹿じゃない。他の大人にも頼れただろうに、それをしなかったと言う事は僕で無いといけない理由が何かあるのだろう。


 いつもと変わらない変わらないビルの街並み、先程までオレンジ色の朝日で染められていたあの十四階建てのマンションも今では白い光が刺している。


今僕らが立っているビルの隙間にも足元から這い上がってくるように温かい光が刺してきている。まるで何かに足を握られたような温もりを感じた。


「わかりましたよ。やります。」

色々反論したい気持ちも、何でこんな通学真っ最中の時間帯に来るのかも、全ての文句をハアァとため息に変えて発した。


「ありがとうございます。本当にありがとうございます。」反面、彼女は両手を自身の胸の辺りで握りしめそのまま前に転がってしまいそうな勢いで僕に頭を下げた。


 やめてください。と公共の場で女性に深々と頭を下げ差している僕の事を客観視して急いで止める。


女性は安心からか、喜びからか、涙が少し零れながらお礼を口にし頭を上げる。


 僕は彼女が泣き止むまで静かに待った。途中何かするべきかと落ち着きのなさを見せてしまったが女性はそんなことにも気付かずに泣いていた。


泣いている彼女は、不謹慎だけど綺麗だった。”綺麗に泣く”、何処かの歌手が言っていたような気もするその言葉が頭に浮かぶほど、彼女の姿はお似合いだった。


もう少し彼女の事を知っていたなら、僕も思わず泣いてしまうかもしれなかった。眼球の裏の熱を感じてそう思った。


 「改めて、ありがとうございます。」漸く泣き止んだ彼女は言った。瞳は未だ少し赤味がかってる。


「いえいえ、それで僕は何をすれば。」

もうこうなってしまえばとことん付き合う気持ちだ。僕のせいではないとはいえ女性の涙を見てしまった故の責任感に近いものが芽生えていた。


「私についてきてください。それで、」彼女の口が止まった。


「そういえばお名前は。」彼女が思い出したように聞いた。


「カヤテです。」


「カヤテさん。かっこいい名前です。」彼女は嚙み締める様に僕の名前を呼んだ。


「今更ですけどそれ制服ですよね。高校生ですか。」僕の身に着けていた衣服を見て言う。


「そうです、今年で三年生になりました。」


「あぁ、じゃあ同級生か。よろしくお願いします。」彼女はハッとしてそう言った。見覚えはないが同級生らしい、恐らく他校の生徒だろう。


「大人びてるんで気付かなかったですね。よろしくお願いします。」


「うん。じゃあ早速だけど行こ。」彼女は元気そうに言った。


 同級生と気付いたからか突然敬語が無くなった事に違和感を覚えたが、こういった事でいちいち言うのは嫌われそうなのでやめた。


「おじさんごめん。今日は学校サボるよ。」


 心なしかいつもより鮮やかに見える空を見上げて一人呟いた。13年間おじさんにずっと育ててきてもらった恩を返そうと、勉強だけは真面目に取り組もうと思っていたけど、人助けの為ならきっとおじさんも許してくれるだろうと勝手に判断した。


 空を見上げながら深呼吸を一回してから見下ろすと、もう既に彼女は歩きだしていた。まるでここ数分間の会話なんて無かったみたいに。


 ここで僕が反対方向に歩いていけば彼女は気付くだろうか、振り返らずにそのまま歩き続けてまた何処かへ消えて行ってしまいそうだ。ここ数分の付き合いとはいえ、あんなに可愛い女性と話せたことはとても嬉しかったけど、彼女がこのまま僕を忘れてしまうのは寂しく感じると我儘なことを考えてしまう。


 そんなことを考えていたら、十メートル程離れた彼女が着いて来てない僕に気付いて振り返る。


振り返った勢いでベージュの髪の毛が枝垂れた桜の様に舞った。白い陽の光が彼女に差し髪も、ジャケットもスカートも明るく瞬いたまたたいた


 「わたしソナタ。」


 青春映画のヒロインが砂浜で海に向かって叫ぶように僕に向かって彼女の名を告げた。


ソナタ。美しい君に似合う素敵な名前だ。


「よろしくね。カヤテ」


 口を思いっきり動かして彼女は満面の笑みを見せた。

 

 陽の光なんて関係ない。例え光の届かない暗いあの世だろうと彼女の笑顔は人を照らせそうだ、と思った。


 外していたヘッドホンから音が聞こえた。好きなロックバンドの曲だ。


「君の色・形したこの世界の片隅が僕の居場所だった。」


 少しキザだと思っていたけど、そうならいいなとそう思った。












 

 

 


 


 

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