弊社、デスゲーム運営につき。
赤色ノ人
『最後の鍵』
ビジネスの世界において、入社三年目は『自立』の節目とされる。
一通りの業務フローを習得し、上司の指示を待たずに判断を下せるようになる時期。
企業は彼らに更なるステップアップを求め、新人教育(OJT)の担当官という新たな役割を与える。
教えることは学ぶことと同義なり。
後進を育成することで、社員は組織の論理をより深く内面化していく。
これは、どこの企業でも見られる健全な新陳代謝の光景だ。
たとえその会社が、法治国家の裏側で人間を競わせ、娯楽として消費する組織であったとしても。
◇
「──ようこそ。
運営本部、第3モニタールーム。
無数の画面が青白く発光する薄暗い室内で、インカムのマイク位置を調整しながら呟く。
入社3年目。
現場チーフとしての仕事がここから始まる。
今回のゲームテーマは『脱出』。
閉鎖空間に閉じ込められた多重債務者たちが、知恵と暴力を尽くして出口を目指す。シンプルだが、それゆえに
「カミヤ先輩。音声チェック、照明、トラップ稼働状況、すべてグリーンです」
隣の席から、鈴を転がすような、しかしひどくボリュームの小さい声がした。
新人の
小柄で、どこか色素の薄い印象を受ける女性。
手元のキーボードを叩く速度は異常に速いが、常に自信なさげに背を丸めている。
「よし。定刻通りだ。ミコシバさん、ステージD、最終エリアの進捗はどうなってる?」
「あ、はい。最終関門『嘆きの鉄扉』ですね。
画面には、重厚な鋼鉄製の扉が映し出されている。
プレイヤーたちが血眼になって辿り着くであろう、このゲームのゴール地点だ。
「今まで通過した部屋に落ちていた、一見ゴミのようなパーツ……。あれを正しく組み合わせることで、初めてこの扉を開く『鍵』が完成する。極限状態の彼らが、その『価値の逆転』に気づけるかどうか。まさに知性の見せ所だ」
モニターを見つめながら、満足げに頷く。
「………あ」
ミコシバさんはふと操作の手を止め、虚空を見つめて固まった。
そして、おずおずと口を開く。
「あの……カミヤ先輩」
「ん?」
「ひとつ、早急に報告しなければならないことが………」
「なんだい?言ってくれ」
マグカップのコーヒーを口に運びながら、
部下のミスを受け止めるのも上司の仕事だ。
否定してはいけない。
まずは聞く。
それが令和のマネジメントだ。
「あの、最後の扉の鍵なんですが」
「うん」
「私のポケットの中に…………」
手が止まる。
マグカップの中の黒い液体が、わずかに波紋を描いた。
「……鍵が、君のポケットに?スペアじゃなくて?」
「はい…………あと、閉めるの、忘れてしまいました」
「え、あ………え?」
「昨日、清掃業者さんを案内した後に、うっかりそのまま……。なので今、あの扉、ノブを回せばガチャッと開きます……」
ミコシバさんはポケットからチャラリと金属音をさせると、『シュン……』という効果音が出そうなほど、小さく縮こまってしまった。
「………………」
「………………」
やっば。
これやばい、どしよ、まずくない?
でも、そこまでまずく…………うん、まずい、かなりまずい。
通常なら始末書では済まない大事故だ。
不幸中の幸いか、扉は開いている。
もし彼女が扉を施錠していたら、プレイヤーは永遠に脱出できず、ゲームは破綻していた。
いや、しかし、このミスはさすがに………。
眉間に皺を寄せ──かけて、止まった。
ふと、脳裏に、先日読んだ『シリコンバレー式・最強の部下育成術』の一節が過ったのだ。
──『優れたリーダーは、部下の行動の"結果"ではなく"意図"を汲み取る』
待て。
思考を放棄するな。
短絡的な叱責は三流のすること。
彼女はGMという狭き門を潜り抜け、過酷な研修期間を耐え抜いたサバイバーだ。
人事部の適性検査でも高い数値を叩き出したと聞く。
そんな彼女が、単なる「うっかり」で、ゲームの根幹を揺るがすミスをするだろうか?
──『ダメな上司ほど、部下がさりげなく出してくれた
……そうだ。
もし彼女が正面から「扉を開けたままにしましょう!」と提案していたらどうなっていた?
保守的な上司なら「リスクが高すぎる」と却下していただろう。
だからこそ、彼女はあえて「ミス」という
……試されている。
俺が、彼女の高度な
危ないところだった。
ここで怒鳴っていたら、俺はビジネス書に出てくる「典型的なダメ上司」に成り下がるところだった!
