弊社、デスゲーム運営につき。

赤色ノ人

『最後の鍵』

 ビジネスの世界において、入社三年目は『自立』の節目とされる。


 一通りの業務フローを習得し、上司の指示を待たずに判断を下せるようになる時期。

 企業は彼らに更なるステップアップを求め、新人教育(OJT)の担当官という新たな役割を与える。


 教えることは学ぶことと同義なり。

 後進を育成することで、社員は組織の論理をより深く内面化していく。

 これは、どこの企業でも見られる健全な新陳代謝の光景だ。


 たとえその会社が、法治国家の裏側で人間を競わせ、娯楽として消費する組織であったとしても。








「──ようこそ。殺戮遊戯デスゲームへ」



 運営本部、第3モニタールーム。

 無数の画面が青白く発光する薄暗い室内で、インカムのマイク位置を調整しながら呟く。

 入社3年目。

 現場チーフとしての仕事がここから始まる。

 今回のゲームテーマは『脱出』。

 閉鎖空間に閉じ込められた多重債務者たちが、知恵と暴力を尽くして出口を目指す。シンプルだが、それゆえにGMゲームマスターの手腕が問われる古典的な演目である。


「カミヤ先輩。音声チェック、照明、トラップ稼働状況、すべてグリーンです」


 隣の席から、鈴を転がすような、しかしひどくボリュームの小さい声がした。

 新人の御子柴ミコシバさんだ。

 小柄で、どこか色素の薄い印象を受ける女性。

 手元のキーボードを叩く速度は異常に速いが、常に自信なさげに背を丸めている。


「よし。定刻通りだ。ミコシバさん、ステージD、最終エリアの進捗はどうなってる?」

「あ、はい。最終関門『嘆きの鉄扉』ですね。とどこおりなく進んでいます」


 画面には、重厚な鋼鉄製の扉が映し出されている。

 プレイヤーたちが血眼になって辿り着くであろう、このゲームのゴール地点だ。


「今まで通過した部屋に落ちていた、一見ゴミのようなパーツ……。あれを正しく組み合わせることで、初めてこの扉を開く『鍵』が完成する。極限状態の彼らが、その『価値の逆転』に気づけるかどうか。まさに知性の見せ所だ」


 モニターを見つめながら、満足げに頷く。


「………あ」


 ミコシバさんはふと操作の手を止め、虚空を見つめて固まった。

 そして、おずおずと口を開く。


「あの……カミヤ先輩」

「ん?」

「ひとつ、早急に報告しなければならないことが………」

「なんだい?言ってくれ」


 マグカップのコーヒーを口に運びながら、鷹揚おうように頷く。

 部下のミスを受け止めるのも上司の仕事だ。


 否定してはいけない。

 まずは聞く。

 それが令和のマネジメントだ。


「あの、最後の扉の鍵なんですが」

「うん」

「私のポケットの中に…………」


 手が止まる。

 マグカップの中の黒い液体が、わずかに波紋を描いた。


「……鍵が、君のポケットに?スペアじゃなくて?」

「はい…………あと、閉めるの、忘れてしまいました」

「え、あ………え?」

「昨日、清掃業者さんを案内した後に、うっかりそのまま……。なので今、あの扉、ノブを回せばガチャッと開きます……」


 ミコシバさんはポケットからチャラリと金属音をさせると、『シュン……』という効果音が出そうなほど、小さく縮こまってしまった。


「………………」

「………………」


 やっば。

 これやばい、どしよ、まずくない?

 でも、そこまでまずく…………うん、まずい、かなりまずい。


 通常なら始末書では済まない大事故だ。


 不幸中の幸いか、扉は開いている。

 もし彼女が扉を施錠していたら、プレイヤーは永遠に脱出できず、ゲームは破綻していた。


 いや、しかし、このミスはさすがに………。


 眉間に皺を寄せ──かけて、止まった。

 ふと、脳裏に、先日読んだ『シリコンバレー式・最強の部下育成術』の一節が過ったのだ。


──『優れたリーダーは、部下の行動の"結果"ではなく"意図"を汲み取る』


 待て。

 思考を放棄するな。

 短絡的な叱責は三流のすること。

 彼女はGMという狭き門を潜り抜け、過酷な研修期間を耐え抜いたサバイバーだ。

 人事部の適性検査でも高い数値を叩き出したと聞く。

 そんな彼女が、単なる「うっかり」で、ゲームの根幹を揺るがすミスをするだろうか?


──『ダメな上司ほど、部下がさりげなく出してくれた助け舟フォローに気づかず、表面的なミスをあげつらって叱責するものだ』


 ……そうだ。


 もし彼女が正面から「扉を開けたままにしましょう!」と提案していたらどうなっていた?

 保守的な上司なら「リスクが高すぎる」と却下していただろう。

 だからこそ、彼女はあえて「ミス」というていを装い、俺に判断を委ねたのではないか?


