第2話 再来
「サーシャ様、王女様、大変です、魔王が・・・・」
私はサーシャ、ローデシア王国の第一王女である。朝の公務をこなしている最中、血相を変えた近衛兵が駆け込んできた。
「どうしたの」
「新たな魔王が現れたとのご神託が出ました。教皇様と宰相様がすぐにご登城するとの事です!」
その報に、私の心臓は一瞬凍りついた。十年前、先代の勇者が命と引き換えにほろぼしたはずの災厄が、再びこの世界に影を落としたのだ。
【頼りなき勇者】
宰相や教皇との緊急会議を終え、私は王宮の練兵場へと足を向けた。そこにいるのは、先日召喚されたばかりの勇者。名はタケル。
騎士団長のカールが、私に口を開いた。
「王女様、何分にもタケル様はまだこちらに来て日が浅く、まだまだ修行が必要です。」
私は厳しい視線を彼に向けた。
「カール騎士団長、少し話さなければいけないことがあるので、ご同席願えないか」
「わかりました」
練兵場から少し離れた回廊。私は単刀直入に尋ねた。
「タケル様の現状はどうですか?」
私が知るタケルは、戦う術をほとんど知らない、ただの華奢な青年だ。
「あの勇者様は何、全然ダメ。10年前に来てくださいました勇者様とは雲泥の差です。あの方は本当に勇者様なのですか?10年前の勇者様と名前も同じ、顔つきもよく似ておられるので、お血筋が近い方かとも思いましたが・・・・。はっきり言って、あれでは魔王にはかないません。」
私の言葉は、騎士団長に対する叱責というよりも、現実への焦燥だった。ローデシア王国は今、勇者タケルに全ての命運を託さざるを得ないのだから。
私は練兵場に戻り、剣の素振りをしているタケルに歩み寄った。
「タケル様、このままでは魔王に敵いませぬ。もっと精進ください。」
私の厳しい言葉にも、タケルは「はい」とだけ答え、再び模擬刀を握り直す。その真直ぐな瞳の奥に、私はかすかな光を見た気がした。
闘技場の片隅で、騎士たちがカール騎士団長を見て呆れている。
「何も騎士団長自ら、稽古をつける必要はないのでは?」
「なぜあそこまで、出来損ないの勇者様にこだわるのかわからない?名前が前の勇者様と同じというだけで・・・・。」
彼らの視線の先では、カールが自らタケルに剣を振るい、タケルは訓練のたびに砂埃まみれになって倒れていた。
私がカール騎士団長に声をかける。
「カール、あの勇者様はどうなの?」
彼は一瞬、目を伏せた。
「タケル様ですか、もう少しお時間を頂けるとありがたいのですが」
さいわい、再起したばかりの魔王軍の進撃には時間がかかる。それはタケルにとって、そして王国にとって、唯一の救いだった。
訓練のたびにボロボロになるタケル。何度も倒れ、何度も立ち上がる彼の姿を、私は日を追うごとに見つめるようになった。口では「精進せよ」と文句を言うが、そのたびに、タケルの直向きな瞳が、私の中にくすぶる勇者への不信感を焼き払っていく。
彼は誰よりも不器用で、誰よりも弱い。だが、誰よりも諦めない心を持っていた。私は、そのひたむきな姿の中に、かつて感じた勇者の資質を見出し始めていた。
【グリフォン】
ある日の午後、いつものようにタケルが泥だらけになって素振りをしていると、突如、空に巨大な影が現れた。
「王女様、グリフォンが!」
けたたましい羽音と共に、王宮の訓練場に一頭の隻眼のグリフォンが降り立った。その威容に、その場にいた騎士や兵士たちは一斉にひれ伏す。グリフォンは、タケルの面前にたたずみ、鋭い金色の瞳でじっと彼を見つめた。
そして、その大きな頭をタケルにすり寄せたのだ。
「勇者様のグリフォンが認めた?」
騎士たちの驚きに満ちた声が響く。
「なんと、グリフォンがあの少年を認めたのか!」
王宮は途端に騒がしくなった。伝説の勇者にのみ従うと言われるグリフォンが、このタケルを主と認めたのだ。それは、彼が真の勇者であることの何よりの証明だった。大急ぎでグリフォンの為の寝床が作られた。
