第6話 騎士のレンドル
なんでこいつはいつも俺に絡んでくるんだ……。
レンドルの前には、見るからに破落戸と分かる五人と、少々高級そうなお召し物を纏った青年が立ち塞いでいた。
ここは、大広場と神殿とをつなぐ大通りだ。
市場を真横に露天商や見世物の芸人が、人の塊を作っている。
昼を過ぎても賑わいが途切れていない場所だ。
訓練兵の宿舎から自宅に向かう途中、元同僚の訓練兵だったデロスに絡まれていた。
「おいおい、いやな奴に会ったって顔してるなぁ、レンドル」
少々背中が猫背気味だが、レンドルと同じ背丈をした細身の男が、ずいぶんと大声で話しかけてきた。
明らかにレンドルを敵とみなしている目色だ。
頬が少しやつれていて、この時間なのに、酒を飲んで気怠そうな態度がよくわかる。
「訓練の帰りで疲れてるんだ、デロス」
そうだとも、とてもうんざりしているといった手振りで、ため息をついた。
よほど迷惑な奴に会ったといわんばかりの表現だ。
「そうかい、神殿でお祈りしてたらしいな、暇じゃないだろ?訓練が足りないんじゃないか」
「よく知ってるな、お前も忙しそうでなによりだ。こんなところで日向ぼっこか。働けよ商人なんだろ」
「はっ、ルベリア遠征で、僕死にたくないです、ってか」
「ゴロツキとつるんで、俺に絡んで楽しみたいなら、一人でこいよ」
舌戦とは言わないが、なかなかテンポのよいやり取りが二人で交わされる。
「口が軽いな、エルフの混血」
レンドルの母はハーフエルフだった。
赤毛の美しい髪が、レンドルにも引き継がれていて、燃えるようなその色は、見るものに活力を与えそうなほど目に留まる。
「こいつエルフの混ざりものかよ。で、どっちだ?」
取り巻きの一人が、薄ら笑った顔でのぞき込むような仕草をした。
こいつも相当酒臭そうだ。
「俺は、明日ルベリアに遠征なんだ、通してくれないか、ザイード商会の出来損ない」
「騎士爵様のお気に入りだった、花売りの血だ」
デロスの言葉に、ごろつきたちから低い笑いが漏れた。
意味は分かる。
だから、聞きたくなかった。
胸の奥が一瞬で冷えた。
レンドルは、湧き上がる殺意に指先を強ばらせ、鞘を左手でつかんだ。
これは抜くぞという意思が現れ、それに気が付かないならず者たちではなかった。
すぐさま身構えて、レンドルの周りを囲む。
「俺はいいさ、……だが母さんを侮辱するのは許さない。誇り高いマギステルだった」
魔法使いではない。
国から任命される魔法教導官――マギステルは、絶対的な信用と実力を求められる存在だった。
「なーにがマギステルだった、だ。俺は知ってるぞ。何もできずに銀狼に殺されたんだろ」
この大陸で銀狼と呼ばれるその存在は、エルフにとっての天敵。
その通り名を知らぬものはいないほどの悪名で、何十年と何人もの犠牲者を出していた。
「おまえ……」
レンドルの顔からは明るさが一切抜けて、歯を食いしばった音がぎりぎりと聞こえた。
「お、お、やるのか?兵士様が一般人をやるのか?懲罰兵ものだな」
「だったら、お前は俺から逃げた逃亡兵だな。
ごろつきと一緒じゃないと、俺に喧嘩も売れない臆病者め」
「うるせえ!!お前にやられた傷が今も残ってんだよ!」
デロスは、懐から短剣を取り出し構えた。
「……模擬戦で負けたお前が、後ろから切りつけたのを返り討ちにしただけだ」
そういって、レンドルは右手を剣の柄に手を持ってきた。
「花売りがこいつを庇って死んだんだぜ?ご自慢の剣で狼も返り討ちにしとけよ。お前のせいで死んだんだ!母親殺しの騎士様がよ!」
レンドルは右手で剣を抜き、いや、剣を抜いて一気に間を詰めて、剣の柄でナイフを打ち落とした後、デロスの首筋に剣を突き立てる。
