第4話 加護の継承

 礼拝所の広間に来るには、いくつかの小部屋を通る。

 前の祈祷が終わるまでは小部屋で待機し、呼ばれ次第進む方法をとっている。

 執務室からは、ここで待機している人族を見ることができる。


 サンルードの加護は、選ばれたものにしか授けることができない。

 適性が必要になる、サンルードの系譜という条件が必要だ。


 私の銀瞳は、この条件を人族から見出すことができる。

 対象の人物を、この銀瞳で識別することができるのだ。

 ここで確認をして、祈祷場の巫女たちに合図を送ることにしていた。


 聖域で祈祷するだけで、加護を授かる可能性もある。

 これまでに、何人かは加護を授かった。

 だが、この適性があれば可能性は高まる。

 事実何人も加護を継承させてきた。


 限定範囲しか移動が許されていないが、街中に出向き、適性者を探したこともある。

 理由をつけて神殿に、祈祷場に呼んだのだ。

 あまりに加護が授からないようだと、自分たちの有用性が怪しまれる。

 だから、適性のある人族には『継承の加護』を使い、必ず加護を与えるようにした。


 何度か祈祷し、加護を願ってください、授かる可能性が高まりますよ。

 そういって、何度も何度も足を運ばせる。

 祈祷するたびに、祈祷料を下げたりもした。

 祈祷料は、我々の生活費になり、また税として納めている。


 だから、まだ私たちはここにいることができる。


「今日は次の人族で最後です」


 神殿で受付をしていた若いエルフから伝えられたあと、待機室に赤髪の人族が入ってきた。


 魔力をこめると、瞳がうっすら銀色に揺れる。

 対象とした人物や魔物、固定物の簡単な情報が映像として映し出される。

 家族の情報は生死に関すること以外、ほとんど見ることができない。

 ただ、名前や職務、二つ名が見られるので非常に重宝している。

 世界に知られた名だと、血脈を知ることができる。


 これは加護ではない、私に与えられた権能だ。


* レンドル・ブレイズ 16歳

*  + 幼少期から剣技の訓練を受けてきた。

*  + 正規訓練兵の中でも優秀な成績を収めている。

* 父『ファレン・ブレイズ』(サンガード・騎士爵)

*  鋭い突きを得意とし、魔物討伐で武名を馳せている。

*  + フラン・ラミルの夫はデール・ブレイズ。

*  + 血縁は竜眼のシュバーツだとは知らされていない。

*  

*  父父『シュバーツ』(名:竜眼・死)

*   父父父『ゼイル』(死)

*   父父母『ルルサ』(死)

*  父母『フラン・ラミル』(死)

*   父母父『ロベルト・ラミル』(死)

*   父母母『フローラ・グラル』(死)

* 母『エルザ・ユルズ』(ヴォルテニア神聖軍・魔法隊長・死)

*  母父『ヴァイス』(翠級冒険者・死)

*   母父父『サンルード・ヴォルテニア』(聖人・ヴォルテニア王系・死)

*   母父母『ミリアレーネ・リベリア』(死)

*  母母『リンコ・ユルズ』 (ヴォルテニア神聖軍・魔法教導)

*   母母父『モーリア』(大商人・死)

*   母母母『アプナ・ユルズ』(ヴォルテニア神聖軍・魔法指南)



