【第七章:選ばれるためじゃなく、選ぶために】

※ここの視点は 結城


結城は、

自分が“誰かに似ている”ことを、

最初から分かっていた。


朝比奈が初めて自分を見たとき、

ほんの一瞬、

時間が止まったのを知っている。


——ああ、この人は。


その目を見ただけで、

察してしまった。


誰かを、

深く失っている。


それでも、

結城は距離を取らなかった。


理由は、

自分でもはっきりしなかったけれど。


一つだけ、確かなことがある。


代わりになりたいとは、思わなかった。


夜、

朝比奈と別れた帰り道。


結城は、

自分に問いかける。


(私は、何を選びたい?)


彼の過去か。

彼の傷か。

それとも、

自分が傷つく未来か。


簡単な答えなんて、

なかった。


でも、

あの夜を思い出す。


朝比奈が、

声を上げて泣いた夜。


澪という名前を、

震える声で呼んだ夜。


——あの涙は、

嘘じゃない。


そして、

あの涙を前にして、

自分が離れたいとは思わなかった。


結城は、

立ち止まり、

深く息を吸う。


(……それが、答えだ)


翌日、

結城は朝比奈を呼び出した。


場所は、

人の少ない海辺。


まだ、

ラストの海じゃない。


でも、

“始まりのための海”。


「朝比奈さん」


彼が振り向く。


不安と、

期待と、

諦めが混ざった目。


結城は、

はっきり言った。


「私は、

 澪さんの代わりにはなりません」


朝比奈の目が、

揺れる。


「でも」


一歩、近づく。


「あなたが、

 澪さんを愛していた人生ごと」


言葉を選びながら、

続ける。


「それを抱えたまま生きるなら、

 私は、

 その隣に立つことを選びます」


選ばれるためじゃない。

慰めるためでもない。


「これは、

 私の選択です」


沈黙。


波の音だけが、

答えを急かさない。


朝比奈は、

ゆっくりと頷いた。


結城は、

少しだけ笑った。


——これでいい。

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