流れるようなその動きに、ゴロツキたちは唖然とし、何が起こったんだ、速すぎる、と一歩も動けていなかった。
「ひぃいぃ!!」
デロスもそうだ、瞬きしたのかそうでないのか、それほどの時の中で、間合いを詰められた。
今まさに首を落とさんという圧が、この男の恐怖を存分に引き出した。
「あぁそうだ、俺を庇って母さんは死んだ」
いつも静かに火が揺らぐような目が、今回ばかりは、凄まじい怒りの炎を宿して、強烈にデロスをにらみつけた。
「この世界じゃ簡単に命が流れるんだ。知らないのか?知っているよな?知らないはずがない、俺に一度も勝てず、逃げ出したお前でも知ってることだ」
ほんの少し、首に当てた剣に、押し当てる力を増した。
「ひっレンドルおま!」
さらに低い静かな声で、レンドルは脅しにかかった。
単に脅しているだけじゃなく、もう切るから、という意思表示がそのままロングソードの刃先に伝わる。
「俺を、母を侮辱した、お前を殺す権利を許されている」
ゆっくり、少し剣を引き、首筋からかすかに血が流れる。
「貴様を殺し、星零れで魔物になったお前をもう一度殺してやる」
「騎士レンドル、そこまでだ」
遠くに届く野太い声がレンドルを呼んだ。
レンドルが振り向くと、そこには騎士の正装でたたずむブルードがいた。
「ザイード商会の息子デロスも、だ」
レンドルはデロスの首から剣を離し、少し後ろに下がった。
「こりずに、まだレンドルにからむのか?訓練兵時代から何も変わっていないな。レンドルは不問だったはずだ。今回もお前が先に短剣を抜いた。お前の怪我は自業自得だ」
「……ブルード教官……俺は」
「ちがうぞ、お前はもう訓練兵じゃない。教官と呼んではいかん。ブルード・ロム・ウィンダス侯爵だ。教科で学んだことをもう忘れたか。ロムとロズの使い方も間違えるなよ」
周りのごろつきが、侯爵だと、と慌てふためている。
「正しく呼ばねばならん。名前一つ、呼び方を間違えたら首が落ちる。命を流すには、まだ若い。忘れるな」
「も、もうしわけございません。ロム・ウィンダス卿。失礼いたします」
背筋を伸ばし、しっかりしゃべろうとしたが、酒が入っているせいで、舌が回っていないようだった。
そしてデロスと取り巻きは、そそくさと市場のほうに消え去っていった。短剣を拾い忘れて戻ってきたと思えば、すぐ走り去っていった。
「踏み込みは見事だったが、まずは剣をしまえ。どこでも抜いていいわけではない。相手は酔っ払いだ、熱くなりすぎるな」
すぐに剣を鞘に納め、レンドルは右手を胸に当て頭を下げた。
「……お恥ずかしいところをお見せしました。ロム・ウィンダス卿」
頭を上げ、ブルードを真っすぐに見たレンドルは、ブルードの服装が訓練所で見慣れた姿とは違っていることに気が付いた。
装飾的なレザー・ブレストプレートに、騎士用に仕立てたズボン――紺色のブレー、そして翠基調のマントには、黄色いサンガードの紋章が描かれている。
「あの……それはサンガード騎士の服装では」
「お前の父親のところに行く途中だったんだが、ちょうどよかった。騎士団本部に一緒にこい。サンガードの正規騎士として任命されることになった。俺ではないぞ、お前がな」
「なんてことだ、まだ訓練生ですよ」
「神殿から届いた封書をフィリネア皇妃が読んでな。サンガードの騎士に任命すると通達があった。異例だがこれは命令だ」
「まさか、直接皇妃様が!?」
「そのまさかだが、街中で問題ごとを起こすとはな……懲罰兵だな」
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