「私……今から走って閉めてきます」
ミコシバさんが立ち上がろうとする。
その目には焦りの色が浮かんでいるように見える。
だが俺には、それが「先輩、早く意図に気づいてください」という無言の訴えに見えていた。
……ホントに、閉め忘れた?
いや、違う。
考えてみればこのステージ、ここまで『鍵探し』の連続だった。
プレイヤーは『鍵がないと扉は開かない』という
そこに、目の前に『鍵穴のある扉』が現れる。
彼らは必死に鍵を探すはずだ。
開いているとも知らずに。
「……そのままでいい。ミコシバさん」
「え?でも、ガチャってやれば開いちゃいますよ?」
「いいんだ。いや、むしろ、これでいい」
「え、えぇ……」
ミコシバが席に戻ると同時、画面の中ではプレイヤーたちが最終エリアへとなだれ込んでいた。
大柄な元傭兵、神経質な詐欺師、そして粗暴な強盗犯、まだまだ数人残っている。
彼らは『嘆きの鉄扉』の前に立ち、絶望的な顔で叫んだ。
「くそっ!鍵はどこだ!どこにもねえ!」
「ヒントは!?何か書いてあるはずだ!」
彼らは扉の前を行き来し、壁を叩き、床を剥がそうとしている。
だが、誰もノブには触れない。
「扉は目の前にあるのに……!くそおおお!」
強盗犯が扉をガンガン叩く。
その衝撃で、ラッチが外れかけているのが見えるほどだが、彼はノブを回そうとはしない。
そう、開かないと信じ込んでいるからだ。
「待て……」
元傭兵が、血走った目で仲間たちを見回した。
「まさか、最後の鍵は…………俺たちの体の中にあるとかじゃないだろうな?」
その言葉に、空気が凍る。
「!!ッ、やるしかねえのか……腹を割くしか……!」
「お、おれはいやだ!ここまできたんだぞ!?お、おい、来るな!!」
「俺の体に異変はない!だったら、お前の体に!」
「仲間じゃねえのかよ!?おいって!!くそぉぉおおおおおおおおおお!!!」
詐欺師が震える手で、割れたガラス片を握りしめると、そのまま──。
「ひえっ……」
モニター越しに、ミコシバさんが小さな悲鳴を上げる。
彼女は口元を押さえ、おろおろと画面を見つめている。
「なんで……ノブ回さないの……?」
そんな純粋な疑問を口にする彼女に、天賦の才を感………いや、戦慄した。
やはり俺の読み通りだった。
見ろ。
疑心暗鬼が加速して、勝手に最悪の解釈を始めたぞ。
ミコシバさんの仕掛けた『ノーロック・トラップ』……まさか何もしないことが、最大の罠になるとはな。
「ミコシバさん、君は天才だ」
「えっ?」
結局、元傭兵こと最後のプレイヤーが扉をくぐり抜けたのは、それから一時間後のことだった。
詐欺師の死に際、脱力して倒れかかった拍子に扉がスゥーッと開いたのだ。
──『最初から開いていた』
その事実に気づいた彼は「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」とさらに十分ほど悶絶し、ようやく脱出していった。
スポンサーからの評価値を示すグラフは、垂直に跳ね上がっていた。
『心理描写が深い』『今までのデスゲームで一番怖い』『人間の業を見た』と絶賛の嵐だったらしい。
「お疲れ様、ミコシバさん」
ゲーム終了後。
カミヤは部下のデスクに缶コーヒーを置いた。
「今回の『ノーロック・トラップ』、勉強させてもらったよ。入社一年目で、あそこまで『無』の恐怖を演出できるとはね」
「ぇ………あ、ありがとうございます。あの、ノーロック・トラップとは?」
ミコシバさんは首を傾げながらコーヒーを受け取る。
どうやら彼女は最後まであの扉を「あくまで閉め忘れた」という己のミスとして、処理する気のようだ。
なら、みなまで言わず、彼女の心遣いを素直に受け取ることにしよう。
「そういえば次回の企画の話をしていたね、どんなのだい?」
「はい!次はもっと、参加者の皆さんがリラックスできるように……アロマキャンドルを焚きながらの迷宮探索なんて────」
「…………ふ、面白い。採用だ。すぐに仕様書を書いてくれ!」
「はいっ!」
デスゲームの運営室には、今日も和やかなすれ違いが満ちている。
弊社、デスゲーム運営につき。 赤色ノ人 @akairo_no_hito
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