その混乱のさなか、宰相の孫娘である幼いミリアが、祖父の手を引いて現れた。
「お祖父様、あのグリフォンは勇者様のグリフォン?」
「そうだ、ミリア。あれは、我々の世界に光をもたらす存在だ。」
グリフォンの存在は、タケルが勇者としての運命を背負っていることを、誰もが認めざるを得ない事実とした。
グリフォンを得たタケルは、訓練の成果と相まって、目覚ましい成長を遂げた。かつては剣すらまともに握れなかった彼が、今や一流の騎士たちと渡り合えるほどの力をつけている。
その成長の過程で、私はタケルと共に過ごす時間が増えていった。彼は私の厳しい言葉にもめげることなく、いつも真剣だった。
ある夜、城壁の上で、満月を見上げるタケルに声をかけた。
「タケル様。以前はあんなにも頼りなかったあなたが、ここまで強くなるとは思いませんでした。」
タケルは少し照れたように笑った。
「サーシャ様が、いつも厳しく指導してくださったおかげです。それに、魔王を倒さないと、俺は元の世界に帰れませんから。」
元の世界に帰る。その言葉が、私の心臓を締め付けた。
彼がこの世界に召喚されたのは、魔王討伐のため。使命を果たせば、彼は私たちの前から消えてしまう。それはわかっていたはずなのに、私はいつの間にか、タケルのひたむきな努力、時折見せる年相応の少年らしさに、惹かれていた。
それは、ローデシア王国の第一王女として、決して許されない感情だ。私は国の象徴であり、彼を支える立場にある。まして、彼が別の世界に愛する人がいるかもしれない、と考えると、この想いを口にすることはできなかった。
タケルもまた、私が彼を見つめる時の複雑な眼差しに、何かを感じ取っていたのかもしれない。訓練場で時折目が合うと、お互いに戸惑いの表情を浮かべ、すぐに視線を逸らす。
私たちは、国の運命という重すぎる使命を共有しながら、互いへの秘めた恋心を、言葉にすることも、触れることもできない関係を続けた。それは、世界の危機が迫る中で咲いた、儚くも美しい一輪の花のようだった。
【決戦】
その時が来た。
魔王軍との最終決戦。タケルはグリフォンに跨り、王国軍の先頭に立って魔王の居城へと乗り込んだ。
激しい戦いの末、タケルはついに魔王との一騎打ちに挑む。
数日後、城に届いた報は、勇者タケルの勝利だった。
勝利の歓喜に沸く王宮。私は人目をはばかりながら、傷を負いながらも凱旋したタケルに会いにいった。彼の顔には、安堵と、そして微かな悲しみが混ざっていた。
「サーシャ様……勝てました。これで、俺の役目は終わりです。」
彼の言葉の裏にある意味を、私は知っていた。
「ええ、タケル様。あなたはローデシアの英雄です。」
そう言うのが精一杯だった。本当は「行かないで」と叫びたかった。
その夜、人知れず、タケルは王宮から姿を消した。勇者召喚の儀式と対になる帰還の儀式を、教皇が秘密裏に執り行ったのだ。
翌朝、タケルが消えたことを知った私は、自室でただ一人、静かに泣いた。
彼は、私の恋心を秘めたまま、世界を救い、元の世界へと帰っていった。
ローデシア王国は救われた。人々は英雄タケルを讃え、平和が戻った。
しかし、私の心には、ぽっかりと穴が空いていた。王女として、国の復興に尽力しなければならない。分かっている。だが、王宮の練兵場を見るたびに、泥まみれで何度も立ち上がった彼の姿が目に焼き付いて離れない。
「タケル様……」
私が呼ぶ声は、グリフォンのいない空に虚しく響くだけだった。私は、永遠に口にすることができなかった恋心を抱きしめ、人前では決して見せない悲しみに暮れるしかなかった。平和な世界の中で、私だけが、大切な光を失ったまま、王女として生き続けるのだ。
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