第9話 『僕の嫌いな小説を1つ終わらせる権利』
おにぎりマンの連載を巡って、
編集部には毎日クレームが届いていた。
読者からのクレーム。
他作家からのクレーム。
なぜか関係ないジャンルの作家からの「お気持ち表明」。
「これは小説ではない」
「ギャグに逃げるな」
「逃げた先も地獄なのはどういうことだ」
「そもそも主人公は誰なんだ」
「編集は何をしている」
編集長は、机に突っ伏していた。
「……胃が……」
胃薬はもう効かない。
理由は分かっている。
おにぎりマンである。
人気はある。
話題性もある。
だが、あまりにも“制御不能”。
打ち切ろうとすると炎上し、
続けるとさらに炎上する。
「……もう、あいつしかいない」
編集長は立ち上がり、
一人の作家の元を訪ねた。
王道ファンタジー小説で連載1位を独走する男。
その名は――
ニューワイフ・エッチ。
エッチは、机に向かい、
ペンで原稿用紙に直接、小説を書いていた。
キーボードはない。
修正液もない。
あるのは、才能と、安定感と、読者受けの塊。
編集長
「……忙しいところすまない」
エッチは、ペンを走らせたまま答える。
「いいですよ。
どうせこのシーン、
主人公がドラゴン倒すだけなんで」
編集長
「王道すぎる……」
編集長は、覚悟を決めて切り出した。
「……おにぎりマンの件だ」
その瞬間、
エッチのペンが、止まった。
「……ああ」
ゆっくりと顔を上げるエッチ。
「まだ、終わってなかったんですね」
編集長
「終わらせようとすると、
“作品への冒涜だ”って怒られる」
「続けると、
“編集は何を考えてるんだ”って怒られる」
「もう、どうすればいいか分からない」
沈黙。
エッチは、原稿用紙を一枚めくり、
再びペンを動かしながら、淡々と告げた。
「……条件があります」
編集長
「条件?」
エッチ
「僕が、連載1位を取ったら」
編集長は息を呑む。
エッチ
「僕の嫌いな小説を、1つ終わらせる権利をください」
編集長
「……権利!?」
エッチは、ようやくペンを置いた。
「力じゃない。
炎上でもない。
編集都合でもない」
「読者も、作者も、誰も文句を言えない形で
終わらせる“理屈”です」
編集長
「そんなもの……あるのか?」
エッチは微笑んだ。
「ありますよ」
「だって――」
少しだけ、声を落として言う。
「物語は、面白くなくなった瞬間じゃなくて、
“役目を終えた瞬間”に終わるべきですから」
編集長は、何も言えなかった。
エッチは再びペンを取り、
何事もなかったように執筆を再開する。
「それに」
「おにぎりマンは、
もう“物語”じゃない」
「――現象です」
編集長は、背中に冷たい汗を感じながら、
静かに部屋を後にした。
廊下で、編集長は呟く。
「……連載1位、
取られたら終わるのか……」
その頃。
おにぎりマンは、
まだ自分が“終わらされる権利”の
対象になっている事を、
何一つ知らなかった。
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