 ……試されている。


 俺が、彼女の高度な戦略パスを受け取れるうつわかどうかを。


 危ないところだった。

 ここで怒鳴っていたら、俺はビジネス書に出てくる「典型的なダメ上司」に成り下がるところだった!


「私……今から走って閉めてきます」


 ミコシバさんが立ち上がろうとする。

 その目には焦りの色が浮かんでいるように見える。

 だが俺には、それが「先輩、早く意図に気づいてください」という無言の訴えに見えていた。


 ……ホントに、閉め忘れた?


 いや、違う。

 考えてみればこのステージ、ここまで『鍵探し』の連続だった。

 プレイヤーは『鍵がないと扉は開かない』という固定観念バイアスに支配されている。

 そこに、目の前に『鍵穴のある扉』が現れる。

 彼らは必死に鍵を探すはずだ。

 開いているとも知らずに。


「……そのままでいい。ミコシバさん」

「え?でも、ガチャってやれば開いちゃいますよ?」

「いいんだ。いや、むしろ、これでいい」

「え、えぇ……」


 ミコシバが席に戻ると同時、画面の中ではプレイヤーたちが最終エリアへとなだれ込んでいた。

 大柄な元傭兵、神経質な詐欺師、そして粗暴な強盗犯、まだまだ数人残っている。

 彼らは『嘆きの鉄扉』の前に立ち、絶望的な顔で叫んだ。


「くそっ!鍵はどこだ!どこにもねえ!」

「ヒントは!?何か書いてあるはずだ!」


 彼らは扉の前を行き来し、壁を叩き、床を剥がそうとしている。

 だが、誰もノブには触れない。


「扉は目の前にあるのに……!くそおおお!」


 強盗犯が扉をガンガン叩く。

 その衝撃で、ラッチが外れかけているのが見えるほどだが、彼はノブを回そうとはしない。


 そう、と信じ込んでいるからだ。


「待て……」


 元傭兵が、血走った目で仲間たちを見回した。


「まさか、最後の鍵は…………あるとかじゃないだろうな?」


 その言葉に、空気が凍る。


「!!ッ、やるしかねえのか……腹を割くしか……!」

「お、おれはいやだ!ここまできたんだぞ!?お、おい、来るな!!」

「俺の体に異変はない!だったら、お前の体に!」

「仲間じゃねえのかよ!?おいって!!くそぉぉおおおおおおおおおお!!!」


 詐欺師が震える手で、割れたガラス片を握りしめると、そのまま──。


「ひえっ……」


 モニター越しに、ミコシバさんが小さな悲鳴を上げる。

 彼女は口元を押さえ、おろおろと画面を見つめている。


「なんで……ノブ回さないの……?」


 そんな純粋な疑問を口にする彼女に、天賦の才を感………いや、戦慄した。


 やはり俺の読み通りだった。

 見ろ。

 疑心暗鬼が加速して、勝手に最悪の解釈を始めたぞ。

 ミコシバさんの仕掛けた『ノーロック・トラップ』……まさか何もしないことが、最大の罠になるとはな。


「ミコシバさん、君は天才だ」

「えっ?」


 結局、元傭兵こと最後のプレイヤーが扉をくぐり抜けたのは、それから一時間後のことだった。

 詐欺師の死に際、脱力して倒れかかった拍子に扉がスゥーッと開いたのだ。


──『最初から開いていた』


 その事実に気づいた彼は「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」とさらに十分ほど悶絶し、ようやく脱出していった。


 スポンサーからの評価値を示すグラフは、垂直に跳ね上がっていた。

 『心理描写が深い』『今までのデスゲームで一番怖い』『人間の業を見た』と絶賛の嵐だったらしい。


「お疲れ様、ミコシバさん」


 ゲーム終了後。

 カミヤは部下のデスクに缶コーヒーを置いた。


「今回の『ノーロック・トラップ』、勉強させてもらったよ。入社一年目で、あそこまで『無』の恐怖を演出できるとはね」

「ぇ………あ、ありがとうございます。あの、ノーロック・トラップとは?」


 ミコシバさんは首を傾げながらコーヒーを受け取る。

 どうやら彼女は最後まであの扉を「あくまで閉め忘れた」という己のミスとして、処理する気のようだ。

 

 なら、みなまで言わず、彼女の心遣いを素直に受け取ることにしよう。



「そういえば次回の企画の話をしていたね、どんなのだい?」

「はい!次はもっと、参加者の皆さんがリラックスできるように……アロマキャンドルを焚きながらの迷宮探索なんて────」

「…………ふ、面白い。採用だ。すぐに仕様書を書いてくれ!」

「はいっ!」



 デスゲームの運営室には、今日も和やかなすれ違いが満ちている。

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弊社、デスゲーム運営につき。 赤色ノ人 @akairo_no_hito

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