 この青年はレンドルか。

 ブレイズ家は……領地はないが爵位持ち、訳ありか。


 お、サンルードの系譜ならば、加護の継承ができそうだ。

 しばらく加護を発現できていなかった、丁度良かった。


「ネオネス様?……あの青年の案内はどうしましょう。右の小部屋でしょうか」


 しばらく、情報を辿っていると、思いのほか時間が経っていたようだ。

 受付の仲間からせかされてしまった。

 加護の祈祷は午前中のわずかな時間と定めている。

 それ以上は負担がかかると、監視役の人族に説明をしていた。


「いや、中央の小部屋へ。最後の人族だから、私が祈祷場まで案内しよう」


 広間の礼拝場には、三つの入り口がある。

 最終的に、どれも祈祷場へ続いている。


 どこから継承のことが漏れるか分からない。

 『継承の加護』を行う対象を、曜日で案内する部屋を変えていた。

 私自身も、執務室に籠らず、補佐に出向くよう見せかけの小細工を欠かさなかった。


 中央の小部屋に案内された青年に、私は声をかけた。


「今日はあなたが最後の祈祷者です。私はネオネス、巫女の補佐をしています」


 走ってきたのだろう。

 彼は少し息を切らせながら、額に流れる汗を手で拭った。


 一呼吸、二呼吸のうちに、すぐに呼吸は整えられた。


 身にまとっているのは兵士用の衣類だ。

 若いから訓練生のように見える。


 だが、その姿は訓練場で作られた形ではない。

 剣を振ることが、日常に組み込まれてきた者だけが持つ、身体の完成度があった。


「駆け込みで来てしまって、すみません。明日ルベリア王国に遠征があるんです」


「大丈夫ですよ。ルベリア遠征のことは私も存じています。加護が授かれるとよいですね」


「母が魔法を使っていたので、俺も使えるようになると嬉しいんですけど」


「魔法を望まれるのですね」


「炎の魔法が得意でした、だから少し期待しています」


「そうでしたか。ここで加護を授かった人はみな、強く願っていました。あなたもそうしてください、では参りましょう」


 魔法は、ほとんどが先天的な才能だ。

 一定以上の魔力がなければ、鍛錬することすら成立しない。


 この世界に現象として発現しなければ、魔力を伸ばすこともできない。

 多くは、その前に魔力が尽きてしまう。


 だから才能を見出されると、子供のころから専門的な訓練を受ける。

 少なくとも、エルフはそうしてきた。


 後天的に使えるようになる方法も、ないわけではない。

 加護による身体強化と、精緻な魔力操作の適性を得ること。


 あるいは祝福によって一時的に強化された状態で訓練すること。

 魔力の増加中に魔力操作の訓練が可能になるからだ。


 簡単ではない。

 時間もかかる。

 だが、加護を得るより確実ではある。

 ただし、エルフと違い、人族の寿命は短い。

 それが、この方法の最大の制約だった。



 そして、私は青年の前を歩きながら、右手を胸に当てた。

 気づいた巫女は、小さくうなずいた。


 私の横へ来るように青年を案内した。


「どちらでも良いです。片膝をつき、片手を胸に当てながら祈りを捧げてください」


 すぐさま右膝でつき、右手で胸に手を当てた。

 最初はどちらの膝を折るのか、右手なのか左手なのか迷うものだ。


 この青年は、騎士の礼節を叩き込まれている。

 剣を持つ右手を胸に当て、鞘のある左足を立てたのだ。

 攻撃の意思はない、そういう形だ。

 叙任を受けた騎士の所作だった。


 そして、巫女が両手を太陽に向けて掲げ、エルフの言葉で呪文のような祝詞を呟くと、青年の足元が光りだした。

 やがて光の糸がいくつか、青年とつながった。


―― その光は、一分ほどで消えた。


 騎士の礼節を崩さぬままの青年に、私は声をかけた。


「おめでとうございます。加護を授かったようですね。

 もう立ち上がってよろしいですよ」


 青年は信じられないといった顔で私を見た後、ゆっくりと立ち上がった。


 エルフの巫女は儀式を終えると、一礼してすぐに祈祷場から離れた。

 その後を、護衛のエルフが静かに姿を消した。


「小部屋でお話しした通り、

 何の加護を授かったかは、私や神官に話してはいけません」


 私は手のひらを上に向け、小さく腕を伸ばし、視線を誘導する。


「あちらに神殿騎士レオニード様がいらっしゃいます。

 今後は、あのお方がご案内されます」


「ありがとうございます!」


 青年は満面の笑顔で、神殿騎士のもとへ早歩きしていった。


 私は神殿騎士に向かって一礼した。

 加護を授かった青年を、確かに引き渡したという合図だ。


 何の加護をえられたか、エルフは関わらない。

 それがサンガードと約束した内容だ。


 それから、祈祷台へもゆっくりと頭を下げる。

 儀式は神聖なものとして、ここに留めておく必要があった。


 数秒の後、私は祈祷場から足を遠ざけた。

 

***


「ネオネス様、さきほどの青年は何の加護を」


「身体強化と、……炎の加護の……残滓だ」


 そこにいたエルフの巫女と数名の従者が静かに、話を聞いていた。

 火の加護はわかる、残滓とはなんだ、といった表情で私が答えるのを待っていた。


「火の加護はわかるな。残滓だが、発動条件が特殊なようだ。詳しくは分からないが、願いによって発現するらしい。思ったときにいつでも使えるものではない、ということなのだろう」


「初めて聞く加護ですね……残滓というのは」

「サンルードの加護は、ほとんど身体強化だった」

「それに、加護が重なるというのは、信じられません」

「やはり、願いが加護に影響しているのか」


 矢継ぎ早に仲間が各々感じたことを口に出した。


「おそらく、残滓は加護同士がぶつからない、特殊なものなんだろう。もしかすると祖先に加護を授かった血脈があり、反応して現れたのかもしれない。身体強化は、すぐに感じることができるが、残滓は何の願いが条件となるのか、一生発現しないのかもしれない。同胞にとって危険なものではないだろう」


 残滓の意味から推測するに、小さな加護のように思う、と付け加えた。

 一定の理解を得たようだった。

 仲間のエルフたちは納得いったような顔で、それぞれの部屋に戻っていった。



 だが、言葉を変えて伝えた。


 私の銀瞳で見えたのは『炎の加護の残滓』ではない。


 『竜の加護・銀炎(残滓)』

  ――願いが叶えば、加護に干渉する。

  

 私の手は、かすかに震えていた。

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